UXジェネラリストの復活

AIの進歩により、UXジェネラリストの価値が高まり、専門化へ流れが逆転しつつある。複数の分野を理解することがますます重要になってきている。

長年にわたり、我々の業界では、定性的調査、定量的調査、デザイン、コンテンツ戦略など、あらゆることをこなせる架空の専門家「UXユニコーン」という概念についての議論(そして時には嘲笑)が繰り広げられてきた。この10年間で、特に大規模なデザイン組織や専門的役割が当たり前のようになるにつれて、専門化のほうが現実的であるという結論に我々は至った。ところが、AIがこの分野を変革しつつある中、興味深い変化が見られる。それは、ジェネラリストの復活である。

専門化の時代

ここ10年から20年の間、UXはUXの成熟度が高い大規模な企業において高度に専門化されてきた。こうした企業では、通常、以下の職種を雇用してきた:

  • 特定の手法に特化したリサーチャー
  • インタラクション(またはUX)デザイナー
  • コンテンツストラテジスト
  • ビジュアルデザイナー

この専門化には理由がある。各分野にはそれぞれ深い専門知識と特定のツールが必要だ。また、大規模な組織では、それぞれに専任の職種を置くことを正当化できるだけの十分な業務量があった。個々の職種が適切に構成されていれば、各役割が連携し、それぞれの専門スキルを持ち寄って、バランスの取れた検証済みのソリューションを生み出すことができるというわけだ。

AIが専門スキルに与える影響

しかし、AIはすでにこの状況を変えつつある。AIのツールや能力はスキルのギャップを埋めてきており、かつては習得に何年も要した専門的なタスクを支援しはじめている。

たとえば、ビジュアルデザイナーはAIを活用し、インタフェースのコピーのさまざまな検討案を生成することができるようになった。リサーチャーは、アクセシブルなカラーパレットについてAIから助言を得たり、複数のデータビジュアライゼーション案を試したりすることができる。

この専門知識の民主化は、UXのツールと職種の両方で徐々に進んでいる。これまではさまざまな分野の複数の専門家との協働が必要だったタスクを個人で遂行できるようになってきている。生成AIテクノロジーの信頼性が高まり、UX作業への適切な統合が進むにつれて、この傾向は加速するだろう。

とはいえ、この傾向によってそうした職種が完全になくなるわけではない。AIが人間の能力を補完する役割はますます大きくなっているが、現在の大規模言語モデル(LLM)は、ハルシネーションやコンテキストからの逸脱といった問題があるため、依然として人間の注意深い監督が必要である。エラーを検出し、AIの出力を現実世界の制約に合わせて調整し、チーム間での連携を図るためには、今後も熟練した専門家が欠かせない。

専門知識の範囲が広がる新時代

AIツールの台頭は、すべてを完璧にこなす「ユニコーン」になることを意味するものではない。専門性は、我々の分野において今後も重要な価値を持ちつづける。つまり、専任のリサーチャー、コンテンツストラテジスト、デザイナーは今後も存在しつづけるだろう。

しかし、AIは、特定の専門分野に限らず、個人が達成できることの範囲を拡大している。

専門スキルの幅は拡大する一方、専門性の深さは減少する。
UXの専門知識の変容:AIにより、中核分野で十分な深さを維持しながら、より幅広い知識を持つことが可能になる。(IBMの「Design Career Playbook」のT字型スキル図をもとに作成)

我々が目にしているのは、専門性の消滅ではなく、むしろ、専門家の「専門知識のTの字」の上部を広げる重要性がますます高まっているということだ。

  1. UX分野全般にわたる幅広い知識
  2. UXのさまざまな要素がどのように連携して機能するかについてのシステムの理解
  3. さまざまなツールや手法を用いてソリューションを統合する能力
  4. 高度な問題の解決への戦略的な注力

専門知識のT字形が低くなることにも注目してほしい。特定の分野を極めて深く掘り下げても、ほとんどの人にとっては有益ではないからだ。深い専門知識は、新しい知識や技術を探究する学術研究者や、複雑な問題に取り組む大規模な機関などの領域となるだろう。

新たな職種:エクスぺリエンスの専門家

我々は、これらの幅広いスキルがエクスペリエンスのデザイナーおよびアーキテクトという職種に統合されていくと考えている。つまり、AI支援のデザインタスクを指揮し、人間とAIエージェント双方のためのエクスペリエンスを設計すると同時に、その成果が綿密な調査と戦略的な思考を反映するよう努める人材である。

AIは、UX実践者のT字型スキルの各分野に知識と能力のボーナスを加える。
従来のUX専門家は、1つの分野(この例では調査)に特化している。今後のエクスペリエンス専門家は、複数の分野にわたってより幅広い専門性を身につけることになる。つまり、AIによって自分の中核的な専門分野以外の領域でも「スキルブースト」が得られる。

