ユーザーに与える体験価値を考え続けることがイノベーションを生む

ユーザー志向のものづくりの実践~安藤昌也氏(第2回)

“ユーザーにどんな体験価値を与えられるのか”を考え続ける。そして、従来製品に対するユーザーの無意識な補足を不要にするデザインがイノベーションにつながるかもしれないと、安藤先生は語る。

  • U-Site編集部
  • 2015年6月8日

安藤 昌也(あんどう まさや) 千葉工業大学 工学部 デザイン科学科教授 Ph.D。UX、エスノグラフィックデザインアプローチの研究者で、ものづくりのコンサルタント。

(← 第1回「フロンティアは私たちの心の中にある」へ)

ユーザー中心の考え方に基づくものづくりは、どんなアイテムにも適用できる。多くの企業の担当者は自らのプロダクトにUXデザインを積極的に取り入れたいと考えていることだろう。しかし、現実では組織的な理由でUXデザインを積極的に推進できないこともある。今回は、誰もが一度は感じる、こうした障壁にぶつかったときに乗り越えるアプローチを解説してもらった。

聞き手: 株式会社イード リサーチ事業本部HCD事業部

購入者にどんな体験をしてもらいたいのか、ものづくりのときに真摯に向き合う

──こうした商品はどんなペルソナを作られたのでしょうか(前回の続き)。

これもかわいいです。ふえるかつお。ごはんにかけて食べるものですが、このサンプルは製造工程を変えられなかったのでよくある形ですが、販売時にはテトラパックのようなパッケージになり、かつおぶし用に新たに発注した四層構造のフィルムを使っています。

前回に引き続き、おみやげ話。今回は画面中央のさばぶしとかつおぶし。写真はサンプル。実際の商品はテトラパックのような形状だという。

これまでのかつおぶしのパッケージデザインというと、筆文字で「鰹節」と書いてあるようなものでしたが、これ(写真右)は、少しだけ尾ひれがみえるように作りました。これ(写真中央)もどうやったらさばにみえるのだろうかと、デザインを調整してできたものです。普通、おみやげでかつおぶしを買っていくことはあまりありません。しかし、このデザインならセットで2個買って「かわいいでしょう」と言いたくなります。あらかじめペルソナとシーンを考えて、それにふさわしいパッケージを作っていくと、ついつい買いたくなるおみやげができます。そして、セットで買って友達のところへ持って行きたくなります。モチベイティブなものとは、こういうことだと思います。

こうして、セットにして買って帰りたくなる…。このシーンを実現するためにペルソナ作りが大きな要素になり、ペルソナに合わせたデザインが出来上がる。

UXデザインというとインタラクションデザインとかUIデザインのためだけのもののように思われやすいのですが、それはその形が作りやすくて、もっとも大きな課題点だからです。しかし、作るものがおみやげであれば、かつおぶしや落花生のパッケージようなものも十分UXデザインの対象になります。

──これらの例は、生活を豊かにするという側面も含まれているわけですよね?

そうです。ぼくはコンサルタントでもあるので、生活を豊かにするためのビジネスの側面も十分考えて、アウトプットを出しています。これは鹿島神宮の門前で昔から続いている奥さんと二人でやっている小さなお店の芋ようかんです。

ようかんのパッケージ。小さな企業規模に合わせて、ビジネスとしての実現性と豊かなUXを共存させた例。芋ようかんと紫芋ようかん、2つのパッケージが安価に作れるようにできている。

見た目は普通のパッケージで中身はふつうのようかんですが、羽田空港国際化に伴う日本のおみやげキャンペーンに選ばれました。これは、パッケージがまな板代わりに使えるというちょっとした気遣いがある以外はふつうのパッケージです。しかし、ビジネスとして見ていくと、包み紙だけ変えると紫芋ようかんのパッケージにもなるようにできていて、パッケージを何種類も作って印刷費が高くならないようになっています。

