サービスにおける負の連鎖

介護付き有料老人ホームでサービスを提供する皆さんが、情緒的な表出力の低下した収容者から自分の仕事へのポジティブフィードバックを得る機会は少ないだろう。こうした状況で仕事に熱意を持ち続けてもらうには、サービス担当者に対するサービス活動が必要だろう。

  • 黒須教授
  • 2016年5月10日

サービスにおけるポイント

サービス工学とかサービスデザインという言い方があるが、ここでもユーザビリティ工学と同じように、マイナスからゼロへ、ゼロからプラスへ、という見方をする必要があるだろう。両方をごっちゃにしてしまうことは避けなければならないし、ゼロからプラスへのアプローチに力をいれているからマイナスからゼロへのアプローチを看過することができると考えてもいけない。そして、ここでも大切なのは受益者たるユーザにおける気持ち、すなわちUXである。

介護付き有料老人ホームでの事件

とかく見過ごされてしまいやすいマイナスからゼロへのアプローチに関して、最近幾つかの事件がおきた介護付き有料老人ホームの問題を考えてみたい。

まず、介護付き有料老人ホームとサービス付き高齢者向け住宅とは区別しておかねばならない。高齢者向け住宅の方は食事サービスや付き添い散歩サービスなどの付いた高齢者向けマンションのようなもので、身体能力や知的能力もそれほど低下していない高齢者が入居している。

問題が起きたのは前者の介護付き有料老人ホームの方である。要介護度の高い、つまり能力の低下した高齢者が収容されており、家族からも見放されたケースもあるようで、現代の姥捨て山となってしまっている面があると言ってもいいだろう。

職員の立場から見れば、通常の社会的接触が可能なサービス付き高齢者向け住宅の場合と異なり、自分たちの活動がどこまで収容されている高齢者たちに受け入れられているかのポジティブフィードバックも少ないだろうし、やらなければならない介護の仕事も山ほどある。こうした状況でサービスを提供する担当者の皆さんが介護の仕事に熱意を持ち続けるのは大変なことだと思う。でも、だからといって犯罪行為が起きてしまうのではよろしくない。

情緒的な表出力の低下した収容者を相手にしていると、自分の仕事に対するポジティブなフィードバックを得る機会は少ないだろう。とかく、サービスをしてやっているんだ、ありがたくうけとめろ、に近い気持ちになってしまうこともあるだろう。そうした負の気持ちを持ってしまうと、その行動の結果はさらにマイナスになる。

社会的正義感だけで、仕事へのモチベーションを維持しつづけるのは大変なことだと思う。それでも多くの職員の皆さんはそうして頑張っている。しかし、時にその状態に満足できず、腹のなかに怒りにも似た気持ちが鬱積してしまう人はいるだろう。そうなると、さらにマイナスのサービス行為は、マイナスの度合いを深め、負の連鎖を引き起こすことになってしまう。

こうしたことはレストランでの給仕作業をしていて、ちょっとした失敗を怒られ、不満や不快さを蓄積していった場合にも起こりうる。要は当人のパーソナリティによる部分が大きいとは思うのだが、それでも職員となった以上はサービス活動のあるべき姿に思いをいたし、適切な行動をとる必要がある。マネージャから怒られたからといって、次の客への給仕をないがしろにする、といったことを起こしてはいけないのだ。

サービスでポジティブな気持ちを持つために

サービス活動にもシビアさについては厳しい仕事と比較的楽な仕事がある。特にシビアな状況に置かれている職員の場合には、まず職員間でのコミュニケーションの場が大切な役割を果たすだろう。愚痴のいいあいになってしまっても仕方ない。そうしたはけ口があることで、腹のなかが幾分でもすっきりすれば、また新たな気持ちで仕事に向かうことが出来る。

事件のおきた介護施設でどのような人員管理をしていたのかは分からないが、一般に介護施設では過重労働になる傾向があり、気持ちのゆとりを持つことが難しいと聞いたことがある。職員不足もその間接的な原因になっているだろう。

しかし、とにかく負の連鎖を起こしては元も子もなくなる。そうした職場を管理する立場の人達は、単に訓辞を垂れるだけでなく、パーソナルマネジメントについてきちんとした対策を考える必要がある。ある意味では、サービス担当者に対するサービス活動が必要だ、といえるだろう。

一般的に、サービス工学などでは、どのようにしてプラスの経験を高めてもらうか、という話が中心になりやすい。しかし、どのようにしてマイナスの経験をなくしていくか、というスタンスをもっと重視すべきだろう。