このようなジェネラリスト職は、完璧の域(あるいは熟練したスペシャリストが到達する高い水準)に達することはない。一方、スペシャリストは、あまり知られていない技術や高度な技術において優位性を維持するだろう。また、ジェネラリストが見落としがちな「隠れた」問題を発見するのにその専門性が役立つようなミッションクリティカルな状況でも必要とされるだろう。

しかし、経済的な圧力により、欠点があるにもかかわらず「安価、迅速、そして必要最低限」の人材配置戦略が好まれるようになるだろう。UXデザインは、医学や土木工学とは異なる。デザインに対するこのような幅広いジェネラリスト的なアプローチが、破滅的な結果をもたらすことはほとんどないからだ。したがって、効率性、適応性、そして必要を満たす成果という強力なビジネス上の理由から、企業はAIによって能力が拡張されたジェネラリストへの依存度を高めていくだろう。

この傾向は、先進的なAI企業ですでに現れはじめている。たとえば、Anthropicは最近、プロダクトマネジメント、デザイン、開発の職務の組み合わせであることが明らかな「デザインエンジニア」という職種を募集していた。このハイブリッドな職種には、従来は別々だった領域を横断して発想し、統合されたAIエクスペリエンスを創出できる専門家が求められる。

この進化は、15年前に、専門化されたバックエンド開発とデザインチームの間をつなぐ橋渡し役として、フロントエンドデベロッパー(FED)という職種が登場したことを思い起こさせる。この職種は、当初、異例のハイブリッドな役割のように見えていた。しかし、ウェブインタフェースの複雑化に伴い、技術面とデザイン面の双方の検討事項に対応できる専門家が求められるようになったことで、やがて業界標準となった。同様に、こうしたAIに特化した新たなジェネラリスト職も、最初は例外的なものであっても、組織がAI駆動型のデザインプロセスに適応するにつれて、すぐに不可欠な存在になる可能性がある。

(より)ジェネラリスト的であるとはどういうことか

UXジェネラリストとは、単に複数の分野を少しかじっている人のことではない。真のジェネラリスト的思考とは、根本的に異なるアプローチで問題を理解し、解決することである。この専門職の人は、異なる専門分野にまたがるパターンを見抜くことに長けており、スペシャリストが見落としがちな解決策を見出すことができる。

たとえば、UXジェネラリストを目指すUXリサーチャーは、次のような行動を取る可能性がある:

  • ウェブサイトのナビゲーションにおける情報アーキテクチャの原則が、調査レポートの構成を改善できる可能性に気づく。
  • コンテンツ戦略のストーリーテリングの手法を取り入れ、ユーザー調査結果のプレゼンテーションの質を高める。
  • AIを活用して、最近の調査で明らかになった問題に対する潜在的なデザインソリューションのモックアップを作成する。

こうしたアイデアの相互交流は、従来の専門領域の枠を越えた革新的なソリューションを導き出す。

このやり方はまったく新しいものではない。20年以上前にこの分野に参入した多くのベテランは、必然的にジェネラリストとしてスタートした。UXの初期には、専門家はデフォルトで複数の役割を担い、調査からデザイン、ユーザビリティテストまで、あらゆる業務を担当していた。こうした経験豊富なUX実践者は、分野を超えた思考の価値を早くから理解していた。

しかし、過去10年間(専門分化と職種の定義が進んだ時期)にこの業界に入った人にとっては、このジェネラリスト的スキルへの移行にあたっては、新しいやり方に慣れることが求められるかもしれない。比較的経験の浅いUX実践者の多くは、明確に定義された狭い職種の中でキャリアを築き、特定の手法や成果物に深く集中してきた。このような専門職がジェネラリスト的な発想を取り入れるには、意図的に視野を広げ、従来の枠を超えて仕事をするのに慣れる努力が必要だろう。

AIがスキル開発を加速する

UXリサーチャーが、生成AIツールの助けを借りずにビジュアルデザイン領域に進出する場合を考えてみよう。そのためには、次のようなことが必要になるだろう:

  • デザイン原則についての体系的な研修や講座の受講
  • 構成視覚的な階層美的感覚に関する直感を養うための、長年にわたる実践とコーチングによる習得
  • 技術的スキルを身につけるための膨大な試行錯誤
  • 実践的な経験の段階的な蓄積

AIツールは、こうしたスキル開発活動の利点を失わせるものではないが、次のように学習の過程を短縮し、充実させるだろう:

  • 複数のデザインバリエーションを生成して、リサーチャーがデザインパターンを探求できるようにする。
  • コンテキストに沿ってデザインの判断や原則を説明する。
  • デザインの選択に対して即時のフィードバックを提供する。

