利他的UXデザイン:人の利他心を高めるものづくり
ユーザー志向のものづくりの実践~安藤昌也氏(第3回)
安藤先生が提唱する、譲り合いの心や、やってあげたくなる気持ちを高める「利他的UXデザイン」について話をうかがった。また、他人のために“いい体験”をデザインするのに必要な訓練法についても教えてくれた。
(← 第2回「ユーザーに与える体験価値を考え続けることがイノベーションを生む」へ)
安藤先生のインタビューの第3回。先生が提唱している利他的UXの考え方をうかがった。利他的UXデザインとは、譲り合いの心や、やってあげたくなる気持ちを高めるデザインのことだという。もしかしたら、本当にいいものとは、個人的な満足だけではなく、利他的UXの要素が含まれているものなのかもしれない。
聞き手: 株式会社イード リサーチ事業本部HCD事業部
モノによって、譲り合いと人助けの気持ちを高めることはできないか
──先生が提言されている「利他的UX」とはどういった考え方なのでしょうか?
実はちゃんとはわかっていないので研究しています。いいものを使うことで生活が豊かになり、モチベイティブになるようなデザインをUXデザインといってきました。しかし、こうした流れとは別に、モノの機能や技術に関係なく体験をデザインするためには、どんな体験があるのだろうかと考え始めました。
昨年は世界的にエボラウイルスが発生して、日本にも上陸するかもしれないという脅威がありました。エボラウイルスだけではなく、鳥インフルエンザなどのパンデミックも世界で発生しています。もし、こうした脅威が上陸した場合、リソースの少ない公的な資源のワクチンを譲り合って使うことになります。これはエネルギー問題も同じで、譲り合わないといけないものは世界のあらゆるところに存在しています。しかし、譲り合いでは不公平感が発生して、なにかしらのルールがないと譲り合い自体が成立しないこともあります。
ところが「いすの譲り合い」のようなものは、不利益が小さくて許容範囲内だったらルールがなくても助けてあげようと思います。また、あとで自分が担保されるようなことがあるときも、助けようという気持ちになります。
人間の脳はもともと利他的にできているという研究があるくらい、人間は利他心に富んでいて、啓発やルール、法律を作らなくても利他心が発生するケースがあります。それならば、モノによって利他心をもっと高められないのだろうかという研究です。
──利他的UXデザインは、どういった考え方を導入すると実現できるのでしょうか?
通常のUXデザインは、モノを使うことで自分の満足感を高めていくデザインです。一方、利他的UXデザインは、利他心を含めた満足感を高めるというよりは、利他心が高まる人を増やすような体験を作ろうとしています。しかし、これは難航しています。
利他的UXデザインとしては、譲り合い行動を引き出すための「譲り合いデザイン」と、助けたくなる行動を引き出す「やってあげるデザイン」があります。こうしたことがUXデザインの工夫で本当にできるのかという研究をこれまで進めてきました。
研究では、“助けてください”という情報があったとき、助けたいという気持ちがどれぐらい出るのかということを計測してきました。たとえば、地域SNSの掲示板みたいなタイムライン上に出てくるかたちでその情報を得たという人と、メッセージでその情報を私信として受け取った人とでどう違うかというのを調べたのですが、結果は明白でした。
現実社会での実験では、街中でたくさん人がいるところとあまり人がいないところで突然人が倒れます。結果としてはどちらも助けてもらえるのですが、たくさん人がいるところで倒れたときは、助けてくれる人の割合が減るのです。
現実の社会と同じことが、インターネット上でも起こります。掲示板で情報を受け取るときと、メールで私信を受け取ったときでは、私信を受け取ったときのほうが「やってあげよう」という気持ちが強まります。掲示板の情報はメールよりも多くの人が見ているので責任分散がおきるのですが、不幸の手紙のようなものはメールで個人に来るので、指示のとおりに友達に回してしまします。
このことはとても大切で、わずかなシステムの違いだけで、「利他的な行為」や「やってあげる行為」が増えるかもしれません。仕組みが変わればやる気を向上できる可能性があります。
日本はほかの国に比べてマナーを訴えることが多いのですが、社会に対しての利他心や、やってあげる行動をもっとスマートなかたちで自然に増やしたいのです。
周りに助けてくる人がいれば、苦手なものでも使うことができる
──利他的なUXを「助けてあげやすくすること」ととらえると、“既存の機械を今以上に使いやすくするのは限界だから、周りの人を巻き込んでしまえばいいじゃないか”ということにつながりませんか?
