新型コロナウイルスがユーザーを変えた
ユーザーの行動や嗜好が変わってきた。ユーザーがどう変化し、デザインをどう適応させるべきかの把握には、調査が役に立つだろう。
新型コロナウイルスのまん延は、世界中の人々の生活を劇的に変化させつつあるが、このことは製品の利用方法にも変化をもたらしている。影響を受けていない業界は、たとえあるとしてもごくわずかだ。ユーザーの嗜好や行動は変化した可能性が高い。そして、2019年のそれとは大きく異なっているだろう。
ユーザーの日常生活や日課が具体的にどのように変化したかは、その個人や職務内容、生活状況、居住地によって異なるが、以下の表にある一般的な変化の中から検討してみるとよい。
新型コロナウイルス以前 | 新型コロナウイルス以降 |
---|---|
毎日オフィスに通勤 | 通勤のないリモートワーク |
子どもを学校や保育園に連れて行く | ホームスクーリングや自宅での保育 |
ジムでのエクササイズ | 自宅や屋外でのエクササイズ、あるいはまったく運動をしない |
バーでの大人数での交流 | (仮にあったとしても)自宅や屋外での少人数での交流 |
店舗での商品の購入 | オンラインでの商品の購入 |
レストランでの外食 | 宅配される食材の注文 |
映画館に行く | 自宅での映画レンタル |
休暇で海外に行く | 国内でのドライブ旅行 |
診療所の訪問 | 自宅からの遠隔医療アプリの利用 |
書類作成のための官公庁の訪問 | オンラインでの書類作成 |
こうした変化の原因は、ウイルス自体によるものだけでなく、ウイルスのまん延による政治や経済の影響も受けるため、非常に複雑だ。変化の大きさやその正確な内容は、地理的な場所や個人によって異なるし、こうした行動それぞれの変化は、短期的に終わるもののこともあれば、関連産業に大規模な影響を及ぼす長期的なものの可能性もあるだろう。
たとえば、オンラインショッピングへの新たな関心を例に考えてみよう。UBSの推定によると、小売売上高に占めるeコマースの割合は、2019年には15%であったが、今後5年間で25%になるという。また、フィナンシャルタイムズ紙は、今後3年間で中国の小売の60%がeコマースになるとしている。つまり、あなたがeコマースに携わっているのなら、新規顧客が大量に流入してくるということであり、彼らのニーズはこれまでの顧客とは異なっている可能性がある、ということだ。
さらに、嗜好や心理面に関する大きな変化も起こっている。専門家は、パンデミックの影響でうつ病や不安が増加していることを心配している。ユーザーの期待や懸念は2019年とは異なっており、そうした違いのいくつかは長続きする可能性もある。
ケーススタディ:ラテンアメリカのオンライン旅行代理店、Despegar
Despegarは、ラテンアメリカを代表するオンライン旅行会社で、ブエノスアイレスに本社を置くグローバルブランドのDespegarと、サンパウロに本社を置くブラジルのブランドのDecolarという2つのブランドで知られている。そのサイトは、スペイン語、ポルトガル語、英語で利用可能である(訳注:ポルトガル語で利用可能なのはDecolar)。
私はDespegarのUXチームのEmilia Ronchetti(UXのリーダー)とGuido Turdera(ユーザー調査のリーダー)という2人のメンバーと話しをした。旅行業界はパンデミック時に最も大きな影響を受けた業界の1つである。
Emiliaは、旅行業界の激しい不確実性について言及し、「何が起こっているのかまったく見当がつきません」と言った。しかし、Despegarは、調査業務を強化して、何が起こっているのかを把握しようとしている。「(我々の調査は)この機会に実現した最も良かったことであるといえます。ユーザーが何を感じているのかを会社として理解する(中略)のに役立っているからです」。
Despegarの調査チームは、調査やインタビューで、自己申告されたデータに主に焦点を当てている。新しい顧客の懸念や嗜好への理解を深めることで、それに対応するための製品をDespegarは作り上げることができた。
