HCDとUCD

ISO 13407以来、当たり前のように使ってきたHCDという言い方を見直す必要があるのではないかと感じています。そもそもusabilityという概念はuseという動詞が基本であり、それを行う人はuserです。だからusabilityという概念は、ユーザという概念を対象にしたものと考えた方がいいように思います。

ヒューマンセンタードデザイン(HCD)とユーザセンタードデザイン(UCD)という概念は、かなり類似したもので、しばしば同じ意味で使われています。現時点で最新の公的な定義はISO 9241-210:2010のもので、

Approach to systems design and development that aims to make interactive systems more usable by focusing on the use of the system and applying human factors/ergonomics and usability knowledge and techniques

という定義です。

このポイントは、人間工学やユーザビリティを適用することによってシステムを使いやすくすることにあり、その意味では「人間」といわず「ユーザ」といっても同じことになるといえます。ただし、

The term “human-centred design” is used rather than “user-centred design” in order to emphasize that this part of ISO 9241 also addresses impacts on a number of stakeholders, not just those typically considered as users. However, in practice, these terms are often used synonymously.

というように、HCDという言い方の方が、ユーザだけでなく多数の関係者(stakeholder)に対するインパクトに言及している、と注釈が加えられています。関係者と言ってしまうと、その範囲がどこまでなのかが曖昧になってしまいますが、少なくとも、前回とりあげた受益者(beneficiary)を含むということで、ユーザと受益者を区別しているTC159の立場ならではの注釈ということができます。

歴史的にはUCDの方が古いようで、Norman & Draper (1986)のタイトルがそもそも「User Centered System Design」となっています。そこでNormanは、次のように書いています。

The purpose of the system is to serve the user, not to use a specific technology, not to be an elegant piece of programming. The needs of the users should dominate the design of the interface, and the needs of the interface should dominate the design of the rest of the system. (p.61)

このように、ユーザのニーズを重視した設計を行うべきであることが強調されています。

その後、Shackel & Richardson (1991)の中で、Shackelは、UCDについて次のように書いています。

Designers must understand who the users will be and what tasks they wil do. This requires direct contact with users at their place of work. If possible, designers should learn to do some or all of the users’ tasks. Such studies of the users must take place before the system design work starts, and design for usability must start by creating a usability specification. (p.31)

Normanが認知工学を専門としたの対し、Shackelは人間工学を専門としていましたから、タスクという表現を使っていますが、ニーズという内的プロセスタスクという外的事象も、同じくユーザに肉薄する必要性を述べるために用いられている表現です。

その後、ユーザビリティ関連分野で誰がUCDという言い方に変えてHCDという言い方を使い始めたのは明確ではありませんが、林(1992)によると、一つの背景として、1975年頃から、成人の識字率向上運動として人間中心システムという着想がおき、それが1980年代になってコンピュータを利用したアニメ劇を利用した運動に変化した、という流れがあったことが知られています。さらに、1985年にイギリスが工業製品の輸入国に転じたことを契機として、資本集約的なアメリカと技術集約的な日本にたいして、自国の政策を人間中心の技術システムとして性格づけようとする動きになったそうです。したがって、人間中心システムという考え方は、イギリス中心、欧州中心的なものでした。またシステム総研資料(1992)によると、生産モデルをFordism (アメリカ)とLean Production (おそらく日本)とAnthropocentric Productionとに区別して、3番目の人間中心的生産モデルの適切さが主張されています。

NTTデータ通信の資料(1993)によると、このおおもとを辿ると、Cooley (1989)の人間中心システムの提唱に遡ることができます。Cooleyの考え方については邦訳されたものがありますので、関心のある方は参考にしてください。これもやはり欧州の長期的な競争力強化のための枠組みとして考えられたものです。その具体的な考え方は、多様性の重視、科学と技術だけでなく文化的差異も反映した設計プロセス、技術中心アプローチとの対比、知識の民主的共有などにあります。そして、HCI (Human-Computer Interaction)の研究のなかで、ユーザ中心設計を行うこと、さらにはユーザ参加の設計を行うことが説かれています。この考え方は、人間中心CIMシステムプロジェクトであるESPRIT計画1217 (1986-89)において、世界初の人間中心のコンピュータ統合生産システムを構築することを目的として実践され、イギリス、北欧、ドイツの伝統を集約した取組になりました。

これらの欧州における人間中心システムの動きについては、2000年以降、あまり国内に紹介されていないようですが、ISO 13407のエディタであったイギリス人のTom Stewartは、当然熟知していたと思われます。(もちろんそうであれば、ISO 13407の引用文献に含めておくべきだと思いますが)。この意味で、多少の推測を含めて考えれば、Tom Stewartと欧州の関係者が中心になってまとめたISO 13407が、UCDでなくHCDという名称を冠したことは自然な成り行きだったかもしれません。

しかし、人間中心という表現は、人間社会の内側を見ている限りは順当なものといえますが、他方、世界環境全体の中における人間社会という視点で見た場合には、問題が無いわけではありません。ディープエコロジーとして知られる生態系中心主義と対比して人間中心主義を考えた場合、特に都市環境政策において人間の都合ばかりが優先されていることが問題として指摘されています(岡部 2011)。また類人猿研究の流れからは、人間と類人猿の類似性が強調されており、人間の外側にバリアを作ってしまうことに対する批判的な意見もでています(Cavalieri and Singer 1993)。

こうしたことを考えてみると、ISO 13407以来、当たり前のように使ってきたHCDという言い方を見直す必要があるのではないかと感じています。そもそもusabilityという概念はuseという動詞が基本であり、それを行う人はuserです。だからusabilityという概念は、見方によって時には生産者であり時には資本家でもあるような人間という漠然とした概念より、ユーザという概念を対象にしたものと考えた方がいいように思います。

そんなことで、これからはHCDという表現ではなく、UCDという表現を使っていこうと考えている次第です。(ただし、現在、理事長を担当している人間中心設計推進機構(HCD-Net)の名前を変更するとなると大変な手間になりますが……)

文献

  • Cavalieri, P. and Singer, P. (eds.) (1993) “The Great Ape Project – Equality beyond Humanity” St. Martin’s Griffin
  • Cooley, M. (1987) “Architect or Bee? – The Human Price of Technology” Chatto & Windus and the Hogarth Press Publishers (里深文彦監訳 (1989) “人間復興のテクノロジー コンピュータ化時代を生きる倫理” お茶の水書房)
  • Cooley, M. (1989) “Human-Centred Systems” in “Designing Human Centred Technology: A Cross Disciplinary Project in Computer Aided Manufacture” Springer-Verlag
  • 林武 (1992) “人間中心システムと技術” システム総合研究所 第4回ヒューマン・インタフェース、アドバンスト・シンポジウム予稿集
  • Norman, D.A. and Draper, S.W. (eds.) “User Centered System Design” LEA
  • NTTデータ通信株式会社システム科学研究所 (1993) “欧州における人間中心システムの研究動向” 90-04J(0015)
  • 岡部明子 (2011) “Third Urban Ecology” JBS・建築雑誌 126(1612) P.18-21
  • Shackel, B. and Richardson (eds.) (1991) “Human Factors for Informatics Usability” Cambridge U.P.
  • システム総研 (1992) 人間中心シンポジウム資料 “Proposal for Council Decisions Concerning the 4th Framework Programme of Community Activities in the Field of Research and Technological Development.(1994-1998)”
  • Yeomans et al. (1986) “Design Rules for a CIM System” North Holland

公開: 2011年3月29日
著者: 黒須教授

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