AIと個人中心設計(PCD: Person Centered Design) (3) ロボットの進化の姿
AIが遍在する場合、対話をする相手となる物体が欲しくなる。AIに物理的な仕事をしてもらう場合、手足や目や耳が必要になってくる。この意味で、ロボットはAIの実体化として必要な存在である。
「AIと個人中心設計(PCD: Person Centered Design) (2) 多数のAIの同期と統合的ユーザ像」からのつづき
AIの焦点としてのロボット
人間は意識を集中するための視覚的対象を必要とすることが多い。宗教において神像や仏画やシンボルを描いた図像などが作成されるのも、そこに意識を集中し、対象化という心的メカニズムの実行を容易にするためである。
AIについても同じことがいえる。AIとのやりとりを音声対話やテキスト対話として行う場合、特にAIがユビキタス的に遍在するようになった場合、対話をする相手、話の焦点となる物体が欲しくなる。もちろん、AIとのやりとりが目的的対話の場合には、知的なやりとりが中心となるのでAIが音声やテキストという形をとっていてもそれほど差支えはないが、特に雑談のような非目的的対話の場合には、視線のやり場となる相手の姿が「そこ」にあることが望ましい。
さらにAIに物理的な仕事をしてもらおうとすると、手足や目や耳が必要になってくる。特に手足については仕事の「現場」において必要になるため、AIの物理的な動作主体が必要になる。この意味で、ロボットはAIの実体化として必要な存在である。
ロボットのスペックイメージ
それでは、PCDにおいてAIと連動するロボットがどのような特徴を持っているべきなのかを考えてみたい。
基本スペック
産業用ロボットなどと異なり、PCDのロボットは多目的型である。ある時は台所仕事をこなし、ある時は衣類の整理をしたり、またある時は話相手になったりする。このようなロボットには、ヒューマノイドとしての基本形が望ましいだろう。
そのイメージは、胴体があり、そこに二本の腕と二本の脚がついていて、上には頭部がついているようなものである。必要に応じて胴体などから補助の腕がでてきたりすることはあるにしても、基本は人間に類似した骨格をしていることが、ユーザの心理的受容という点からも望ましい。そして人間と同程度の速度で二足歩行をし、階段の昇降もでき、ドアの開閉も行える。歩行する場所は、板や畳、舗装道路、砂利道のこともある。また、必要となる動作条件を考慮すると人間以上の屈伸能力や回転能力をもっていることも望ましいだろう。このあたりについては、Boston Dynamics社が開発しているロボットの能力が参考になるだろう(追記: https://www.youtube.com/watch?v=I44_zbEwz_w https://www.youtube.com/watch?v=F_7IPm7f1vI )。
ただし、指の機能については細心の注意が必要である。特に手指というものは、人間の行う動作の基本をなすものであり、包丁で千切りから桂むき、ジャガイモの皮むきをしたり、しゃもじで炊いたご飯を混ぜたり、毛筆で習字をしたり、プラモデルを組み立てたり、メスで患部を切除したり、注射器で採血をしたり、アイロンをかけるためシャツの形を整える等々、片手に5本の指を使ってさまざまな動作を行う。繊細な動作を行うこともあれば、時には力仕事もこなせること、これは生活の補助をする上では必須なポイントとなる。このあたり、日本が得意とする精密加工の技術を使ってぜひとも実現してほしいところである。他方、足の指は、立位を保持する程度の目的しかないだろうから、指は3本くらいあればいいのかもしれない。
また、皮膚や頭髪を持っていることは必ずしも必要ではないだろう。ただし、内部のメカニズムを保護する目的で皮膚に相当する被膜が必要になるとは考えられる。さらには性的行為を目的としたロボットも考えられなくはないが、そうしたセクサロイドについては、その方向性を望む関係者の意向に任せたい。
顔の造作については、目鼻口耳といった部品がついていることは基本で、アイコンタクトや音声による会話が人間と類似した形で可能なことがのぞましい。ただ、不気味の谷現象(森 1970)を回避するために、人間に酷似させるのではなく、ある程度戯画化したような顔面をもち表情をつくることができればいいとも考えられる。現在、飲食店などで利用されている配膳を行う猫顔ロボットの顔は一つの集約点といえるかもしれない。表情については、基本的にポジティブな表情であることが望ましいが、そもそも自然発生的な感情をロボットに持たせることは難しいと思われるので、認識した外部状況にもとづいて適切と思われる表情を形成することができればいいのではないだろうか。
