AI・ロボットの時代におけるHCD

実世界におけるAIの浸透が著しい状況下で、HCDの仕事をしている人々、主にデザイナーの仕事が、近い将来どうなるのかを考えてみたい。

  • 黒須教授
  • 2023年7月19日

近年のAI・ロボットと仕事の未来

ChatGPTの流行は第三波のAIブームの一つの頂点といえるだろう。ChatGPTは、単純な四則演算をやらせれば間違えるし、人の経歴や歴史上のできごとについて聞くとWikipediaとは違った答えを返すという具合で、分野によっては怪しいレスポンスを返してくるのだが、日本文の英訳や英文の和訳、ソースプログラムの作成 (完全に正解なのかは知らないが)など、いくつか役に立つこともある。学生がレポート作成を補助させようという誘惑にかられるのもまあ仕方ないことだろう。

ともかく、実世界におけるAIの浸透は著しく、Frey and Osborne (2013)は“The Future of Employment: How Susceptible Are Jobs To Computerisation”という論文で、AIだけでなくロボットなども含めたコンピュータの導入全般に関連して、各種の職業が将来どうなっていくのかを予測した。近未来の労働市場の動態を数値的に予言したということで、この論文は、当時かなりの話題になったものだ。なお、これはastrohiroさんが翻訳して公開してくれているので、ちょっと難解ではあるが参照してみるのもいいだろう。

今回は、こうした状況下で、HCDの仕事をしている人々、主にデザイナーということになるだろうが、その仕事が近い将来どうなるのかを考えてみたいと思う。

置換されるのか・協調するのか

まず考えるべきは、ワープロの登場で邦文タイピストが失職したり、コンピュータ化によって銀行の窓口業務がATMに取って変わられたように、コンピュータがHCDの仕事をデザイナーから奪うような方向になってしまうのか、あるいはデザイナーがコンピュータと協調しながらHCDの仕事をしていくようになるのか、という点である。

ただし、HCDのデザインワークといっても多岐にわたるし、奥行きもあるので、コンピュータによってデザイナーの仕事が完全に奪われてしまう可能性は、まだ当分は現実のことになりそうにない。むしろ、Goodpatch Blogにharuさんが掲載している「2023年版 デザインに使えるAIツールまとめ(レビュー付き)」のようなものを利用して、デザイナーが効率的に質の高い仕事ができるようにすることを考える方がまずは現実的といえるだろう。

コンピュータとの協調の姿

haruさんは、AIツールを6つの時系列的なデザイン活動の場面にわけて紹介している。その順番に沿って考えてみたい。

1は「デスクトップリサーチ・アイディエーション」という場面で、ChatGPTやBard、Bing ChatなどのAIチャットツールが、対話的にざっとしたデスクトップリサーチを行う際に参考になるだろうとしている。たしかに、ブレインストーミングなどの人間によるアイデア出しは、特にメンバーが固定していてしかも少人数の場合には、想像力の範囲が限定されてしまう可能性がある。それに対し生成系AIの場合は、元になった膨大なテキストが背景にあるわけで、使い方次第で想像力の範囲を拡大することにつながるだろう。もちろん、生成系AIもツールなので、使い手のスキルや能力に依存する部分はあるだろう。

2は「ユーザーインタビュー」の場面で、音声認識や文字起こしという作業のツールとして活用できるだろうと述べている。この点に関しては、すでにGoogleドキュメントなどの音声入力ツールも存在していたが、ここではWhisper、Reason Speech、Nottaが紹介されている。こうしたツールの精度が向上してきたことにより、これまでは書き起こしを業者に委託していたようなケースで、その必要がなくなり、費用削減につながるようになったといえる。業者の場合には、責任をもって毛羽とりなどをしてくれるが、そのあたりの(あまり負荷にならない)作業を自分でやることにすれば、十分に実用に耐えるだろう。

3は「ドキュメント作成・コンテンツ作成」というタイトルで、文章の自動生成や校正を行うツールとして、Notion AIやCatchy、Easy-Peasy.AIそしてChatGPT、そしてプレゼン資料作成AIツールとしてGammaが紹介されている。ただ、このあたりの作業はまさにクリエーターとしての能力が問われる部分であり、よほど時間がないとか自分の能力に自信がないという場合以外は、自分で頑張ることをお勧めしたい。