そのまま切り分けてみんなでようかんをたのしめる。こうしたUXもおみやげのパッケージ内に組み込まれている。

UXデザインとはユーザーのことを考えてものを作ること。特別なことではない

──こうした例を見ると、どんなものであってもUXの考え方を導入できそうに思えたのですが、そういうものでしょうか。

もちろんです。基本的にUXデザインの本意は、昔から商でいわれてきた「ユーザーのことを考えてものを作る」ということです。ただ、お客さんに、この商品を使ってどういう体験をしてもらいたいかということをとことん詳細に考えて作るところがちがいます。「きっとこういうのがあったらうれしいよね、そう思うよね」と部下に聞いたら、とりあえず部下が「はい」と言った。というレベルではUXデザインの領域に到達しません。しかし、きちんとUXと向き合って追求していくと、値段が高くても売れるおみやげになって、販路も拡大してたくさん売れるようになります。

──おみやげの場合、お土産売場で売る以外に、どういったところへ販路が広がったのでしょうか。

これらの商品は雑誌に取り上げられたことで、おみやげ屋の範疇から飛び出しました。ユニークなところでは、千葉県の美術館でも売っています。

UXデザインの理想と現実でギャップを感じたら、イノベーションのジレンマを思い出せ

──UXデザインを進めるうえで、理想と現実のギャップは出てこないものでしょうか。コストや製造面の制約で理想どおりに作れないということもあれば、新デザインに伴う流通や製造方法の変更によって、事業計画上でネガティブな要素が増えて、大きな組織ではプロジェクトが停止することもあります。こういうところは折り合いをつけていかないといけないのですが、どうやってクリアしていくのですか?

これはいちばん難しいところです。対応はケースによってちがうのですが、ひとつの例を出します。今、コピー機のインタフェースで、マルチタッチジェスチャーのように操作できるものを考えています。しかし、効率の面だけで比較すると、ボタンのデザインで実現する操作とジェスチャーでできる操作に差はなく、UIの違いだけですばらしい改善につながるわけではありません。一見すると、変更することによるメリットや効率の改善がないので、UIを変更する必要がないという話になりかねません。

しかし、これは次元の違う話で、イノベーションのジレンマを思い出してください。イノベーションのジレンマでは横軸に時間軸があって、縦軸には改善活動による効率や効果をとります。

イノベーションのジレンマを考慮して新システムを提案する。UXデザインは目先の効率を求めるものではなく、将来のものづくりのロードマップ作りにもつながる。

いまの新しいUXのシステムは従来とはまったくちがうものですが、従来と効率は同じです。ところが、今後、古いシステムと新たなシステムを改良し続けていくと、新たなシステムは従来のシステムよりも急激に効率が高まることがあります。これがイノベーションです。

システムが変わると、そのときからちがうパスにシフトします。コピー機であれば、いままではボタンで操作が決まっていたものが、ジェスチャーになることで、ほかの機能をUIに乗せられるようになります。ジェスチャーでめくれるなら、操作画面全体をページングしてもっと別なことを実現できるという発想につながる可能性があり、従来とはまったく異なる機能を実装できるようになります。

システムを切り替えなくても、いまの時点で効率が同じだったらそのままでいい、となる。ところが、効率が同じだからとボタンによる操作を続けていたら、どこかのタイミングで発想が飽和することが安易に想像できます。だからこそ、今このタイミングで別のシステムにシフトするのです。

新たなシステムに切り替わるとき、製品開発の開発者は機能を強化して新たなシステムへ乗り換えます。ところが、UXの場合は、「これまでと同じ効率ですが新たなシステムへシフトしてください」という提案を通すことはとても難しいでしょう。そこでUXの専門家は、新たなシステムへより円滑に乗り換えられる体験も同時にデザインします。そのための知恵を出して、体験をデザインします。

とはいえ、UXは製品によって異なるので、別の製品で成功した体験価値を導入すればUXが完成するというわけではありません。UXの専門家は、UXデザインでユーザーにどんなメリットが与えられるかをユーザー本意で考え続けます。すると、従来はシステムや技術的な制約でユーザーが無意識に補っていた部分が見つかるので、ユーザーがその機能を補わなくてもすむデザインを追求します。これがイノベーションにつながるかもしれません。

プロダクト開発の最初のステップは、客にどんな価値をもたらすかを考えること

──競合他社が、UXを考えた商品を出してくると、うちの会社は負けると感じるメーカーもあるかもしれません。UXデザインという考え方もなければ、UXデザインの実践もできないというメーカーもありませんか。

単純にいうと、競合他社が、UXを考えた商品を投入すると、UXを考えていないメーカーさんの商品は魅力が薄れるかもしれません。しかし、根本的に、UXデザインを実践していないものづくりは存在しますか?