現在のAIツールは、経験豊富な専門職に匹敵する品質でこれらの機能をすべて実行することはまだできない。しかし、より多くの反復と、リサーチャーの理解を最大限に高めるための解説を提示することで、リサーチャーのパターン認識と意思決定の迅速化に貢献している。デザイン上の小さな判断を数多く統合し、より包括的なビジョンを導き出すには依然として人間の判断が必要だが、AIはこの専門性を身につけるための障壁を下げてくれるのである。

このスキル開発の加速は、ビジュアルデザインだけにとどまらない。コンテンツストラテジストは、AIにサイト構造を分析させることで、情報アーキテクチャをより迅速に把握できるようになる。ビジュアルデザイナーは、AIを使ってインタビューガイドを作成したり、インタビューデータの主題分析を支援させたりすることで、調査手法を効率的に試すことができる。AIツールは、基本原則を理解する必要性をなくすものではないが、その理解と効果的な適用までの時間を短縮してくれる。

AIの利点を引き出すためのUXの基礎の習得

AIを活用するには、UX専門家はUXの分野およびその隣接分野におけるしっかりとした基礎を築く必要がある。こうした基礎がなければ、AIツールに適切な指示を出すために必要な概念的理解を欠き、効率の悪い、あるいは最適とは言いがたい成果しか得られないことになるだろう。幅広いUXの知識は、AIと円滑に協働するために必要な、批判的思考力、状況判断力、語彙力をもたらす。

専門的な実務から戦略的活動へ

AIのシステムが進化するにつれて、AIはかつては人間の専門知が必要だったタスクも、ますます巧みに処理できるようになってきている。まもなく、これらのツールは、最小限の指示で、ワイヤーフレームの生成、ユーザーフローの作成、ビジュアルデザインの制作、調査データの分析を行えるようになるだろう。

こうした進化は、UX専門家として我々がもたらす独自の価値が、戦略的思考とリーダーシップへと確実に移行していることを意味する。AIはタスクを実行することはできても、人間や組織という、我々の仕事の舞台である複雑なコンテキストを自ら理解することはできないためだ。

たとえば、今後、UX実践者は、自分の職種に関連する技術的なタスクの習得や実行に時間を費やす代わりに、次のような、より価値のある活動に集中することになるだろう

  • 優先事項が競合するステークホルダー間の対話を促進する。
  • 機能横断的なチームを調整し、組織内のダイナミクスに巧みに対応する。
  • ビジネス上の制約や機会を精緻に理解する。
  • 意思決定者との関係を構築し、賛同を得る。
  • チャネル横断的なジャーニーエクスペリエンスの問題を特定し、解決する。

この戦略的思考への移行により、我々が専門知識を身につける方法も変化する。今後は、単一の分野で深い技術的専門性を築くのに何年も費やすのではなく、複数の分野にわたって実務に使える知識を迅速に身につけ、そのうえで戦略的活動における経験を積んでいくことになるだろう。

すでに起きていること:業界の事例

グローバルなブランド変革企業であるLandorにおける最近の変化は、このようなジェネラリスト化への傾向をリアルタイムで示している。先日開催された調査責任者の夕食会で、LandorのエグゼクティブディレクターであるAnthony Rivaは、同社がいかにして職務の役割を拡大し、ジェネラリスト的なアプローチを取り入れてきたかを語っていた。

Landorの「インサイト&アナリティクスディレクター」の当初の職務記述では、伝統的な定性的手法、独自の市場調査デザイン、専門的な分析手法に特化した調査スキルが重視されていた。この職種は、明確に役割が定義されたインサイト担当として、既存の枠組みに従って主に調査の実施とデータ統合に注力するものだった。

対照的に、新たに設けられた「ブランドパフォーマンスディレクター」という役職は、我々が今回説明しているジェネラリストの進化を体現したものだ。この職種は、データ分析、ビジネスコンサルティング、財務モデリング、ブランド戦略など、従来のリサーチ職の枠を超えた専門知識を必要とする。単にデータを収集・分析するだけでなく、「さまざまなデータソースを関連づけて分析」し、「顧客やブランドの商業的成果に影響を与える実行可能な知見」を生み出す能力が求められる。

この新たな職務記述は、戦略的思考と学際的スキルへの大きな移行を反映していて、戦略、デザイン、顧客サービスの各チームを横断して協働することを求めている。特に、「ブランドがビジネスの成功にどのように寄与するか」を理解することが求められており、より幅広い視点が期待されていることを明確に示している。これまでの職務は、専門分野における調査実施の技術が重視されていたのに対し、新しい役職では、ビジネス感覚に加えて、ブランド施策を事業指標や財務成果に結びつける能力が求められているのである。

