フロンティアは私たちの心の中にある

ユーザー志向のものづくりの実践~安藤昌也氏(第1回)

UX、HCD、エスノメソドロジーの研究をもとにしたものづくりでイノベーションを生み出す安藤先生に、安藤先生の考える“いいもの”とは、また、UXDが必要な理由をうかがった。

  • U-Site編集部
  • 2015年6月1日

安藤 昌也(あんどう まさや) 千葉工業大学 工学部 デザイン科学科教授 Ph.D。UX、エスノグラフィックデザインアプローチの研究者で、ものづくりのコンサルタント。

ユーザーエクスペリエンス(UX)人間中心設計エスノグラフィックデザインアプローチの研究をもとにしたものづくりでイノベーションを生み出しつづけている安藤先生。ものづくりの基本としてUXを考えなければいけないとはわかっているけれども、なかなかそれが難しいという人に向けて、なぜUXデザイン(UXD)が必要なのかをうかがった。

聞き手: 株式会社イード リサーチ事業本部HCD事業部

人とモノの研究がおもしろい。ポジティブ心理学にも近い分野

──安藤先生の研究のスタンスはどういったものなのでしょうか?

最近はUXという言葉がよく使われているので、僕も研究内容を伝えるときにUXという言葉を使いますが、UXによく似ているのですが説明が難しいです。人はどういうふうにモノを使っていくかという分野がとてもおもしろいので、人とモノとの関係を研究しています。

海外では、人がなにかしらの行為をするときの感じ方やモノの意味をずっと研究しているチクセントミハイ(Mihaly Csikszentmihalyi)という研究者がいて、彼の研究分野はポジティブ心理学といわれています。UXを研究しているととてもポジティブなものと感じることもあるので、ポジティブ心理学と近いところもあるように思いますが、僕はよりものづくりへシフトしています。

人とモノの関わり合いをよくするために、「よりよい」ものづくりの方法を探ろうとして、この分野の研究を始めました。以前はマーケティング分野のコンサルタントで、ユーザーの現実を理解してかみくだき、ビジネスに役立てることをしていました。ユーザーの気持ちや心理をしっかりととらえる研究を長年やっていたのですが、最近はこの分野のことをUXといったり、ユーザーのことを理解してデザインすることをUXDといういいかたが普及しているので、UXとかUXDの研究といっています。

増えると生活が豊かになる。そんな“いいもの”を作りたい

──先生の研究は、メーカーなどの作り手側がユーザーにより使ってもらう・買ってもらうためというところが、ベースになるのでしょうか?

買ってもらうことよりも、使うことを重視しています。僕は経済学の情報経済論をやってきたので経済社会の中で、という側面になりますが、ユーザーは作り手が提供しているものをうまく使っています。ユーザーの中にいいものが増えていくと生活がどんどん豊かになる、という基本的な発想から、いいものを増やす・増やしていきたい・作りたいというポリシーがぼくの中にあります。NPOでも株式会社でも、組織に関わらずにビジネスはたまたまそういう形態でできています。そこで、いいものを増やすための活動をして、いいものを作るためのお手伝いをしています。

──“いいもの”とまとめられていますが、先生にとってのいいものはどういったものなのでしょうか?

“いいものとはどんなものだろうか”ということを関係者全員でしっかり考えましょう、ということが基本です。ぼくが目指しているいいものは、すごくモチベイティブなもので、それを持つことで、なにかをやろうという意欲が高まるものです。

世の中には、これができるのであれば、「もっとこんなことができるのではないだろうか」と発想が膨らむものがあります。その1つ1つをさらに深めていくようなものづくりもありますし、もっと使ってみようとか、できることを増やしてみようとか、やってみようという気持ちになるものがあります。道具とはそういうものではないでしょうか。

道具はフロンティアを作る。そういうとらえ方をモノにすること自体に驚いたが、いいものが増えればフロンティアとなる。説明を聞くとその本意が見えてきた。

かつて、石器があったからクルミが割れるようになった。チンパンジーも石器でクルミを割るから、食べられなかったものが食べられるようになりました。高枝切りばさみを使えば、手のとどかなかった高いところにも手が届くようになります。道具は常にそうやってフロンティアを作っていくもので、道具によって自分ができなかったことができるようになります。

フロンティアは特別なものではなく、私たちの心の中に存在しているもので、道具は日常のニーズを満たしているように思えます。この、道具から、こういうふうにして使っていきたいという思いが湧くようなものが、僕にとってのいいものです。

黒須先生には「日常生活で日々1つ1つのモノに対してそんなことを考えていたら大変だろう」といわれましたが、全部の道具から発想が広がる必要はありません。しかし、いい包丁を買ったらものを切ってみたくなります。また、包丁にものがたりがあったら、友達にそのストーリーを話したくなります。これが生活のおもしろさで、「モノの意味」や「モノの楽しさ」はそこにあるはずです。

