心理学とUCD(前編)

日本心理学会の全国大会には「公募シンポジウム」という枠があり、勉強するにはとても良い機会だ。今年度、僕が指定討論者として参加した「衣食美心理学の可能性」の内容を紹介したい。僕自身は人工物進化学の観点から心理学に対して問題提起をした。

日本心理学会の全国大会

心理学なんてどうでもいいや、と思っている人がいるかもしれないし、心理学は勉強した方がいいと思っているんだけど中々時間がなくて、という人がいるかもしれない。僕は、UCDに関係している人たちは多少なりとも心理学のいろいろな概念や方法について学んでおいた方がいいだろうと思っている。その理由は単純で、UCDはユーザという人に関わる活動だから、人を知るための知識や手法を身につけておいた方がいいだろう、ということだ。もちろん心理学だけでなく、社会学や民族学でもいいのだが、UCDに最も関係しているのは心理学じゃないかと思う。

日本心理学会第79回大会のウェブサイト
日本心理学会第79回大会のウェブサイト

最新の心理学の動向を知るには概論書や入門書を読むのもひとつのやり方だが、いきなり日本心理学会の全国大会に行ってみる、というのも案外いいやり方ではないかと思う。学会というと専門的な発表があったりポスターがあったりして取っつきにくいというイメージがあるかもしれないが、日本心理学会には「公募シンポジウム」という枠があり、現在では、それが活動の中心になっているといってもいい。企画者がいて、司会者がいて、話題提供者たちが最新の話題を紹介し、指定討論者がそれに質問をし、最後にフロアとの議論になる。このシンポジウムは、必ずしも自分の研究の発表だけでなく、当該の分野の最新動向をレビューした話題提供が含まれていて、2時間という枠のなかにうまくまとまっていることが多く、とても勉強するには良い機会なのだ。僕は大会に行くと、シンポジウムばかり巡っている。さらに、心理学の全領域に渡る話題が取り上げられているので、当然UCDに関係したテーマのものも含まれている。今年度のプログラムはウェブサイトにでているので、ちょっと時間があったら眺めていただくといいだろう。

今年度は、都合で一日だけしか大会に参加できなかったが、そうした公募シンポジウムでUCDに関係するものに3つ参加することができたので、それを紹介したい。

衣食美心理学の可能性

まず紹介するのは、僕が指定討論者として参加した、このタイトルのシンポジウムだ。企画代表者である立命館大学の木戸先生は、化粧や衣装のような「変身(と彼女は言わなかったが)」のための人工物(という言葉も使わなかったが)のあり方や使い方が文脈などの要因によって異なることを分析し概念化しており、リアルな世界に関する問題意識を持った心理学者のひとりである。つまり、多くの人が想像するであろう実験室的な心理学とは全く異なったアプローチを取っている。僕がUCD関係者にお勧めしたい公募シンポジウムは、こうしたリアル世界に関する研究をとりあげたもの、ということになる。

僕自身はICTがらみの話ではなく、食を担当し、食具、特に箸のマナーについて、人工物進化学(以前は人工物発達学と呼んでいた)の観点から心理学に対して問題提起をした。人工物進化学というのは「どのような理由で、特定の目標達成を支援するための人工物が作られ、改変され、現在に至ったのかを考え、その合理性や妥当性を考え、さらに改善すべき点を考える」もので、以前は発達学という表現を使っていたが、発達曲線には右上がりの成長や普及の段階だけでなく、右下がりの衰退期も含まれており、たしかに特定の人工物については衰退まで考えることができるが、目標達成という観点からは新たな人工物に切り替えて使い始め、より利便性の高い生活や業務を指向する傾向があるので、それを進歩ととらえ、人工物進化学と呼ぶことにしたものである。

食に関わる人工物には、調理場面で調理器具、食材、調理環境(キッチン)、調理手順があり、食事場面で食具、食器、食物、食事環境(食堂)、作法(マナー)があるが、今回は、このなかのハードウェアである食具とソフトウェアである作法に焦点を当てた。そして、世界中の食具とその使い方を、欧米型(ナイフとフォークとスプーン)、東アジア型(箸、および中国のレンゲと韓国のスプーン)、東南アジア型(スプーンとフォーク)、および手食(アフリカや中近東などだけでなく、欧米ではサンドイッチなど、日本では寿司やおにぎりなどもある)の四パターンに分け、さらにその中で箸に焦点を絞った。

そして箸の置き方(方向)の中国、韓国、日本における違いなどから始まり、嫌い箸や箸の持ち上げ方などの作法について言及し、中国や韓国については分からないところがあるものの、なぜ日本ではこれほど作法が発達したのかを、茶道や懐石などとの関係で述べた。さらに作法にしたがわないと美しくないと感じられてしまう一方で、作法にしたがっていれば美しいといえるのか。それは何故か、という問題意識から、美しく装うという点で衣の心理学との共通点を述べた。最終的に、消極的美意識(マナー違反をしない)と積極的美意識(美しい箸の扱い)とを区別し、そうした文化に関係する美意識の問題を今の心理学はなぜ取り上げないのか、という問題指摘を行った。

今回は箸を取り上げたので、直接、このコラムの読者の皆さんに関係する部分は少ないかもしれないが、人工物進化学のアプローチは、このようにして美意識や審美的価値観などにまで関係してくる(ただし、その方向に発展させるだけが人工物進化学のアプローチではないので、箸の話は「比喩」として受け取っていただきたい)という点では、参考になるのではないかと思う。

次回、あと二つのシンポジウムの内容について紹介したいと思う。特にESM (Experience Sampling Method)の話はUXにダイレクトに関係してくる。

(「心理学とUCD(後編)」につづく)

公開:2015年10月30日
著者:黒須教授

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