隠れた「なぜ」:UXのための行動経済学

行動経済学のフレームワークを活用して、体験内の隠れた摩擦を明らかにし、ユーザーの行動をより適切に支援するUXソリューションをデザインしよう。

何かをしようと思っても(たとえば、ジムに入会する、貯蓄口座を開設する、講座に申し込む、公演のチケットを予約するなど)、結局、実行に移さないというのはよくあることだ。たいていの人は、何かをしようと「思う」ことと、「実際に」行うことの間にあるこうしたいらだたしいズレを知っているだろう。

行動経済学は、意図が行動につながらない理由をUX実務者が探る手助けをしてくれる。行動経済学によって、UX実務者はユーザーがタスクを完了「できる」かどうかだけに目を向けるのではなく、意図を行動に移そうとするなかで何がユーザーの動機や注意、自信、意思決定をかたちづくっているのかを明らかにできる。

行動経済学の可能性

行動経済学では、経済学と心理学を組み合わせて、人々が現実の状況でどのように行動するかを理解しようとする。感情、習慣、不確実性、社会的手がかり、リスクの認識、労力、情報の提示方法はすべて、人々の行動に影響を及ぼす。

UXにおいて行動経済学が特に有用なのは、体験の成否が、ユーザーによる意思決定とその実行に左右されることが多いからだ。ユーザーは、アカウントの作成やプランの選択、予約、情報の共有、購入の完了といったことを行う必要がある。こうした行動は、ユーザビリティだけでなく、ユーザーが何に気づき、何を信じ、何を感じ、何を避け、他者が何を行うと予想するかによっても左右される。

チームがこうした影響を理解できれば、ユーザーの目標をより適切に支援し、ビジネス成果を高める体験をデザインすることが可能だ。実際、Gallupによると、行動経済学を効果的に適用している企業は、売上成長率で85%、売上総利益率で25%超、同業他社を上回る可能性があるという。

行動経済学を業務に適用する方法

行動経済学には理論が豊富にあり、そのことが、行動経済学が非常に有用である理由の1つである。しかし、その豊富さがUXチームにとって課題になることもある。認知バイアス、プロスペクト理論、ナッジなどの概念を理解したとしても、それらの概念がどのような場合に誰に当てはまるのか、また、デザインではどのように考慮したらよいのかを、チームが自ずとわかるようになるわけではないからだ。

幸い、行動経済学を実務に落とし込むのに役立つ優れたフレームワークが存在している。COM-B、Fogg行動モデル、3Bフレームワーク、EASTなどのモデルは、チームがデザイン対象としている具体的な状況におけるユーザー行動をより深く理解するための、体系化された問いを提供する。

ケーススタディ:3BフレームワークをUXの問題に適用する

3Bフレームワークは、行動デザインコンサルティング企業であるIrrational Labsによって考案された。このフレームワークは、3つのBを軸に構成されたシンプルな3ステップのプロセスである:

  • 行動(Behavior):ユーザーに取ってもらいたい行動は何か。
  • 障壁(Barriers):ユーザーがその行動を取るのを妨げる可能性があるものは何か。
  • 便益(Benefits):その行動について、やる価値がある、自分に関係がある、あるいはやってみたい、とユーザーに感じさせる可能性があるものは何か。

ユーザーが登録フローを開始したものの登録完了には至らない、というよくあるUXの問題を例に、隠れた行動上の摩擦を明らかにするのにこのフレームワークがどのように役立つかを見ていこう。話を具体的にするために、ここではこの登録フローをジムの会員登録用のものとする。

1. 行動

最初のステップは、望ましい行動を定義し、それを完了するためにユーザーが取る必要のあるステップをマッピングすることである。

行動は可能な限り具体的に定義しよう(Irrational Labsでは、これを、自分たちが「居心地の悪さを感じるほど具体的に」する、と言い表している)。この行動では、ユーザーが何を行うのか、それをいつ行うのか、完了とはどのような状態なのかを記述する必要がある。

