わかりにくいusabilityの定義とusableという言葉

ISO 9241-11、そしてそれを引用している規格類においては、任意の製品やシステム、サービスが使えるモノか(usabileか)どうかという基準を提示してはおらず、単にその水準を記述する指標を提示しているにすぎない。

  • 黒須教授
  • 2017年5月22日

ISO 9241-210のJIS化作業

2017年中のJIS制定を目指して、現在、ISO 9241-210の和訳作業(主査:安藤昌也千葉工業大学教授)が進められている。ISO 9241-210については制定から7年も経過してからのJIS化なので、周囲状況、特に関連する他の規格については変化が生じている。特にTC159(人間工学)とJTC1(ソフトウェア)との関係が大きく変化してきており、特にJTC1で制定されているSQuaREの影響は大きい。

本来なら2011年頃にはJIS化をすべきものだったが、当時はやたらに規格を作らないという上からの方針があった。しかしISO 13407をJIS化しておいて、それが廃版になってISO 9241-210となったのにJIS化をせずにそのままにしておく、というのはやはりおかしな状況だった。そうしたわけで、遅まきながらJIS化作業が開始されたのだが、2000年にISO 13407のJIS化をして以来、17年が経過してしまったという事実はやはりその翻訳の方針にも影響を与えている。つまり、現在の解釈で翻訳すべきか、2010年当時の解釈でやるべきか、ということだ。

usabilityの定義

翻訳作業の際に問題になったことのひとつに、ユーザビリティの定義がある。ISO 9241-210ではISO 13407以来、ISO 9241-11(JISではZ 8522)の定義を基本的に継承しているのだが、そのJIS Z 8522のユーザビリティ定義については、疑義が提起されている

その著者の主張を引用すると、

英語の原文からして、形容詞がどの名詞にかかっているのか分かりにくいところがあるのですが、上のふたつの和訳はいずれも、重要なところを誤訳しているように思われたのです。例えば JIS訳について、述語だけを取り出すと、「有効さ、効率及び利用者の満足度の度合い」となっています。しかし原文では、「Extent to which a product can be used」ですから、日本語で言えば「利用することができる度合い」となっているはずです。

ということである。

たしかに原文は英語としてすっきりしたものでなく、わかりにくいし、この著者の言い分には(英文解釈として)僕も賛成したい気持ちでいた。

Susan Harkerの見解

そこで、ISO 9241-11の制定に関わったラフボロー大学のSusan Harkerにその点を問い合わせてみた。しかし、彼女の回答は次のようなものだった(2017.3.11受信)。

Usability is the extent (or degree) of effectiveness, efficiency and satisfaction with which a system, product or service can be used, (by specified users, to achieve specified goals in specified contexts of use).
It is the extent (degree) of eff, eff and sat that is achieved when using.
Simply saying ‘can be used’ is ambiguous in relation to which aspects of use are involved.
(編注:eff, eff and sat = effectiveness, efficiency and satisfaction

特に、最初の文に書かれているように、「a system, product or service can be used」という部分はwith whichの中に収められてしまっていて、メインな部分は「extent of effectiveness, efficiency and satisfaction」なのだというのが彼女の説明だ。また「can be used」という言い方はどの側面が関係しているかについて曖昧である、とも言っている。

ISO 9241-11の改定

つまり、Susanは「利用することができる度合い」と読めてしまいそうな原文ではあるが、そうではなく「有効さ、効率及び利用者の満足度の度合い」なのだと書いている。とすれば、英語が誤解されやすい構文になっていることが問題だ、ということになる。

現在、SC4WG6ではISO 9241-11の改定の時期に入ってきており、2017年4月には札幌で会議が開催されることになっている。そこでは、今回とりあげたような英語の質の悪さも問題として提起するつもりである。

ところでusableとは

Susanが言っているように「can be used」という表現は曖昧である。同様に「usable」という言葉も曖昧である。実は、ISO 9241-210のJIS化作業をしていて問題になったのもこの点である。日本語にすれば「最低限使うことができる」という意味なのか「ちゃんと使うことができる」という意味なのかが分からないからだ。

たとえば毎日少しずつ進んでしまう時計があるとする。一日に1分以上進んでしまうようでは「使いものにならない」が、二ヶ月に1分程度だとどうだろう。朝のテレビの時刻表示と合わせると「あ、最近は5分早くなってるな」と分かる、といった程度の場合である。この場合、判断は分かれるだろう。5分ずれていると分かれば「それなりに使える」つまり「最低限使うことができる」という人もいるのではないだろうか。実は我が家がそうである。

usableという単語はuseとableだから、判断基準の設定の仕方によって判断は分かれてしまうのだ。だから、判断基準を厳しくして一ヶ月に1秒程度しか進まない時計でなければ「ちゃんと使うことができる」とはいえない、という厳しい基準の人がいてもおかしくはない。

こうした曖昧さがあるから、ISO 9241-11ではAnnex Bで表B.1にeffectiveness, efficiency, それとsatisfactionの定量的指標がリストアップされてあるのであり、usabilityはそのextent(これについてはdegreeと同じ意味だとSusanも書いている)つまり程度とか度合いという形でしか定義できないのだ。時計の例は直接的には信頼性の問題といえるが、usabilityについてはeffectivenessに関わることともいえる。そして、その時計が「使いものになるかどうか」は問わずに、その「有効さはこの程度(先ほどの時計なら二ヶ月に1分進んでしまう程度)である」という言い方をしようとしているのだ。

再びISO 9241-11

しかし、それにもかかわらず、ISO 9241-11にはusableという表現が「不用意に」おかれている。4には「the extent to which a product is usable in a particular context.」とあるし、5.4.3には「efficiency could be specified or measured by the number of usable copies of the report printed」、Annex Cには「it is made clear to all parties concerned in what way and under what conditions the product will be usable」とあるし、Annex Dにも「some will be more usable than others」「how to apply the general principles that make a product usable.」などとある。

これは明らかにおかしいが、好意的に考えれば、usableと書いてある部分をwith a certain level of usabilityなどと置き換えて読めばいいということになるかもしれない。しかし、それにしてもcertainというのはどの程度なのか、なぜそこに基準を設定できるのか、という議論が起きそうである。

今回のコラムを要約すれば、ISO 9241-11、そしてそれを引用している規格類においては、任意の製品やシステム、サービスが使えるモノか(usabileか)どうかという基準を提示してはおらず、単にその水準を記述する指標を提示しているにすぎない、ということになる。