(Despegarの調査チームは、この調査結果を公開している(スペイン語))。
Despegarは、そうした新しいニーズを満たすために新しい機能とサービスを強調しはじめている。たとえば、融通のきく旅行パッケージは、価格が上がるにもかかわらず、パンデミックが始まって以来、最も人気のある選択肢となっている。「パンデミックの前は、このような機能がそれほど重要であるとは考えていませんでした」とGuidoは言った。「今では、これらの機能を持つものが当社の主力商品です」。
今、必要なのは、調査を減らすことではなく、増やすことである
多くの製品やサービスで、ユーザーのニーズが急速に変化してきている。たくさんのデザインチームが以前から計画していた調査プロジェクトの延期を決めたが、今は調査を減らすのではなく、増やすときだと私は考えている。ユーザー調査とはリスクを軽減する活動の1つであるし、リスクが大きいほど(たとえば、急激な変化などの理由で)、そのリスクを軽減する必要があるからだ。
ユーザーグループは1つ1つがユニークなものだ。だからこそ、誰もが自分たちで独自の調査を行わなければならない。ユーザー層がどんな人たちかによって、彼らの行動や嗜好の変化は別のユーザー層のものとは異なる可能性がある。
新型コロナウイルスがユーザーに与える影響を評価する際には、以下の要素が存在しているかどうかを検討するといいだろう:
- 行動の変化
- 心理的な変化
- ユーザーグループにおける変化
- 地域的な影響
- 時間的な影響
これらのそれぞれについて、Despegarの例と合わせて、以下で説明する。
行動の変化
ユーザーが行っている活動が以前とは異なっていないか。活動の頻度が変化していないか。行動のこうした変化の根本にある動機の原因としては以下のようなものが考えられる:
- ウイルスの感染や拡散を避けたいという欲求
- その地域の規制や隔離期間の順守
- ウイルスや隔離の経済的影響
- これらのいくつかの組み合わせ、または他の要因
調査の中で、Guidoは、旅行に行きたいと思っていて、母国の制限範囲内では自由に旅行できるにもかかわらず、収入が今後、どうなるかわからないので旅行を予約していない、と説明したDespegarユーザーに何人も遭遇している。
心理的な変化
ユーザーの今の懸念や不安が以前とは異なっていないか。優先順位が変化していないか。
Guidoの調査によると、今はユーザーとのコミュニケーションにおいて、以前よりもはるかに配慮が重要になっている。そのため、Emiliaのチームは、よりソフトなブランドボイスを目指して取り組んでいるところだ(訳注:ブランドボイスとは、コミュニケーションを通じて顧客に伝わる、企業の個性のこと)。旅行という文脈では特に、顧客が今、強引な販売戦術を目にしたくない、ということに調査チームは気づいたのである。
「ステークホルダーの中には異なった期待をしていて、売り込むことが必要だと感じている人もいました」とEmiliaは述べた。「しかし、ほとんどのユーザーは現時点では旅行に行けるかどうか確信がもてない状態です。我々はユーザーを安心させる方法をずっと考えています。そして、ユーザーに対して率直で正直でありながら、彼らに安心感を与える方法を見つけました」。
ユーザーグループにおける変化
リスク許容度、年齢、ライフステージ、生活状況などの要因がユーザーの行動に新たな断層を生じさせていないか。自社のペルソナを再検討し、再定義する必要があるかもしれない。
Despegarの調査では、ユーザーグループにおいて、リスクを回避する旅行者とリスクに寛容な旅行者という新たな分裂が発見された。それぞれのグループのニーズと嗜好は異なる可能性があり、Despegarは彼らのためのデザインの仕方を学んでいるところだ。
Emiliaのチームは、ホテルチェーンが提供する各ホテルの設備・備品の写真など、サービス提供者によって制作されるコンテンツのガイドラインを作成した。ホテル側が消毒やマスクの着用を大いに強調した写真を投稿しはじめたからだ。