最近、料理をやっているので、料理の話が続きますが、いちょうのまな板は価格が高くて手入れが大変らしいです。ところが、そこはかとなくいちょうのにおいがするらしいです。いちょうのまな板を買った人には、まな板のストーリーがあって、ユーザーはモノとともにストーリーを買います。ときには、「なぜいちょうのまな板がいいのかというと、殺菌力が…」と、作り手が物語ることもあります。

こういうストーリーがあると、友達が遊びに来ていちょうのまな板を目にしたときに、エピソードを語りたくなるものです。いいものとはそういうものでもあると思います。

作り手が情報発信をすることは以前からあり、売り手がface to faceで商品の紹介ちらしレベルもことを語っていました。かつては非常に小さな世界でしたが、インターネット時代では、利用体験が集まる口コミサイトがあり、また、作り手も情報をどんどん発信できるようになりました。こうなると、ユーザーは実際に商品を使う前から仮想空間の情報をもとに商品の利用体験をしてしまします。

このとき、企業のメッセージの出し方次第で、ユーザーのメッセージの理解が変わり、ユーザーは期待の仕方によって、そのあとに製品を実際に使ったときの評価が左右します。

インターネット時代のUXにはこうした要素が関係するので、広報・宣伝活動も視野に入れてUXデザインを考えましょうと企業の方々に提案します。その道具をよりよく使ってもらうためのメッセージを出すことがとても大切で、UXデザインはユーザーの期待をよく理解したうえでメッセージの出し方と宣伝の方法を作っていくものなのです。この中にはブランディングという意味合いも含みますが、ブランディングよりももう少し具体的な施策を投入します。インタラクティブなものであれば、過度な期待は抱かせないようにします。これはとても大事です。

こうして商品全体ができあがると、作ったものがいい商品、いいものとしてユーザーのもとにきちんと届きます。

過度な期待をユーザーにさせない。商品を正しく理解できる情報提供を心がける

──マーケティングの調査では、事前にどれぐらい期待しているかを聞いて、製品を使ったあとにどれぐらい目的を満たせたかを聞きますが、過度な期待を持たせないということは、満足度に関係しませんか?

過度な期待というのはとても微妙な言い方ですが、その製品に対して正しく理解できる人は製品に対して正しい期待をしています。しかし、期待がなんとなくぼやっとしている人は、裏切られる機会が増えていきます。そこで、あえてわかりにくいぼんやりしたイメージを伝えないようにします。これが、過度な期待を抱かせないことになります。

以前のアップルは過度な期待を抱かせないように丁寧な伝え方をしていて、iPhoneが最初に登場したときのCMは、iPhoneを操作している手と製品と操作画面しか出てきません。販売前から、“iPhoneはこういうことができる”という操作画面を見せていて、iPhoneを使うとこういうことができるというイメージのものと組み合わせていました。こういうことが過度な期待を抱かせないことで、iPhoneを買うとこんな使い方ができるということが、誤解なく伝わるようにできていました。この見せ方は、見習うべき点があります。

──過度な期待を抱かせずにユーザーに伝えるという部分は、コンセプトを考える時点から考えていくべきものなのでしょうか?

そうです。過度な期待を抱かせないように伝えたときに、製品として魅力のないものになっていたら意味がないです。このとき、ユーザーの体験価値を正しく見すえてデザインしていれば、ユーザーに製品の価値も正しく伝わるはずです。また、こうした製品の宣伝活動では、こういうシーンではこれができる価値を持つ製品であるということを見せないといけないでしょう。

最近はアクションカメラがはやってます。機能だけで区別するといろいろなアクションカメラがあって、その中には360度カメラもあります。360度カメラとはなんてすごい機能だと思いますが、現実的にこれはどうやって使うものでしょうか?

360度カメラはガジェット好きにとってすごくよいもので、なんかおもしろいものがとれるかもしれないと感じさせます。リコーのTHETAもそうで、CMでは利用シーンを多用していますが、もしCMで製品だけが出てきたらどう使っていいかわからないでしょう。

技術がわかる人がCMをみれば、あれができる、これができると妄想できますが、一般の方に買ってもらうためには、こういうシーンのときにはこういう使い方ができるというように、シーンごとの見せ方が必要だろうと思います。

いま、アクションカメラを車のなかで使うサービスをある会社といっしょに開発をしています。プロダクト/マーケットフィットといいますが、こうしたシーンごとの切り口をリサーチで探してきました。

リサーチでは、「ここにニーズがあるでしょう」というものが見つかるので、このニーズにつながるようにUXデザインを考えます。そうすると、「このシーンのときにこういう撮影ができるといい」という点が見えてきます。友達と旅行にいくときに使うとおもしろいというシーンが見えてくれば、アクションカメラを取り付けた車で学生に旅行してもらうのですが、この結果は瞬間で「先生、飽きちゃいました」でした。

そこで、こういうシーンでの使い方ではないということで再度ブレストして、どういう人だったらシーンに適合するのかという仮説をたてて、調査を続けます。すると、これぞというものが見つかるものです。その新たな使い方をもういちど試してみると、アクションカメラを車内で使ったときの体験価値をよく理解できる人たちが出てくるのです。こうしたことを繰り返して製品コンセプトとUXデザインを作っていきます。

ニーズ・シーズ問わず、体験価値を正しく評価してもらう。適切なペルソナ設計が重要

──我々もリサーチという立場で企業のものづくりに参加することがありますが、すでにモノができあがっていて、これが売れるかどうかというシーズ発想もあれば、こういうものをつくりたいけれどもニーズがあるのだろうかというニーズを探るニーズ発想の調査も増えています。しかし、先生の今の話は、ニーズとシーズの中間的な印象を持ちましたが、これが最近のスタイルなのでしょうか?