不十分な目標行動の定義よりよい目標行動の定義
ジムの会員数を増やす。ジムのウェブサイトへの初回訪問者が、1回のセッションで会員プランを選択し、必要な個人情報と支払い情報を入力して、「入会する」をクリックする。

次に、目標行動を取るためにユーザーが現在必要とするすべてのステップをマッピングする。マップには、ユーザーがたどるとチームが想定している理想的な経路ではなく、可能であれば、実際にユーザーが取るステップを反映するべきである。

ユーザーが実際に何を行うのかを理解するために、アナリティクス、セッション録画、カスタマーサポートのデータ、ユーザビリティテスト、その他の観察調査を利用しよう。詳細な行動データを利用できない場合は、入手可能な最良の調査結果をもとに暫定的なマップを作成し、知見が増えるにつれて精緻化していけばよい。

ジム会員登録の行動マップの例:

  1. ジムへの入会を検討しはじめる
  2. 近くのジムを検索する
  3. ジムのウェブサイトへのリンクをクリックする
  4. ホームページに移動する
  5. ヒーロー画像と見出しをざっと見る
  6. そのジムが自分に合っていそうかを判断する
  7. 料金や会員制度に関する情報を探す
  8. 「今すぐ入会」をクリックする
  9. 会員プラン名を読む
  10. 月払いと年払いを比較する
  11. 表示されている料金を比較する
  12. 「プランの詳細」をクリックする
  13. 利用規則や設備、クラスの空き状況をざっと確認する
  14. 退会に関する規約を探す
  15. 退会条件にざっと目を通す
  1. 会員プランの選択肢に戻る
  2. どのプランが最もよさそうかを判断する
  3. プランを選択する
  4. 「次へ」をクリックする
  5. 氏名とメールアドレスを入力する
  6. パスワードを作成する
  7. 「次へ」をクリックする
  8. 電話番号、生年月日、郵便番号を入力する
  9. 利用を希望する店舗を確認する
  10. 選択したプラン、月額料金、手数料、請求に関する条件を確認する
  11. 支払い情報を入力する
  12. 退会条件を確認する
  13. その負担に見合う価値があると感じるかどうかを判断する
  14. 必須の同意チェックボックスにチェックする
  15. 「入会する」をクリックする

ジャーニーマップと同様に、行動マップは、ユーザーが望ましい行動を取るかどうかを左右する具体的な行動、意思決定、入力欄、クリック、環境に関する詳細をすべて網羅するものだ。しかし、ジャーニーマップとは異なり、行動マップはユーザーの感情や期待は記録せず、改善の機会に関する情報も含まない。行動マップの目的は、ユーザーが経験することの全体像を記述することではなく、ユーザーが何をしなければならないか、どのような条件がその行動を左右するかを記録することである。感情的反応については、この後、チームが行動マップを見直して、摩擦を生じさせる障壁と動機を生み出す便益を特定するときに検討する。

2. 障壁

次のステップは、行動マップの各時点での潜在的な心理的障壁を特定することである。

障壁は、目標行動を完了することをより困難にする。障壁はインタフェースから生じる場合もあるが、認知的、感情的、あるいは社会的な摩擦から生じる場合もある。Irrational Labsは、一般的な障壁のカテゴリーの例として、注意、認知負荷、現状維持、メンタルモデルを挙げている。障壁をさらに詳しく調べるには、フロー内の特定の時点でどのバイアスがユーザー行動をかたちづくっている可能性があるかを見極めるために、認知バイアスの視覚的な分類体系や一覧も利用できる。

ジム会員登録における障壁の例:

ステップ障壁詳細
6. そのジムが自分に合っていそうかを判断する自己関連性の低さユーザーは、「これは自分のような人向けだろうか」と疑問に思い、そのジムが自分の目標、予算、フィットネスレベルに合っているか、雰囲気が自分の好みに合っているかどうかをすぐに判断できない。
17. どのプランが最もよさそうかを判断する価値の不明確さユーザーは、クラス、設備、トレーナーによる指導などのプランの特徴を、自分が重視する成果に簡単には結びつけられない。
27. 退会条件を確認する契約・継続利用への不安ユーザーは、契約に縛られることや、退会に関する詳細にある重要な「細則」を見落とすことを不安に思っている。