EmiliaとGuidoのチームは、ユーザーの反応が気がかりだったので、ホテルの設備・備品に関する通常の写真と衛生面を強調した写真を比較する実験を行った。結果は複雑なものだった。衛生面が強調されている写真に安心できるとコメントした回答者もいたが、不快な気持ちになったと述べる人もいたからだ。こうした意見の分裂は、各ユーザーのリスク許容度とパンデミックについての考え方に関連があると思われる。
しかし、チームはデータを深く分析することで折衷案を発見した。「部屋や食べ物の写真のような、よりプライベートな感じのする写真で衛生面を強調すると、より強い拒否反応を引き起こす可能性が高いことを発見しました」とEmiliaは述べた。「ロビーのような広い共同スペースの写真と比較して、です。プライベートな空間になればなるほど、ユーザーはコロナウイルスのことを思い出したくないのです。しかし、ロビーでは、ユーザーはゴーストバスターのような恰好をした人が壁を消毒していることにもより理解を示していました」。
地域的な影響
変化の程度は、各地域の感染率、地方自治体の対応状況、実施されている制限によっても異なる。
現在、Despegarの最大の課題の1つは、ラテンアメリカの多くの国にサービスを提供しているということから来ている。エリアによって、ウイルスの拡散の程度だけでなく、パンデミックに対する政治的な対応も異なるからだ。
「政治と文化は重要な要素です」とEmiliaは言った。ブラジルの指導者がコロナウイルスのリスクを軽視しているのに対し、アルゼンチンは検疫を非常に重要視している、と彼女は付け加えた。
「インタビューや調査から、コロナウイルス流行後の旅行に対するアプローチが国によって異なることがわかりました」とGuidoは言った。「ブラジル人やメキシコ人は、早くも5月に旅行をした、と報告してくれました。ブラジル人と話をして聞いた話は、アルゼンチン人のものとは全然違うということです。これは大きな課題です。我々は両国に商品を提供しているからです」。
時間的な影響
こうした変化はそれぞれどのくらい続くのだろうか。突然終わるのか、徐々に消えていくのか、それとも永続的なものなのか。
この質問に確かな答えを見つけるのは難しい。特に、コロナウイルスが我々の生活に破壊的な影響を与えなくなるのかどうか、どのように、そしていつなのか、今のところわかっていないからだ(その上、住んでいる場所によって、混乱の程度も異なる)。
おそらく、そうした変化のうちの一部の行動や嗜好は長期的には消えていくだろうが、中には永続的なものもあるだろう。この質問に答えるには、今後数か月から数年にわたって継続的にユーザー調査を行う必要がある。(そして、「ワクチンが利用可能になったら、2年後にはどのように行動しますか」とユーザーに尋ねてはだめだ。ユーザーは、将来何をするつもりか、あるいは、どう考えるつもりかを予測するのが得意ではないからだ。しかし、将来、さらに調査を行うように計画をしておき、そこで答えを見つけることはできる)。
Despegarは、自分たちのユーザーの変化を過去5か月間ですでに目にしている。海外旅行に行こうとしているユーザーも中にはいるが、多くのユーザーは自国を離れることを引き続き躊躇している。さらに、飛行機やホテルの衛生面を心配しているユーザーもいると考えられる。そして、こうした行動や嗜好がいつまで残るのかは不明である。
新たな現実に合うように調査を変えよう
定性的な調査は、ユーザーの新しい行動や嗜好に関する深い知見を明らかにするために非常に有用であり、特にインタビューやアンケートのような自己申告型の手法が有効だ。パンデミックについての調査は、発見の段階として取り組むことを考えるとよい。ユーザーがどのように、そして、なぜ変化したのかを理解することに焦点を当てる必要があるからだ。
チームがベンチマークを利用して、経時的にユーザーエクスペリエンスの改善を追跡している場合は、パンデミックによって指標が混乱したり、無効になったりする可能性があることに注意しよう。新しいデザインと古いデザインを比較する場合、(理想的には)変数を可能な限り分離して、デザインが独立変数になるようにするのが望ましい。コンテキストによっては、以前とはまったく異なるユーザー層を扱うことになるかもしれないが、これは大きな交絡変数である(訳注:交絡変数とは、結果変数と、それを説明する独立変数の両方に相関する、隠れた変数)。アナリティクスのデータは、実際のアクティビティをキャプチャするため、特に影響を受けることになるだろう。