4は「UIデザイン・プロトタイプ作成」で、Magician、Uizard、Genius、Galileo、STUDIO、Visilyなどが紹介されているが、デザインスキルのない一般の人たちが使う分には手助けになるかもしれないが、プロであるデザイナーにとっては物足りないものではないだろうか。

5は「画像/動画作成・編集」で、Midjourney、Dream Studio、Adobe Firely、AI Picasso、Stable Diffusion Reimage、Runway、Make-A-Video、Imagen Videoなどが紹介されている。このほかにOpenAIのDALLE-E2なんかもあるが、どれも「いかにも作ったな」という感じの作品になってしまっていて、スキルのない一般人なら受けるだろうが、プロが使うものではないだろう。

6は「ポスター・パンフレット・バナー等のグラフィック作成」でMicrosoft Designer、Stockimg.ai、Typeface、Lookaが紹介されている。これらも素人が作成したものよりは、それなりの「デザイン」にはなっているが、「いかにも」という感じはぬぐえないし、プロのデザイナーの水準に到達しているとはいいがたい。

というわけで、現時点でのデザインAIツールは2の文字起こし以外は、どうもまだ道遠しという印象がある。もちろん、繰り返しになるが、デザインの勉強をしていない人が片手間にデザインっぽいものを作ろうという時には役に立つのかもしれない。本当にデザイナーのツールとして活用できるものができるには、直感的に言って、あと2, 3年、あるいは5, 6年は必要だろう。

しかし技術の進化はとどまるところを知らないので、いずれデザイナーに脅威を感じさせるようなツール、いや、その時はツールというよりは自律的なエージェントと呼んだ方がいいかもしれないが、そういうものが登場することになるのではないか、と思う。

デザインワークのうち、人が必要とされるもの

ただ、いくらツールが進化し、さらに自律的エージェントがデザイナーの職域を犯すようになっても、人間であるデザイナーがいなくなるわけではない筈だ。コアコンセプトを考えたり、デザイン案を評価したりする仕事はなくならないだろう。そしてそのほかにも、人間であることが重要なタスクがある。

それはインタビュースキルである。ちなみにフィールドワークにおける観察についてはAI化できる部分はありそうな気がするが、それをデザインの着想にまでつなげるとなると人間の力が必要になるのではないだろうか。観察とインタビューの大きな違いは、後者がユーザとの「対人場面」である、という点である。

最近は対面インタビューではなくZoomなどを使ったオンラインインタビューも行われるようになったが、画面には人間が映っており、インタビューアの声は合成音声ではなく、対人場面ではある。もし何らかの事情でインタビューアが顔を隠さねばならないとしても、そこにアバターを登場させたら適切なラポールを構築することは難しいだろう。あまりにも人工的なセッティングになってしまうからだ。

つまり、技術的には、CGと音声認識、音声合成、そして画像認識などによってかなりの部分は置き換えることができそうだが、インフォーマントが生の心を持つ人間であるということを忘れてはならない。インタビューというのは言葉を介してのバーバルコミュニケーションと動作や表情などのノンバーバルコミュニケーションとの組み合わせなのだ。また、相手の発話によって相互に影響を与え合う、社会インタラクションの場でもある。この片方がAIによって置き換えられるという考えは、論理や技術だけに頼ろうとするむなしい試みであると考えるべきだろうと思う。

まとめとして

デザインプロセスを考えた場合、そのいくつかではAI的なツールを使ってデザイン作業の効率化を図ることができるだろうが、現在のAIツールの場合にはまだ「AI臭さ」があり、デザインの知識やスキルのない一般人の利用には耐えても、まだプロのデザイナーが利用するには能力が不足していると考えられる。さらに、デザインプロセスのなかでも調査段階におけるインタビューの場面を考えると、これがAIに置き換えられるという夢想は実現の可能性がとても低いだろうと思われる。したがって、デザイナーの仕事が将来、完全にAIによって置き換えられてしまうと考えるのは杞憂であるが、並みの水準のデザイン作業であれば、AIによって置き換えられてしまう可能性は高いと思う。