3. 便益

最後のステップは、行動マップの各時点での潜在的な心理的便益を特定することである。

便益は、その行動を取る価値があると感じさせたり、行動する意欲を高めたりする。便益には、機能的なもの(たとえば、お金を節約できる、サービスを利用できるようになる)、感情的なもの(たとえば、自信を持てる、誇らしく感じられる、支えられていると感じられる)、社会的なもの(たとえば、自分が他者と同じ行動を取っていると感じられる)などがある。まず、フローの中ですでにユーザーに便益をもたらしている箇所を特定してから、すぐに得られる報酬をさらに追加できる機会を探そう。

ジム会員登録における便益の例:

ステップ便益詳細
4. ホームページに移動する所属感を得られることインクルーシブな画像、歓迎の気持ちを示す言葉、自分と似た会員による社会的証明(訳注:自分の行動の指針として他者の行動を参考にすること)を通じて、ユーザーが「ここは自分のための場所だ」と感じられるようにしよう。
11. 表示されている料金を比較するすぐに得られる節約効果現在、2週間無料になる新規会員向け特典が表示されている。ユーザーはこの特典によって会員登録の価値がすぐに得られる具体的なものだと感じられる。
28. その負担に見合う価値があると感じるかどうかを判断するフレッシュスタート効果(訳注:新年などの節目を境に、リセット感を得て行動を起こしやすくなること)入会が新しい習慣の始まりとなることを強調しよう。「今こそリセットのとき」や「今日、新たに始めよう」など、新たなスタートを意識させる言葉を使い、会員登録は単なる購入ではなく、変化に向けた意味のある一歩だとユーザーが感じられるようにするとよい。

4. 行動介入

このプロセスの最終段階では、ステップ1~3で蓄積した知識を土台にする。

ここでは、取り除く障壁を1つ、または強化する便益を1つ選び、それを中心にソリューションをデザインする。一度にすべてを解決することはできない。したがって、目標行動に影響を与える可能性が最も高い障壁または便益を優先しよう。

テストの前に、その介入がなぜ効果を発揮すると考えるのかについて明確な仮説を書こう。その後、ユーザーを対象にその介入をテストし、目標行動がベースラインと比べて改善するかどうかを測定しよう。

ジム会員登録の例:

ステップ障壁デザインソリューション
6. そのジムが自分に合っていそうかを判断する自己関連性の低さ(「これは自分のような人向けだろうか」)ランディングページに、ターゲットオーディエンスを反映した、目に見える社会的証明とアイデンティティを示す手がかりを追加する。

このデザインソリューションの方策としては次のようなものが考えられる:

  • 体型、年齢、フィットネスレベルが異なる多様な会員を見せる。つまり、表示する画像を身体を鍛え上げたあとの「アフター」画像だけにしない。
  • 「無理なく運動習慣を再開できるジムを探していました」など、共感できる目標に結びついた会員の言葉を掲載する。
  • 「自分に合ったフィットネススタイルを見つけよう」というオンボーディングクイズを追加する。このクイズでは、いくつかの簡単な質問をして、ユーザーを「フィットネス初心者」「運動を再開」「目標に向けてトレーニング」「クラスやコミュニティが目的」などの、個々に合わせた経路に誘導する。
  • 「何千人もの会員がまさに今のあなたと同じところから始めました」など、安心感を与える社会的証明を追加する。

仮説:ユーザーがランディングページで自分と似た人々を目にすれば、そのジムが自分に合っているという確信が強まり、登録を完了する可能性が高くなる。

結論

行動経済学のフレームワークは、ユーザー行動をかたちづくる隠れた力をより見えやすくするのに役立つ。それによってチームは、より優れた仮説を立て、対象を絞った介入をデザインし、実際に何が行動を変えるのかをテストできる。

参考文献

George, B. 2018. Why B2B leaders must touch customers’ feelings. Gallup Workplace. Retrieved May 11, 2026 from https://www.gallup.com/workplace/244607/why-b2b-leaders-touch-customers-feelings.aspx

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