データを解釈する際には、これらの隠れた要因に注意する必要がある。指標に見られる変化が完全にデザインに関する意思決定が原因というわけではない可能性もあるからだ。定量的なデータを定性的な調査と組み合わせて、指標が変化している「理由」を理解するようにしよう。
調査を実施する場所によって、対面調査を実施できる可能性は異なる。対面調査を計画する場合は、その地域で順守する必要がある規制や基準を確認しておこう。
現在、調査を行う最も安全な方法は、リモートでの実施だ。自宅からの調査に参加するほうが、ユーザーの説得が容易な可能性が高いし、誰かの健康を危険にさらすこともない。おそらく、 フィールド調査以外、あらゆる調査手法はリモートで行うことが可能だ。事前に入念な計画を立てれば、対面調査と同程度の質と深さの知見を得ることができるはずだ。
参加者をリクルートする際には、参加者の感情に敏感になるようにしよう。ガツガツしている、あるいは、強引だったり、無神経であるような印象を与えてはならない。参加者を見つける方法を根本的に変更する必要があるかもしれない、ということだ。
たとえば、Despegarでは、以前は、旅行を予約したことのある人のリストから参加者をリクルートしていた。しかし、リサーチャーたちは、旅行を予約してあった人も、今はストレスを感じてキャンセルしようとしている可能性があるため、そうした人が調査に参加する可能性は低いということに気がついた。「彼らがどのように感じていて、いつ旅行するつもりなのかを尋ねに行くのはうまくいかなかった」とEmiliaは言った。調査チームは創造力を発揮し、よく旅行をするユーザーをソーシャルメディアやソーシャルグループで探している。
新型コロナウイルスによる課題はUXの機会にもなりうる
我々はUXの専門家として、ユーザーの行動に対する新たな影響が相互に結びついた非常に複雑な状況に突然さらされている。このパンデミックは世界規模で発生した一生に一度あるかないかの大惨事だが、以前ならば不可能だった方法で、一部のUXチームがユーザーの生活を向上させる機会にもなっている。
たとえば、カナダの地方自治体で働いているある人は、パンデミックの影響で、UXに大きな注目が集まり、リソースが得られるようになったと話してくれた。そこではこれまで、デジタルツールのことは後回しにされていて、誰もたいして関心を持っていなかった。しかし、今、地方自治体には、オンラインでタスクを完了できるようにして、人々が物理的なオフィスに来なくて済むようにしたいという大きな動機ができた。いきなり、そうしたデジタル製品の使いやすさが非常に重要になったというわけだ。もしかしたら、それが命を救うものになるかもしれないからである。
ユーザーのニーズは急速に変化しており、我々はそれに対応する必要がある。最も柔軟で回復力のある企業が生き残る企業であり、そして、そうした企業はまずは適切な調査を実施することから始めることだろう。
Despegarのチームメンバー
EmiliaとGuidoは、この記事で紹介されたプロジェクトに携わった同僚の名前を掲載するように求めてきた。UXはチームスポーツなので、もちろん我々はそれに同意した!
Maximiliano Simoncelli, Melina Astrella, Natalia Bohdan, Jean Paul Gutierrez, Sebastián G Botasi, Carolina Rivera Gomez, Mariana Varela, Melody Cortina, Adriana De Souza, Federico Trevisan, Iara Grinspun, Silvio Vitullo, Julian Saidman, Esteban Coria