当初、利他的UXの着想は周りの人たちを巻き込むことにありました。利他的、協調的エクスペリエンスの研究の成果を基にした具体的なシステムを現実化するならば、周りを巻き込むことも考えられます。
10年ほど前に、大手家電メーカーと数年間にわたってハードディスクレコーダーの共同研究をしてきました。このときのリサーチで、家電の扱いが苦手でも番組を録画して見ることが好きな人の周りには、レコーダーの操作を助けてくれる人たちがいる、ということに気がつきました。こうした人たちは、周りの人が助けてくれるという“サポート体制”が充実しているので、レコーダーの操作は上達しないものの、録画をするという目的は達成できるのです。こういったことは、利他的UXの直接的な解決策であり、応用先の1つにもなります。
周りの人たちを巻き込むデザインで、公共の場をなんとかしたいと思うことがあります。たとえば、金融機関のATMを丸一日フィールドワークすると、ATMを使えない人が出てくるので、フロアスタッフが操作を代行することになります。しかし、ATMの操作はパーソナルなサービスなので、代行を断るタイミングが出てきます。このタイミングは、お客さんとフロアスタッフの関係で決まってくるので、お互いが安心してやってあげられるような仕掛けを作ることも大事なUXの発想です。
これはまさにイノベーションのシフトと同じで、振り込みや出金という操作でユーザーが得られるメリットは変わりません。しかし、ユーザーに不都合がある部分をユーザー視点でもう一度技術にとらわれずに考えたとき、今後はまったくちがうことができる端末の投入につながるのかもしれません。
誰かのために“いい体験”をデザインするには、まずは“いい体験”をしている普段の自分の気持ちを理解すること
──UXデザインを現場で手がけている読者へ、コメントをいただけますか。
ビジネス組織の活動は、すべからくUXデザインを適用することです。みなさんがやっていることは、ビジネスの本質です。自信をもって進めてください。そして、UXデザインでは手法や方法に目を奪われないようにしてください。新しい手法や方法が出てくるので、それを追いかけたくなるのですが、手法にふりまわされてはいけません。
手法に心を奪われそうになったときは、その手法が、どのような目的で使われるのか考えます。その手法はどういう状況で適用するといいのかは学ばないとわかりません。手法を追いかけ続ければ課題点が解決するわけではありません。ビジネスの本質である“ユーザーのためにいいものを作る”という想いを忘れてはいけません。
そして、UXデザインでいちばん重要なことは、モノに対する自分の気持ちをちゃんと理解することです。自分がモノを使ったときに、素直に自分は「こう思っている」ということを理解しないといけないのです。エンジニアだけではなく、デザイナーや関係している人たちすべてがこのことをもっと理解すべきです。
──自分が携わっているモノを使う気持ちではなく、日々の体験ですか?
実は、日常の体験に自分を訓練するヒントがあります。自分にとってのいい体験が分かっていないのに、いい体験をデザインできるのでしょうか?
恋人に喜んでもらえそうと思って買ってきたプレゼントを渡したら、予想外のところで文句をつけられることもあります。分かり合っている相手であっても、理解しきれていないものです。そこで、自分がモノを使ったときに、一人のユーザーとしてどう感じるかを丁寧に理解します。
これからUXをデザインしようとなってからUXのことを考え始めても、自分がいいと思う体験を持っていなければ作ることはできません。いい体験がわからなければ、他人にいい体験をしてもらおうと思ってもできません。表面的なユーザーの心理をおさえて作法だけをやっていても、絶対にいいものはできません。
モノを使ったときの体験や感覚をきちんと理解しようとしても、最初は嬉しい気持ちや良い体験を感じないどころか、モノに対する不満ばかりが記憶に残るかもしれません。しかし、それでかまいません。本気で自分がいい体験だと思えるような生活を理解しないといい体験になりません。日本に住んでいるといい体験ばかりなので、いい体験に対する感覚が麻痺しがちですが、普段のいい体験を見つけられるように訓練します。そうしないといい体験をデザインする力は身につかないのです。
(第4回は来週公開の予定です)