万一、UXの重要性に気づいていない会社があるとすれば、UXデザインを手がけることがものを売ることになるということに気づいてUXデザインを導入していけばいいのですが、UXの重要性に気づいていながらUXデザインができないという会社はないでしょう。

現場の人たちは、日々のデザインワークでUXデザインの考えを取り入れているわけですから、経営者の方がそれを考えていないわけがありません。現場ではやっているのに、経営者が理解してくれないということがあるとすれば、みなさんが実務でやっていることとUXデザインがつながっていないだけです。それをつなげて経営者に理解してもらいます。

──開発期間が定められていて、もうリリースしなければいけないからUXデザインは後回しにするというケースはありませんか?

サービスインやリリースすることが目的になるのはおかしいです。リリースすることでどんな体験価値をユーザーが実現できるのかをきちんと議論しているのでしょうか。

サービスや商品を作ったり開発することとは、お客さんにどんな価値をもたらすかを最初に起案しないといけないのです。ビジネスプロセスのあり方として、“こういうサービス作ります”というときに、“これを使うとお客さんはこんないいことができる”という内容をちゃんと考えないとモノを作れませんよね。

会社の組織として、昔はユーザーの価値を考えていたのに、今では他社に負けないようにしているという傾向になっているのであれば、組織のあり方を考え直さないといけません。UXデザインは、もの作りであたりまえのことをもう一回やりましょうということをいっているので、UXを考えないという選択肢はありません。UXデザインを実践していない製品があるとしたら、失敗の議論すらできないのではないでしょうか。

UXデザインの成功例をボトムアップで作り、社内を変えていく

──組織や担当者が、「UXデザインをきちんとやりきれていないので、UXデザインにもっと積極的に取り組みたい」と考えている場合は、どういう視点でUXデザインの取り組みをはじめればいいのでしょうか。

一番重要なのは、ボトムアップでUXデザインを実践して頑張って成功例を作ることです。UXデザインに向けた考え方を実践するために必要なスキルを短期間で習得したいということであれば、僕は産業技術大学院大学で人間中心デザインの履修証明プログラムを受け持っていて、UXデザインの専門教育もしています。開僕のプログラムは5年経過していて、UXデザインの体系的な手法や考え方を学んでくれた方が国内で100名を越えています。こういうことを学ぶことはとても大事で、学習することはスキルアップにつながります。

安藤先生が受け持っている、産業技術大学院大学の履修証明プログラム「人間中心デザイン」は、UXデザインのスキルアップに有効。

そして、商品作りでは、ユーザーの体験価値としてなにを実現するのかということを、関係者全員で共有して、きちんと審査して進めていきます。別の事業の都合で新商品を投入する目的が変化するときは、議論をしてその場に踏みとどまります。体験価値としてユーザーが実現できることと、ユーザーはどんなところがうれしくなるのかをはっきりさせることに全力を傾けます。

ユーザーの体験価値は、設計したものが事業部から降りてくるからと、それを待っているようではだめで、ユーザーの得られる価値が明確になっていないと開発は進められないはずです。身近な接点からでいいので、商品開発に向けて議論すべき部分をきちんと議論して、納得した上で進めます。

会社の組織論になりますが、個人の小さな努力だけではどうにもならないこともあるでしょう。しかし、変なものを作ろうとしているわけではないので、意識の共有ができないはずはありません。これを信じて、組織で理解してもらえるようにしていきます。

(第3回「利他的UXデザイン:人の利他心を高めるものづくり」へ →)