実際のケースを複合しているので、必ずしもこのケースではありません。しかし、ニーズの段階であれば、たくさんある可能性の中でコンセプトテストやって、ニーズがありそうというものを見つけてきて、コンセプトとして非常によさそうとなれば、それを詳細化してさらに検討します。

シーズの段階のものであれば、実際にどう使うかという体験価値の本質をすでに評価しているので、詳細のUXを別途検討していきます。このときに体験価値をよく理解できる人を見つけないと、体験価値がどんなによくてもその製品は実際には使われないものになってしまいます。

そこで、いちばん正しく理解できる人たちを見つけてリサーチをして、製品を作るためにペルソナを設計します。このとき、マーケットに対して体験価値を正しく評価できる人たちをペルソナにしますが、最近は別のゴールに向かうペルソナも作り、複数のペルソナになることもあります。

ペルソナが思いこみで1体作られることもあるようですが、体験価値はユーザーごとに異なります。そこで、複数のペルソナでマーケットをきちんと探っていかないと、体験価値が本質的に良くても売れないモノが出てきます。しかし、ペルソナをきちんと複数体設計すると、過度な期待を感じさせないようにできます。

こうしてプロモーション含めて検討していき、製品をマーケットに訴求します。

製造コストも考慮しながら、UXの実現方法を模索する

──プロモーションを考慮した上でのUXデザインの例を教えていただけますか?

以前に千葉のおみやげを作りました。これらは道の駅などで見られます。

いわしの缶詰にUXデザイン。98円の特売セールの缶詰ではなく、UXDを使っておみやげとしていわしの缶詰を成立させるという。

おみやげは、それぞれの品質や味などひとつひとつの要素はとても良いものがあります。たとえば、いわしの缶詰。いわしの缶詰はスーパーの特売で98円というイメージもあるので、中身がよくても品質のイメージがマッチしないものです。それをUXDの手法を使っておみやげとして成立させます。おみやげを渡すシーンを考えながら、おみやげ売場をひたすら調査すると、おみやげを渡すシーンがだんだん見えてきます。

このいわしの缶詰には、2つのエクスペリエンスを集約しました。ごくふつうのパッケージですが、包み紙の裏面にはどれぐらいこだわったいわしかを説明しています。このいわしの缶詰は、特売品とはちがうものといわせるところが大事で、この体験を入れ込むパッケージをひたすら学生が考えた結果、こういう形になりました。しかも、実デザインは無プリントで紙に印刷しているだけ。とてもコストを抑えて実現しています。

銚子のいわしのストーリーをパッケージに入れ込む。栄養素、味付け、ものに対する思いを入れ込むことで、特売の缶詰とはちがうという価値を体験してもらう。その価値を読みたくなり、しゃべりたくなるデザインをUXDで考える。

同じメーカーで海苔もあります。そこのおばさんに出会ったときに、この人で売ったらいいのではないかなと思ったら本当にそうなりました。

──こうした商品のために、どんなペルソナを作られたのでしょうか?

わかりやすいように、この落花生で説明します。千葉は落花生が名産ですが、落花生はどの商品も見栄えがよくなくて、筆文字で「落花生」と書いてあるイメージが強いものです。そこで、それのイメージを払拭します。

落花生は、いつも疲れて帰ってくる24歳の女性がペルソナです。この女性は家でビールを飲むのですが、友達が近くに住んでいるのでたまには友達を呼んで、グチをいいながらビールを飲もうと思った。そのときにおつまみとして買っていく落花生です。そして、ご存じない方が多いと思いますが、落花生はすじところを親指で押すとパリッと爽快に割れます。この爽快な割り方も書いてあります。24歳の女性が友達とビールを飲みながら、落花生がパリッと爽快に割れたと言いながらグチを語ります。

どんなシーンだよと思うかもしれませんが、ペルソナが明確であればそれによりマッチしたデザインになます。これは、ちょっとアメコミ風になっていて、ペルソナに買ってもらえるように3色展開してセットで売ります。

いわしの缶詰の後ろに、3色4箱あるのが落花生のパッケージ。ぱりっと割れる割り方のイラストも落花生をイメージさせ、落花生をパリッと割ってビールを飲みたくなる。

(第2回「ユーザーに与える体験価値を考え続けることがイノベーションを生む」へ →)