HCI International 2025報告
2025年6月22日から27日まで、スウェーデンのヨーテボリでHCI International 2025が開催された。発表内容については、AIやRobotics、VRやAR、心理学関連のものが多かったように思う。
HCI International 2025
2025年6月22日から27日まで、スウェーデンのヨーテボリ(Göteborg, Gothenburg)でHCI International 2025が開催された。会場となったヨーテボリは17世紀に開かれた港町が元になっていて、現在はスウェーデン第二の都市である。高層ビルがほとんどなく、運河が市中を流れ、丘や森の豊かなゆったりとした街である。ちなみに都市名のGöteborgはスウェーデン語で「イェーテボーリィ」と発音されるが、英語のGothenburgと見かけは異なるもののスウェーデン人にとっては違いはあまりないらしく、街中には両方の表記が混在していた。
HCI International (HCII)について
この大会は母体となる学会組織を持たず、事務局(ギリシャのクレタ島にある)をベースにして活動をおこなっている。設立は1984年で、日本のヒューマンインタフェース部会(現在はヒューマンインタフェース学会となっている)の田村博教授と、現在創設者と呼ばれているGavriel Salvendy教授との交流をベースにしてハワイで開催された。その後、1987年からは隔年開催されてきたが、2003年以降、毎年開催されるようになり現在に至る。途中、COVID-19の影響で2020年から3年間はオンライン開催されたが、2023年からはオンライン開催を併用したハイブリッド開催となっている。ただし、主軸は対面開催におかれている。現在、HCI関連の大会のなかでは最多の参加者を集めているが、水準についてはACM SIGCHIなどに比してやや低いとされている。
また、開催地については、当初はアメリカの諸都市が多かったが、徐々にアメリカとそれ以外の交互開催となり、その後は欧州開催が増えている。次回のHCII 2026はカナダのモントリオールで、またHCII 2027はドイツのベルリンで開催されることが決まっている。
内容的には、HCIIにはHCIに関連した幅広いテーマ領域が含まれており、2つのテーマ別領域(thematic area)と19の関連会議(affiliated conference)から構成されている。テーマ別領域にはHuman Computer Interaction Thematic Area (HCI TA)と、Human Interface and Management of Information Thematic Area (HIMI TA)とがあり、前者はHCIの全領域をカバーしており、後者は日本人による発表が多いのが特徴である。筆者は、法政大学の橋爪絢子准教授とともにHCI TAのco-chairを担当している。また、関連会議には、UXやユーザビリティを扱う International Conference on Design, User Experience and Usability (DUXU)などが含まれている。ただし、UXやユーザビリティに関する発表はHCI TAにも含まれており、そうした意味でテーマ別領域、特にHCI TAと各関連会議との境界はあいまいである。

HCII 2025の特徴
まず参加者についてのべると、登録参加者は76カ国から2684人だったとのことだ。76カ国という幅広さがHCIIの特徴のひとつである。これに対して用意されたセッションは、通常セッションが134、招待セッションが224、合計で358セッションであった。ハイブリッド開催ということだったので、その区別をするとオンラインセッションが169、ハイブリッドセッションが189だった。対面だけのセッションというのはなく、その意味ではオンライン参加がしやすい構成になっている。その他、コースという無料講習会が17、ワークショップが5用意された。
先に、レベルがACM SIGCHIよりは低いと書いたが、すべての応募を受け入れているわけではない。応募総数は87カ国から6511であったが、プロシーディングスに採択されたのは1428の論文と355のポスターである。さらにLBW (Late Breaking Works)という追加プロシーディングスに採択されたのは、497の論文と111のポスターである。合計すると、論文が1925、ポスターが466、総計で2391である。したがって、採択率は36.7%ということになる。まあまあの品質を維持しているということができるだろう。
発表された内容については、AIやRobotics、あるいはVRやARに関係したもの、認知などの心理学関連のものが多かったように思う。バランスを欠くといけないので、以下に、21の大会でBest Paperを受賞した論文タイトルをリストすることにしよう。ただし、注意していただきたいのは、21の大会各々に投稿された発表の数が同じではないため、以下の一覧のなかにおける項目の頻度が、そのまま全体の頻度を表しているわけではない点である。
- HCI-TA (Human-Computer Interaction)
Do Robots Sound Human Enough? Exploring Human Gender and Tone in Shaping Empathy Towards Social Robots - HIMI-TA (Human Interface and the Management of Information)