あと、基本スペックとして重要なのが身長と体重である。人間の動作を代行する場面も多いので、身長としては150-160cm程度は必要になるだろう。ただし、大きすぎると威圧感を感じさせてしまうので、せいぜい170cm程度が上限だろう。また、体重についてはある程度の重量物を運搬することも考えられるので、40kgくらいは必要になるだろう。もちろん、いろいろと機能を追加したりすれば200kgを超えるほどになってしまう可能性もあるが、基本的には軽量化への工夫は必要だろう。
動力源としては電気ということになり、掃除ロボットのように電気を消耗したら自分でコンセントまで移動して充電をする必要がある。バッテリーは体重への影響が大きいが、これは軽量化技術の進歩に期待せざるを得ない。充電している最中に働けないというのも困るので、バッテリーはせいぜい数kgとし、予備を一つ充電しておき、即座に交換できるようにしておくことも必要だろう。交換はロボットが自分で行うが、万一の場合にはユーザが行うこともできるようにしておく。
価格だが、本稿に書いているようなことが実現できるものを作ろうとしたら数千万円以上、おそらくは2,3億円はしてしまうだろう。だが、AIシステムとロボット本体とを合わせて1000万円程度で提供できるようにならないと普及にはこぎつけないだろう。廉価版であれば数百万円程度が望ましいだろう。そうした価格設定は、現時点で考えれば無理な話ということになるが、15年から20年先を目途に開発の進められることが期待できるのではないかと思う。
AIとの関係
ロボットの発話や動作は、すべてAIの管理下にあり、その知的行動や発話はAIの処理内容と同期する必要がある。だから、経済情勢についての議論をしている最中に、玄関のセンサーが人影を察知すれば「いま玄関に宅配業者と思われる人物が荷物を置いていきました」といったような形で、対話処理に画像センサー処理を割り込ませるようなことを行う。そして、玄関先に行って置き配の荷物を運んでくるような連動した処理をする。
ユーザが体の不調で急にうずくまってしまったような場合には、医学的知識を総動員し、またユーザの持病や来歴に関する情報を検討し、適切な処置、たとえばまず声掛けをして反応を見て、体温や血圧、脈拍などのデータを取得した後、ベッドまで誘導するとか、ベッドまで運んでゆく、といったことができなければならない。ユーザの体重は80kgくらいのこともあるだろうから、それを持ち上げる程度の力は出せなければならない。しかもユーザの体を運ぶときには、ごつごつした身体ではユーザが痛みを感じてしまうだろうから、ロボットには皮膚だけでなくクッション材となるようなものがついていなければならない。
ユーザに食事の調理を頼まれた場合には、その時点で冷蔵庫にある食材を考慮し、ユーザの食事の好みや栄養バランスなどを考えて、いくつかのレシピを提案し、ユーザが選んだものを台所で調理する。素材の水洗いや水切り、包丁でのカット作業、出汁の取り方、調理そのもの、そして盛り付けなどを行い、さらには使い終わった食器や食具の洗浄や片付けも行う。マニュアル的なレベルでもいいので、盛り付けにはある程度の審美性が求められるだろう。
衣類の処理も重要である。洗濯物がある程度たまったら、必要なら素材ごとに分別して洗濯、脱水、乾燥を行い、乾燥したものにアイロンがけをしたり、きれいにたたんで、所定の場所に収納する。当然、何をどこに収納したかは記憶されており、ユーザに求められた時点で、どのような衣類がその時に利用可能かを簡潔な対話で導き出し、それをユーザに手渡すことができる。
複数ユーザとの関係
これまではPCDということから、シングルユーザの場合を中心に考えてきた。映画 “her”の独身男性のような場合である。しかし単身世帯ではなく複数の家族から構成される世帯での利用形態はどうなるだろう。
複数の家族構成員から異なる指示を受けた場合に混乱しないように、やはり基本となる主人(マスター)は決めておく必要があるだろう。ただし、家族構成員間にもめごとがあったような場合には、基本、中立を保つ必要がある。その社会的中立という判断は高度な水準のものであり、AIの真価が問われることになるだろう。
夢のまた夢
今回の原稿では、未来のAIとロボットの姿をPCDという考え方にもとづいて考えてみたが、もちろんこれはまだまだ夢であり、先の先の夢ではある。しかし、その進化の方向性は見えてきたのではないか、とも思っている。ここに描いたのと違った形での進化もありうるが、「AIとロボットにできるべきこと」については、大きくは間違っていないようにも思う。進化の途中段階での姿も考えつつ、緻密なプラン構築をしていくことが必要だろう。