「ユーザの言葉を話す」

いろいろな製品に接していると、Nielsenが提示したこのヒューリスティック原則に違反した事例に幾度も出くわす。ハイテク弱者にも使ってもらうためには、易しく言い換える技術、つまり言葉のデザインが必要だ。

このタイトルはNielsenがヒューリスティック原則の一つとして提示したもので、ユーザの世界で使われている概念を使うこと、システム固有の技術的用語を使わないこと、という注釈がついている。ただ、その原則の第二版では、「システムと実世界を対応づけること」とされ、システムは、技術的な用語は使わずに、ユーザになじみのある用語やフレーズ、概念などを使うようにすること、という注釈になっている。実にもっともな考え方なのだけど、第二版の表現は抽象度が高くなってしまっていて、具体的にどうすればいいかが分かりにくい。僕としては初版の「ユーザの言葉を話す」という直裁な比喩表現の方がわかりやすいのではないかと思っている。

この原則への違反

ところで、このユーザビリティ原則なんだが、いろいろな製品に接していると、これでもかという程に違反した事例に出くわす。まず昔から専門的な技術用語がまかり通っていた通信の世界がある。

たとえば、アンドロイドのタブレットで設定を開いてみる。無線とネットワークという下に、「Wi-Fi」と「Bluetooth」とが並んでいる。この言葉に引っかかってしまっては、もうどうしようもないのだが、Wi-Fiと無線LANの関係が分からなかったり、Bluetoothってどういう場面で使うのかが分からないユーザもある程度はいるだろう。

そして「その他」に入る。まず「機内モード」がある。この言葉は、飛行機に乗ったときのアナウンスでも使われるようになったので、比較的一般化しているとは思うが、機内モードをonにすると何がどう変化するのかが分かっていないユーザは結構いるんじゃないだろうか。

その下に「NFC」とある。説明として「タブレットが他のデバイスと接触したときのデータ交換を許可する」と書かれているが、接触ってどういう場合にどういう目的ですることなのかが分かっていないと、それを利用することは難しいだろう。そもそもNFCって何の略だ、と聞かれて回答できる人がどれだけいるか。いや略語の原語が分からなくてもいいのだが、NFCって言われて、それをわかりやすく説明できる人がいるだろうか。

その下にあるのは「Androidビーム」。使ったことがない僕には、ビームって何か光線でも出るのかと思えてしまう。説明として「アプリコンテンツをNFCで転送する準備が整いました」と状態表示的なことが書かれているが、これはNFCと関係しているなら、それと組み合わせて、あるいはその中に書かれるべき項目なのではないだろうか。

さて、次は「テザリングとポータブルアクセスポイント」だ。ここには「テザリング」の言葉の説明は書かれていないが、それがどういうことなのか知らないユーザもいることだろう。しかもそれとポータブルアクセスポイントとの関係が分かりにくい。テザリングを概念的には理解していても一度もつかったことのない僕には、これ以上のことは良く分からない。そもそもポータブルアクセスポイントとWi-Fiのアクセスポイントとの違いが分からない。だからその中に入っても、ポータブルWi-Fiアクセスポイントと書かれていて「ポータブルアクセスポイントAndroidAPが有効です」と説明されていても何のことか理解できない。

ポータブルWi-Fiアクセスポイントの下には「Wi-Fiアクセスポイントをセットアップ」という項目がある。はあ、Wi-Fiアクセスポイントにはポータブルなものと、そうでないものがあるらしいが、両者はどう違うのだろう。わからない。さらに「Bluetoothテザリング」とあるのだが、上位メニューに書かれていたテザリングとはBluetoothのテザリングのことと同じなのだろうか、それともBluetooth以外のテザリングというものがあるのだろうか。一番上でグレイアウトしている「USBテザリング」との関係はどうなっているのだろう。

そして上位メニューに戻ると、まだ「VPN」「モバイルネットワーク」「モバイルプラン」がある。そろそろ疲れてくる。・・とまあこんな具合である。

さらに問題は、こうしたことが通信の世界だけでなく、時にはハイテク家電の世界にもある、ということだ。

ハイテク弱者としての意見

僕はどちらかというとハイテク弱者であり、それが理由でユーザビリティの問題に首を突っ込むことになった人間だから、普通のユーザよりもレベルは低いと思っている。しかし、タブレットスマートフォンを使っているユーザの9割以上がきちんと理解して使っているとはどうも思えない。もし9割以上のユーザが楽々と使いこなしているのなら、まあ不明を恥じなければいけないとは思うが。

そこで最初の「ユーザの言葉を話す」に戻るが、そもそもユーザの言葉だけで、ユーザが理解でき、日常的に使っている言葉だけで、いろいろな機器が利用できるようにすることはとても困難なことだろう。さすがにキーボードやマウスという言葉は99.99%位のユーザが知っているとは思うし、それはユーザの言葉になったとは思うが、初心者へのパソコン講習会を指導した経験からすると、パソコン初心者の世界では、まだマウスという言葉は聞いたことがあっても、どう利用できて、どう操作するのかまで理解している人は少ない。世の中、その程度なのだ。

最近では、ハイテク弱者と熟練ユーザの乖離が甚だしく大きくなっていて、設計者としても、どこに目標ラインを設定すればいいのかが分からなくなってきているのではないだろうか。おそらく、目安としては50%という基準ではまだ甘いと思う。70-80%、いやできることなら90%のユーザが理解できる言葉でなければ使うべきではなく、易しく言い換える必要があるのじゃないかと思う。

そのためには易しく言い換える技術、つまり言葉のデザインが必要だ。そして、それはプロダクトデザイナーの仕事ではない。言葉による表現に長けた国文系の人たちの仕事だろう。まあ、マニュアル製作に携わっているテクニカルコミュニケータの人たちでいいかもしれない。ともかくエンジニアは謙虚になるべきだと思う。そしてもっとユーザ中心設計の感度を高めるべきだと思う。これがハイテク弱者の一人である僕の気持ちである。

公開:2015年7月29日
著者:黒須教授

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