Beyond the Bar: Judging Dot Means on Bar Graphs – Dot Distribution Matters - EPCE (Engineering Psychology and Cognitive Ergonomics)
Human–AI Teaming in the Urban Air Mobility Coordinator Work Position: A Proof-of-Concept Design - AC (Augmented Cognition)
Emotion Recognition and Cognitive Load: Exploring Their Interconnected Dynamics in HCI - UAHCI (Universal Access in Human-Computer Interaction)
Enhancing Communication for Individuals with Complex Communication Needs (CCN) through AI and Visual Scene Display Technology - CCD (Cross-Cultural Design)
“How Do You Understand? Your Eyes Show It”: Explainable Artificial Intelligence for Cross-Language Comprehension Prediction Through Eye Movement - SCSM (Social Computing and Social Media)
CLBoundaryManager: A System Facilitating Boundary Management and Border Crossing between Life Domains - VAMR (Virtual, Augmented and Mixed Reality)
The Impact of Virtual Object Interaction on Episodic Memory: The Role of Bodily-Self Consciousness and Presence - DHM (Digital Human Modeling and Applications in Health, Safety, Ergonomics and Risk Management)
Exploring Physical Demand Metric: Slouching Score in Augmented Reality-Based Biomechanics Education - DUXU (Design, User Experience, and Usability)
Building Beyond Blocks: User-Centered Innovations in LEGO Design for Unleashing Creativity and Play - C&C (Culture and Computing)
Interacting with Ancient Acrobat Figurines in Mixed Reality Experiences for Cultural Heritage Learning - DAPI (Distributed, Ambient and Pervasive Interactions)
Improving Our Awareness of Data Generation, Use, and Ownership: People and Data Interactions in AI-Rich Environments - HCIBGO (HCI in Business, Government and Organizations)
The Configuration of Space: Probing the Way Social Interaction and Perception are Affected by Task-specific Spatial Representations in Online Video Communication - LCT (Learning and Collaboration Technologies)
Data-Driven Approach to Well-Being Tracking in Language Education for Whole Person Learning - ITAP (Human Aspects of IT for the Aged Population)
Addressing the Avatar in the Room: A User Study on Older Adults’ Experiences with a Wearable Augmented Reality Communication System - AIS (Adaptive Instructional System)
Advancing Cognitive State Monitoring: Diagnosing Cognitive Control States under Varying Automation Reliability Level - HCI-CPT (HCI for Cybersecurity, Privacy and Trust)
Training Users Against Human and GPT-4 Generated Social Engineering Attacks - HCI-GAMES (HCI in Games)
