入院のインタフェース

変なタイトルだが、今回は、病院に入院する際のインタフェースのあり方を考えてみたい。母親が白内障の手術を受けることになり、保証人が必要だということで入院誓約証書という書類に署名捺印をすることになった。しかし、その証書を見て考えてしまった。

まず入院に際してなぜ保証人が、しかも二名も必要になるのだろう。そのうち一名は「配偶者・保護者または近親者の方」となっており、もう一名は「上記の方とは別所帯で独立の生計を営む成人の方」とある。この背景には、親類縁者であればまずその責任を引き受けるのが当然であり、それが駄目なら別の人間でもいいからとにかく責任を取らせてしまえ、という発想が伺える。病院が損害を被るのは御免被りたい。だから、とにかく患者本人からお金が取れない場合には、患者に関係のある人間から取れるだけ取ってしまえ、というようにも読める。しかし、こんな条件に当てはまらない人の場合はいったいどうなるのだろう。必要な手術さえ受けられないのだろうか。ユーザビリティ以前、まずアクセシビリティの面で問題があるように思う。

他人との関わりをできるだけ少なくしようとする傾向のある現代人にとって、この保証人という制度はどのような場面においても適切なやり方とは思えない。保証人を取るかわりに、標準的な手術費用と入院費用をあらかじめ預託させるとか、臨時保険に加入させ保険料さえ払えばそれで手術が受けられる、というようにできないものだろうか。

この証書には「診療費等遅滞の場合、並びに患者の身元については保証人が引き受けます」という文面があり、また「故意または過失により貴院に損害をかけた場合には、その責に応じます」という文面がある。こうした文章からは、患者を預かってやっているのだ、手術をしてなおしてやるのだ、という病院側の不遜な態度を感じてしまう。

その反面、最近広まってきたアカウンタビリティ、つまり説明責任については一言も触れられていない。手術の内容については事前に患者に理解できるよう丁寧に説明しますとか、複数の選択肢がある場合についてはそれぞれの得失について納得のいく説明をしますといったようなことも書かれていない。ましてや手術ミスなど病院側に不手際があった場合には、その内容についてすべての情報を公開して説明を行い、必要な責任を取りますといったようなことは書かれていない。単に「貴院の諸規則並びに医師・職員の指示、注意などを守り、診療、院内生活、退院の時期等については貴院の指示に従います」とか「入院中は貴重品等を病室に持ち込まないようにいたします。万一、これらについて損害を被った場合には、貴院に対して保証要求はいたしません」というように、患者側の義務と権利放棄を約束させているだけである。

これは明らかに病院側にとって効果的かつ効率的な、つまり病院側にとってユーザブルな「処理」を目的とした文書であり、自分たちの都合だけを主張しているものにすぎない。患者は治療の対象であり、人間というよりはむしろモノに近い存在としてしか位置づけられていない。

もちろん患者の意識にも問題がないとはいえない。こうした関係性が連綿と続いてきたせいでもあろうが、患者サイドにも病院を「使う」という意識が欠落している。したがって病院のユーザビリティという概念が形成されていない。言うことを聞かなかったらちゃんと治療してもらえないかもしれないという不安があるからか、自分の正当な権利を主張することもなく、自分がお客であるという意識など持とうともせず、治療していただけることはありがたいことだ、という姿勢しか持てずにいる。

治療を「受ける」という受け身的な関係がその意識を形成する基盤になっているともいえるが、もう少し患者の側も病院を「使う」という意識を持っていて良いのではないだろうか。もちろん基本的にはまず病院サイドが患者を「患者さん」として意識するように変化しなければならないが。

市販薬を購入して服用する場合を考えてみよう。まず薬屋に行って薬を買う時、ユーザであることを意識しない人はいないだろう。薬局の店員の勧める薬を買う場合もあるだろうが、自分の欲しい薬を要求することもあるだろう。ともかくどの薬を買うかという選択権は薬屋の場合にはユーザの側にある。薬を服用するときも、自分の主体的な意志によってそれを行うだろう。逆にいえば薬屋に行かないことも、買ってきた薬を服用しないことも、自分の意志によって行うことができるのだ。この考え方を病院に敷延することは果たして間違った考え方だろうか。医師の指示にしたがわなかったからちゃんと直らなかったという場合ですら、結局は自分の責任を自分で取ることになるだけの話だ。医師としては愉快でないかもしれない。しかし事は最終的には患者本人の問題なのだ。患者本人が責任を取ればそれで良いことであり、病院が幼児に指示をするような姿勢を取る必要はないのだ。そんな風に考えた。

公開:2003年11月17日
著者:黒須教授

分類キーワード