Landorのこの進化は、業界が市場の需要の変容にどのように対応しているかを示す一例である。企業は、複数の分野をつなぎ、ブランド活動を企業の業績に直接結びつけることができる専門家をますます求めるようになるだろう。このような役割の拡大は今後も続き、新たな役職が生まれ、それが徐々に教育や学術プログラムに取り入れられていくと考えられる。

移行への備え

ジェネラリスト的スキルへの移行に対応するため、UX専門家は次の4つの重点領域に注力すべきである:

  • 学びつづける姿勢を養う。
  • AIとの協働に習熟する。
  • 転移可能なスキルに注力する。
  • 隣接分野へ活動を広げる。

学びつづける姿勢を養う

1つの分野の専門性を深めることだけに時間を費やすのではなく、さまざまな専門領域の実務者と協働する機会を積極的に見出し、エクスペリエンス分野全般にわたって理解を広げることをより優先しよう

この姿勢は、この業界に入ったばかりの人材にとっては特に重要だ。キャリアの初期段階にある専門家は、自分が唯一のUX担当者となるような職務に就くには慎重になる必要がある。経験豊富な同僚から学ぶ機会がなければ、成長スピードが著しく遅くなるからだ。

成功と失敗の両方の経験からどのように学ぶかを見極めることが、現在のUX業務の範囲を超えて成長し、将来に備えることにつながるのである。

AIとの協働に習熟する

AIを活用するために、UXジェネラリストは狙い通りの成果を得られるよう、AIと協働することに慣れておく必要がある。現時点ではまだ珍しい「プロンプトエンジニアリング」の手法や書式は、いずれより自然なやり方に置き換わっていくと思われるが、今のうちに実践的な経験を積み重ねることで、AIの能力と限界を深く理解できるようになるはずだ。また、自分の意図を明確に言語化するという貴重な経験も積むことができ、AIの活用を始めたばかりの人たちよりも優位に立つことができるだろう。

転移可能なスキルに注力する

これまで述べてきたように、ツールやテクノロジーがどのように進化してもその価値が失われない、戦略的思考の能力は高く評価されるだろう。

次のようなスキルは、時代が変わっても必要とされつづける:

  • 批判的思考
  • ファシリテーション
  • 戦略的な意思決定
  • 複数の領域にまたがる直感
  • 曖昧さや急速な変化への対応力
  • 多様な情報源からの知見を統合する専門性
  • 問題を再構築して新しいソリューションを見出す能力

これらのスキルはテクノロジーによって置き換えることはできないものであり、AIがより技術的な作業を担当するようになるにつれて、その重要性はますます高まるだろう。

隣接分野へ活動を広げる

分野間の境界が曖昧になる中、関連分野を理解することが重要になってきている。まだ以下のスキルを備えていない場合は、今こそその育成に踏み出すべきときだ。

  • システム思考
  • フロントエンド開発およびデータモデリング
  • ビジネス戦略
  • プロダクトマネジメント

視野を広げることは、他分野との連携を深めるだけでなく、複数の分野を組み合わせた新たな職種に備えることにもつながる。

今後のバランスの取り方

こうした変化は、スペシャリストがいなくなることを意味するものではない。特定の分野における高度な専門性には、今後も常に活躍の場があるだろう。政府や複雑性の高い大企業のUXは、その規模と複雑さゆえに、スペシャリストのスキルセットが引き続き価値を発揮する分野である。UXの成熟度が高い大規模な企業においても、その領域に精通した知見は重視されつづけ、スペシャリスト職は、トップクラスの組織で活動する高度なUX実践者に限られる可能性がある。こうした職種をめぐる競争は熾烈になるだろう。

さらに、UX業務のためのAI強化ツールは、まだ発展途上にある。現時点のかたちでは、スキルが習熟していないジェネラリストを中堅レベルのスペシャリストの代替となる水準まで引き上げられるほど、信頼性や堅牢性が十分ではない。我々はまだ、生成型やエージェント型のAIテクノロジーの可能性を実現しはじめたばかりの段階なのである。

しかし、多くのUX専門家にとって、ジェネラリストとしての職種を受け入れること(あるいは、自分のスキルの範囲を少し広げるだけでも)は、ますます価値を持つようになるだろう。なぜなら、今後ジェネラリストに対する雇用機会が大幅に増えることが見込まれるからだ。多くのUX成熟度が低い企業が、UXの恩恵を活用する競合の中で生き残るために、自社にも何らかのUX支援が必要だと気づくようになるためである。

AIが進化を続け、より複雑な作業を担うになるにつれて、物事の関連性を見極め、戦略的に考え、分野横断的に調整する能力はこれまで以上に重要になる。これからのUXジェネラリストは、あらゆることを習得しようとするユニコーンではなく、人間の専門知とAIの能力の双方を効果的に活用して、卓越したユーザーエクスペリエンスを生み出すことができる戦略的思考者なのである。