Serious Game Design for Preschool Children’s Allergy Knowledge Based on Dynamic Difficulty Adjustment - Mobi-TAS (HCI in Mobility, Transport and Automotive Systems)
Research on the Interaction Design of Sense of Control in Intelligent Driving Scenarios - AI-HCI (Artificial Intelligence in HCI)
Evaluating Fairness and Bias in Large Language Models for Tabular Data - MOBILE (Human-Centered Design, Operation and Evaluation of Mobile Communications)
BehaveSec: A Mobile Behavioural Biometric Authentication System
委員会活動
今回もそうなのだが、HCI TA(テーマ別領域)のco-chairとして参加していると、さまざまな委員会への参加が求められ、なかなか一般のセッションを聴講することは難しい。今回も、まずPB委員会の会議というのがあった。PBとはProgram Boardということで、各大会(2つのテーマ別領域と19の関連会議)にはおよそ10-15人程度のプログラム委員がおり、PB委員会ではその人たちと会議を行って、それぞれの大会の現状の課題や今後のあり方などを議論するのだ。HCI TAででてきた意見としては、学生の参加を促進するために、彼らに対する経済的支援(参加費の減額など)を考慮すべきだ、とか、開催時期について、6月末というのは日本だけでなく、他の国々においても大学の授業などの関係で不適切であるということ、オンライン参加は旅費や滞在費がかからないため、これからの大会でもハイブリッドの形で継続すべきであるという意見などがでてきた。

次に、Students’ Networking Social Eventというものがあった。これは学生参加者が孤立した印象を受けないように出会いの場を提供したり、また各大会のチェアと直接話ができるようにしようという目的で開催されているものである。ただ、今回は食事が提供されず、アルコールしかなかったため、参加した学生たちから文句がでてしまった。また、チェアが積極的に割り込んでいかないと、とっかかりのない学生たちとの交流が難しいという課題もあった。
さらにChairs Meetingというものもある。これが一番重要な委員会であり、3時間にわたって座長となったGeneral ChairのConstantine Stephanidisの司会により、PB委員会ででてきた意見や各chairの個人的意見などを交えて、議論を行うものである。ここで重要な課題が議論されるのだが、問題があるとすれば、そこで合議制によって意見が集約されることはなく、すべてGeneral Chairの胸のなかに収められてしまうだけだ、という点だ。ともかくGeneral Chairの権限は圧倒的であり、たとえば大会の財務状況なども明らかにされることはなく、議論の対象にもならない。このあたりの専制的なありかたは、いずれConstantineが退任する頃には改められるのではないかと思われる。
Co-chairとしての仕事はこれだけでなく、学生のビデオ投稿の審査、各大会でのベストペーパーの選出、PBの追加、各大会におけるキーワードの選定、直前にはプロシーディンクスの最終校正などの仕事がある。
Editorial Board Meeetingについての誤解
これは筆者が誤解していたことが、ようやくにして氷解したという話なのだが、大会期間中、毎回のことではあるがIJHCI (International Journal of Human Computer Interaction)という論文誌の編集委員会が行われた。筆者はここの委員もしているので参加してきたのだが、今回、少し長めに意見を述べて座長やGavrielと議論をしていたら、どうも話がかみあわない。
インパクトファクターの話題などがでてきていたのだが、この雑誌はレベルが高い、どうやってそのレベルを維持するかという話が主体なのだ。筆者は、多数の参加者を得て横に広げることと、少数のレベルの高い論文を集めることは両立できないだろうという趣旨で話をしたのだが、座長から「大会の話をしてるのか、それとも雑誌の話をしてるのか」といわれて、あれ、と思った。さらに、座長から「大会はinclusiveな方向を目指しているが、雑誌は違うのだ」といわれて、ようやく納得した。
要は、IJHCIはHCIIの雑誌ではなかった、ということなのだ。そういわれてみればIJHCIはTaylor & Francisから出版されているが、HCIIのプロシーディングスはSpringerから出版されている。ああ、そうなのか、と思った。でも、それならなぜHCIIで委員会を開くのかという疑問が残ったが、それについてGavrielが、「IJHCIだけで編集委員会を開きたいのだが、その余裕がない。幸い、HCIIには編集委員が多数きているので、この場を「借りて」編集委員会をやっているだけなのだ」といわれて完全に合点がいった。…というような話である。Gavrielからは、しばしばヒューマンインタフェース学会でIJHCIを販売したいという話があったりしたので、すっかり誤解していた自分なのであった。
というようなおまけもついたが、「おしごと」はなんとか無事に完了した。次回は来年の7/26-7/31まで、カナダのモントリオールで開かれる。少しフランス語の復習でもしておかなきゃ。