experienceは「体験」か「経験」か

「体験」は直接的な表現であり、「経験」はそれよりも一般化された表現である。プロダクトやサービスに関するUXを時間軸の上で考えた場合、experienceは経験という表現で括る方がいいように思う。

UXを日本語で表現する場合、特に最近、ユーザ体験ないし利用者体験と訳すケースが増えているような気がする。しかし、こういうことは多数決で決めるべきではない。ここでは体験と経験という概念の違いを考えてみて、UXについては経験という表現の方が適切である、という論述を試みたい(類似記事: useは「使用」か「利用」か)。

「体験」は直接的、「経験」は体験よりも一般化された表現

こうした問題を考えようとした時、国語辞典というのは意外に参考にならないものである。たとえば、新明解国語辞典では、

体験について、

*たいけん0【体験】―する〈なにヲ―する〉直接自分自身が経験すること。また、その経験。―をΔ生かす(ふまえる)戦争―を語る―学習5・―談3・初(ハツ)―3

という説明を与えており、

経験については、

**けいけん0【経験】―する〈なにヲ―する〉実際に見聞きしたり自分でやってみたりすること(によって得た知識や技術)。苦い―を生かす―を積む―が浅い かがく5―クワ―【科学】〔純粋数学・形式論理学などの形式科学5と違って〕経験的事実を対象とする科学。自然科学一般や社会科学など。そく3【則】理論の裏づけは乏しいが、経験を通して自然につかんだ法則。ち3【知】〔学校や書物で得た知識と違って〕日常生活のさまざまな経験や社会での種種の見聞を通して、直接に体得した知識や知恵。てき0【的】―な―に経験を通して判断などが得られる様子。ろん3【論】人間のすべての知識は経験を通してのみ得られるのだとする認識論の立場。実際の経験に基づいた議論。

という説明を与えている。

しかし、こうした辞書的定義だけで体験と経験の違いを明確に把握することは困難だろう。

ただし、辞書の定義にもヒントは含まれている。体験というのは「直接自分自身が経験する」という意味で、主体的な側面を強調している。戦争体験も体験談も、自分自信が経験したことであるから体験というのである。それを戦争経験や経験談と言い換えてしまうと、複数の体験を集約した形の表現になり、個々の体験の生々しさが失われてしまう。いいかえれば、体験は直接的な表現であり、経験はそれよりも一般化された表現である、といえるだろう。

その点で、サービスのような非持続的なもの、一回性が重要なものについては体験でもいいが、プロダクトを利用している場合のような持続的、継続的なものについては経験の方がいいと考えられる。さらにいえば、経験の方がスパンが長いから、その中には(複数の)体験が含まれている、とも考えられ、一般的な表現を考えるなら経験でいいのではないかと思われる。

UXの時間軸を考えれば「経験」の方がいい

利用と非利用の期間からなる時の経過につれたUX(『UX白書(日本語訳版)』より)。
利用と非利用の期間からなる時の経過につれたUX(『UX白書(日本語訳版)』より)。

また、UXにおける時間軸上の変化を考える場合には、その全体をカバーする表現として経験の方がいいように思える。

UXに関する時間的推移については、まず当該人工物に接する以前の期待感が含まれている。この点については、体験でも経験でもいいだろう。レジャー施設にいって、どんなスリルがあるかを想像してみることは予想体験とか期待体験といえるし、家庭で毎日行っている掃除について、それがもっと楽に簡単にできるようになることを想像することも同様である。この点は一回性か持続性か、ということに関連しているが、それだけで体験か経験かを区別することはできない。

次に、当該人工物に接し、それを入手したり購入したりする段階での印象がある。これは一回きりを原則とし、購入と消費が同時に発生して、その段階での経験はすぐに消滅してしまうという点で、たとえば特にサービスについては体験と呼ぶことができる。プロダクトの場合には、入手や購入の段階の重要性は、それ以後の利用期間に比較するとそれほど重要ではないが、一回きりである、という意味では体験と呼んでもいい。もちろん、その前後の経験との連続性を考慮すれば、経験の一フェーズ、ということになる。

問題は、入手したり購入したりした段階以降の利用期間についてである。これはサービスについても例えば近所のコンビニを反復利用するような場合については近似的に短期間の利用とか長期間の利用という言い方ができるが、サービスでもプロダクトでも、それは持続的な累積的プロセスである。あくまでも体験という表現にこだわるなら、利用体験の反復とか利用体験の累積という言い方もできるが、素直に考えれば、これに対しては利用経験という表現の方が適合しているといえるだろう。プロダクトの場合には、家や家具(ベッド)などのように長時間持続的に利用するものも含まれているし、携帯電話の場合のように、それぞれの利用は短時間であっても、それを使うごとに新鮮さを感じることはなく、同様の経験を反復している場合がある。そうした意味で、体験よりは経験という表現の方がいいように思う。

このように、プロダクトやサービスに関するUXを時間軸の上で考えた場合には、体験と呼べる場合もあるが、全体としてみれば経験という表現で括る方がいいように思われる。こうした理由から、僕は、ユーザ体験よりはユーザ経験という日本語表現を使うことを推奨したい。

公開:2014年9月8日
著者:黒須教授

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