旅のサービスデザインとUX (ERMによる)
筆者の樹氷ツアー体験の、企画から反省までをERM (経験想起法)を利用してUX評価してみた。旅行社が実施するアンケート調査は、現在のようなものでなく、もっとERMに近い形にすべきだろうと考えられた。
実際の個人的体験について書いてみようと思った
最近、蔵王に樹氷を見るために一泊二日ででかけた。蔵王の樹氷くらい個人で準備をしてもいいのだが、特に山形側と宮城側の移動をどうするか、宮城側の頂上付近までの登坂をどうするかで悩み、面倒くさいので旅行会社のツアーを使うことにした。
海外旅行でいえば、筆者は、先進国の場合は基本的に移動手段も宿泊も全部自分で準備をするが、発展途上国で観光をする場合には旅行社のツアーに参加することにしている。グループツアーのこともあるが、個人のパッケージツアーにすることもある。要するに、数多くのポイントを限られた日数で効率的にまわるには、日程を効率的に組み込んであり、しかもガイドもいるツアーを利用するのが良いからだ。そのツアーで現地の治安状況など、様子がわかれば、もう一度行きたいときには自分で組み立ててもいいだろうと考えている。
蔵王の樹氷ツアー
さて、今回のツアーは、長年の憧れのまとだった樹氷を見に行けるということで、とても期待感が高かった。まあ色々とあったが、総体としてよかったのではないかと思っている。そして、この体験を自分でERM (経験想起法)に記録してみて、旅行会社のデザインと利用者の印象、そして、その印象を使った旅行会社の反省点について書いてみようと考えた。旅行会社については、企画についても反省点についても、筆者の想像である。ただ、旅行をしながら、ここはこういう狙いでこう組んだのだろうな、などが予測でき、自分の気持ちの動きも生々しく残っていることから、体験型のサービスのUXの記録にまとめるのもいいだろうと考えたのだ。
前回取り上げたスマートスピーカのような製品のUXとちがって、これはサービスのUXの事例なので、想像を交えながら、全体を、企画、日程、募集、実施、反省というフェーズに分けて見た。
企画
旅行会社がツアーを企画する場合には、場所やイベントをベースにして、複数のツアーを考えていると思う。今回筆者の利用した樹氷ツアーは、その一つとして位置づけることができる。
表1には、企画段階で考えられたであろう事柄を、まったくの想像ではあるが、書き連ねてみた。目玉である樹氷については、山形側にはロープウェイという手段がある。そしてライトアップもされている。しかし、ライトアップを見るには夕方以降でなければならない。しかるに、ロープウェイや山頂でのナマの樹氷を楽しむためは、昼間の明るいうちがいい。この2つの時間差をどうするかが、ひとつの企画のポイントだったのだと思う。
一つの考え方として、昼間にその景観を楽しんでもらい、そこからどこかを散策し、暗くなってから再訪してライトアップされた夜景を見てもらう、というものもあっただろう。樹氷に強い魅力を感じている筆者のような参加者はそれでいいのだが、同じところを二度訪れるということに抵抗を感じる参加者もいるだろうと考えられる。結果的には、山形側では降雪と猛吹雪で樹氷もライトアップもそれを体験することはできなかったので、実施されたプランで良かったことになったが、もし天気が良ければ…と考えると悩ましいところではある。
日程
以上のようなプランニングを経て、日程が決められた。初日の朝、新幹線で福島まで行き、そこから時間稼ぎのため、ワイナリーと寺社めぐりをしてからロープウェイ乗り場に。あとは各自でロープウェイを使って樹氷をみてきてくださいという形になった。心配したとおり、当日は猛吹雪となって、ライトアップもみられなかったが、それは実施してみなければわからない。そこからバスで遠刈田温泉の宿に移動する。
二日目、バスで山形県から宮城県に移動して、宮城蔵王の見られる場所に向かう。途中、バスが通れない雪道になるので、雪上車に乗り換える。結果的に、天気は前日とは一転して快晴で、頂上付近の樹氷を楽しめた。帰りは、新幹線の時間調整のためこけし館にたちよる。こんな日程である。あとはお天気次第である。
募集
募集をかけたところ、早々に満席となった。コロナ対策のために定員数を減らしていたが、まあ採算は取れるレベルだろう。
次に、旅行会社の視点ではなく、旅行者の視点からそのUXをERM (経験想起法)によって記録してみる。表にはタイムラインに相当する日程と、実施時のUXおよび反省点を記入してある。今回は筆者の体験の記録だけであるが、本来ならERMのデータを多数集めて、その内容を集約するようにして反省点をまとめるのが良い。
