文字のサイズと図と地の原則で視認性を確保する

見やすく読みやすい文字表示の大原則は、まず重要な情報を切り分け、重要な情報の部分を図と地の原則にしたがって図として強調する、そしてそのために文字サイズや太さという手段を活用することである。

  • 黒須名誉教授
  • 2025年12月3日

文字表示の人間工学と心理学

文字が大きければ視認性が高く、小さければ視認性が低い…これは一般には人間工学的原則として正しいことだ。もちろん、そのサイズの範囲は常識的なものであるべきで、巨大すぎる文字や微細にすぎる文字は例外である。まあ、矯正視力1.0で見える範囲のディスプレイ上の文字や印刷物、と考えればいいだろう。

ただし、この問題は人間工学的原則だけでは決まらない。図と地という心理学的原則も考慮しないと、見やすく読みやすい文字表示はできないのだ。そのことに気を配らないエディトリアルデザイナーやグラフィックデザイナーの作品は結構見かけることがある。図と地の問題は、文字が多数表示されている場面で、どの文字部分を図にし、どの部分を地にするか、ということだ。もちろん必要性の低い文字表示の部分は削除してしまうことにしていいけれど、いちおう表示しておかねばならない文字表示のどの部分を相対的に大きくし、どの部分を相対的に小さくするか、あるいは大きくするかわりに太字にしたりするかどうか、という問題である。それを具体化する方法にはいくつかあるので、文字サイズだけの問題ではない。たとえば背景色をどうするかという方法もあるし、背景とのコントラストを変えたりするやり方もある。ただ、モノクロ印刷の場合においては、文字サイズを変えて、図と地の分化を図るのが一番手っ取り早いだろう。

つまり、まず表示内容を重要度に応じて少なくとも2段階に区別しておき、重要なものを図にし、重要でないものを地にする、という工夫が必要だということになる。したがって、大前提として文字表示内容についての情報としての重要性の判断が必要になるのだ。この判断はデザイナーの権限の範囲外の場合もあるかとは思うが、特に指示のない場合には、自分で考えて重要度の判断をすべきである。

薬の用法・用量の表示

この問題についての事例には事欠かないのだが、まず薬の容器の用法・用量の表示をとりあげてみたい。

図1は便秘薬の容器の例である。容器のサイズは手の大きさとの比較で察していただきたい。この容器の表面には成分やら適用やら用法・用量やらが書いてあるのだが、ユーザにとって一番喫緊の課題は、さて、どのタイミングでどのくらい服用すればいいか、ということだろう。筆者の場合でいえば、肉眼では眼鏡をかけても見えないくらいの小さな文字で書かれているので、拡大鏡を利用することになるのだが、少なくとも「1日一回就寝前(または空腹時)に」という部分と、「大人(15才以上) 1回3~6錠」という部分は大きく、そして太字で強調表示しておいてもらいたい。大人未満の場合は、だいたい大人に準じて減らしていけばいいだろうと推測できるから、そこまで強調してもらわなくてもいいだろう。むしろ全部を強調表示するとゴチャゴチャして分かりにくくなってしまう。

図1 便秘薬の場合

図2の胃腸薬の場合には、用法・用量、成分、問い合わせ先、有効期限が書いてある。有効期限はたしかに重要な情報なのだろうが、そこだけ背景をカラー印刷にして目立たせても、ちょっと違うんじゃないかなという気がする。まずは用法・用量について「1日3回、食後に服用」という点が大事だし、「15才以上 3錠」という部分も重要であり、そこは大きく太字で表示しておいてもらいたい。

図2 胃腸薬の場合

鉄道切符の場合

先日、学会出張で北陸新幹線を使って金沢にでかけたのだが、その時に利用した切符が図3と図4である。図3は乗車券、図4は指定席特急券である。

図3 新幹線利用時の乗車券

乗車券の上部には、5M883700とか4408とか訳の分からないコードが印刷されているが、これらはユーザにはまったく関係ない情報であり、鉄道関係者がそれこそ拡大鏡を使って確認できるサイズがあれば十分だろう。券面下部の「途中下車はできません」などの表示はまあユーザに関係しているものの「2025.-8.14 (日)東日本Webセ 40375-01 C56」とか「受取箇所:2025.-9.-9 新宿駅FC19 10127-03 W」はユーザにはどうでもいい情報であり、もっと小さく表示してもいいだろう。

この券面でユーザにとって重要なのは「金沢→区 東京都区内」という表示と「経由:金沢・新幹線」という補助表示、そして「9月13日から7日間有効」という部分だけである。「団券:(日)関東企画仕入」はどうでもいい部分である。だから、重要な部分だけをもっと大きく太く表示してくれればいいのだが、まあ乗車券については、複数枚の切符をもっている場合でなければ、金沢から東京都区内に行くということはユーザにはわかりきっていることなので、さほど強調表示の重要性が高いということはないだろう。

図4 新幹線利用時の指定席特急券

問題なのは、指定席特急券である。ここにもゴチャゴチャといろいろな情報が表示されているが、ユーザにとって重要なのは「金沢→東京」という部分と、「9月13日 (12:50発) (15:20着)」という日時の部分、「かがやき530号」という特急の名前、そして「8号車5番E席」という座席の表示だろう。いいかえれば、それ以外の部分はユーザにとってはどうでもいい情報である。

そこで、この写真を切り張りして情報内容はすべてとりこぼさないようにして、私的改訂版を作ってみた。それが図5である。

図5 新幹線の指定席特急券の私的改訂版

背景に濃淡のストライプが入って見えてしまっているが、これは切り張り作業で発生したもので、特に意味はない。それよりも、「金沢→東京」という運行経路と、「9月13日 (12:50発) (15:20着)」という日時、「かがやき530号」という特急の名前、そして「8号車5番E席」という座席の表示に注目していただきたい。図4と図5を比べて、読者のみなさんはどちらが好ましいと思われるだろうか。

図5では文字の太さやフォントは変更しておらず、単に文字サイズをいじっただけなのだが、それでも相当わかりやすい券面になったのではないかと思っている。特に「8号車5番E席」という部分が巨大になっている点は、分かりやすさの向上に大きく寄与しているのではないかと考える。

文字表示で注意すべきこと

薬の容器と新幹線の切符を例にあげて示してきたが、まず重要な情報を切り分け、重要な情報の部分を図と地の原則にしたがって図として強調する、そしてそのために文字サイズや太さという手段を活用する、これが文字表示の大原則である。これは特に説明しなくても分かり切ったことのように思えるのだが、身の回りにはその原則に違反した事例があまりにも多いことに驚かされる。デザインの基本として、改めてデザイナーの皆さん、あるいはデザインを担当する皆さんには心していただきたい。