実施
実施の部分については、何があつたか、何を感じたかという内容とともに、+10から-10までの満足度に関する評定尺度値をいれてある。つまりERMのデータ形式になっている。以下、回顧的に実施(参加者としてのUX)の部分を説明する。
新幹線で福島に到着後、まずは時間つぶしの旅程となった。しかし、ワイナリーは退屈だった。説明用のパネルが置かれているだけで、唯一の楽しみになるはずだった試飲は有料(300円もした)だった。しかも、その量はシングルショット程度しかなかった。どうせ有料にするなら、もう少し値段が高くてもいいから飲み放題にするくらいの気構えが欲しかった。それから神社にでかけたが、やはり時間つぶしという印象をぬぐえなかった。
その後、夕方近くになってからようやくロープウェイ乗り場に到着し、ロープウェイを乗り継いで、山頂ちかくに出向いた。しかし、次第に降雪が激しくなり、山頂についた頃には猛吹雪でホワイトアウトに近い状態だった。ただ、吹雪のなかに幾つかの樹氷が見られたのは嬉しかった。樹氷というのは、このような激しい降雪の中で作られるのだということを肌で感じられたのは、冬山登山の経験のない自分にとっていささか感動的であった。
それからロープウェイで下山することになったが、中継駅で大混雑して、一時間近く寒い中で待つことになってしまったのは、ちょっと残念だった。宿はまあ普通の温泉旅館であり、特記事項はない。
翌日、宿をでてから宮城側に移動し、雪上車ステーションに到着したが、この移動のスムーズさは、やはりツアーならではのものだろう。この日は前日とは打って変わった快晴で、山頂に近づくにつれ、樹氷が小さくみえてきた。雪上車での移動は、それ自体が楽しいものだった。到着した雪原は見事に白一色で、怪獣やオバケのようにも見える樹氷たちの中を歩き回ることができたことは幸せの一言であった。
その後、山をおりてから、新幹線までの時間待ちの間、こけし館という所に連れて行かれたが、そもそもこけしに興味がなかったので、外にでて雪で遊んでいた。前日のワイナリーや神社もそうだったが、明らかに時間つぶしという感じで、個人で旅程をたてていたら、まず絶対に入れないものだった。
それでは、その分だけ長く樹氷の中にいられたらどうかというと、それも若干疑問ではある。実際の滞在時間は30分程度だったと思うが、それが3時間、4時間あったとして退屈しなかったといえるかというと自信はない。だから、個人で旅をデザインして樹氷を見にきたとして、それがより充実したものになっていたということにはならない。その点が旅行の企画の難しいところだろう。
あと、個人的なできごとではあったが、旅の最中に足首を捻挫してしまい、東京駅から自宅に戻るまでは、手すりにつかまらないと歩けない程だった。せっかく夢が実現したのに、最後に自分でケチをつけてしまったわけである。
旅行社の反省
ERMでUXを測定する場合、当然、一人だけではなく2,30人程度のデータを取る必要はある。ただ、ここではERMの使い方を示すことが目的なので、筆者のデータだけを使って反省すべき点を考察する。UXの評価値が得られることは、次年度のツアーの企画を行ううえで参考になるものだが、この旅行社が配布したアンケート調査は、「宿の食事はいかがでしたか」とか「温泉は良かったですか」、「おもてなしは十分でしたか」という一般的なもので、とてもUXを評価できるようなものではなかった。もっと個別の経験について評価を求めるべきだろうし、できることなら評定尺度による評価も求めるべきだっただろう。いいかえれば、今回のような大手の旅行社であっても、いまだにUXという概念はきちんと理解されておらず、受容されていないのだろう、ということである。
今回の場合であれば、大まかな目安として、-5や-4のついた日程は要改善ということであり、+5以上がついたものはそのままでいいだろうということになる。当然ではあるが、樹氷体験そのものは評価が高く、逆にワイナリー体験あたりは再検討を要する、ということになった。なお、満足度評価(-10から+10)については、わかりやすくするために横に棒グラフをつけた。UXグラフのような連続カーブを利用していないのは、ERMの基本理念であり、それぞれの経験が前後に独立だからである。
まとめ
筆者の樹氷ツアー体験を例に取り上げて、企画(旅行社サイド)から反省(旅行社サイド)までをERMを利用してUX評価してみた。中心から左側が不満足、右側が満足である。旅行社が実施するアンケート調査は、現在のようなものでなく、もっとERMに近い形にすべきだろうと考えられた。