UX評価値の意味するもの-ERMデータを読む-

ERM(経験想起法)に見られるUX評価値の時間軸に関する変動は、最近の評価による影響が大きい。現時点での評価は「総評」的なものが多く、過去のエピソードを探らずに現時点だけの評価を求めたのでは、人々の経験値を理解することは困難である。

  • 黒須教授
  • 2019年3月26日

UXの時間的変動

ユーザUXの評価値をたずねて何らかの値を得たとき、その値は何を表しているのだろう。以前も書いたように、UXの値を評価すると、その評価軸が満足-不満足であっても快-不快であっても、評価したタイミングによってその値は変動する。その変動要因としては、評価を行った時点以前の経験エピソードが考えられる。UXの評価値というものは、評価を行った時点での評価値と考えるべきであり、仮にその翌日に評価したとしても値は変動する可能性がある。そこにどのような要因が影響しているかについては、理屈で考えると、以下の五通りの考え方がありうるだろう。

まず、調査時点でのUX評価値は、

  1. その時点での局所的な評価値という考え方

がある。しかし、他にもそれ以前の評価値によって影響されたものだという考え方がありうる。後者の考え方には次のような四つの可能性がある。

  1. 直近の評価値に強く影響を受けるという考え方
  2. 過去の評価値に、遠ざかるごとに漸減する重みがかかって影響を受けるという考え方
  3. 過去の強烈なエピソードに影響を受けるという考え方
  4. 過去の評価値の平均値(合計点でも同じこと)として現在の評価値がもたらされるという考え方

である。なお5.の考え方は、18世紀から19世紀の功利主義哲学者だったベンサムの幸福計算(calculation of pleasure)に近いものである。つまり、(現在の)幸福は、過去の幸福計算の合計点が高いか低いかによって決まる、という考え方である。また、UX白書累積的UX (cumulative UX)という概念にも近い。こちらは、多数の利用期間における経験を想起してもとめられるものだと定義されており、ベンサムの考え方に近いところがある。特に漸減的な重みを想定していないところが3.の考え方とは異なっている。

ERMによって得た評価値の変動

筆者はこれまで、ERMによっておよそ300件のデータを集めてきたが、そこにはUX評価値が変動する様子がありありと表現されている。たとえば、スマートフォンに関する次のようなデータがある。

段階 体験時期 No. 体験内容 評価値
期待 #1 ガラケーとの違いはどれくらいあるか、どんな機能があるか 5
購入 2017 #2 使う機能がほとんどなかったため、ガラケーのままでよかったと思う -5
初期利用 #3 使うと便利だなと思うアプリが増えた 7
利用 #4 少し処理能力が足りないと感じた -6
#5 アプリの対応機種によっては使えない問題があった -4
最近利用 #6 当分は変える必要はないと思う 7
現在 2017 #7 なんやかやでガラケーと比べると便利 7
近未来 #8 処理性能が上のものが出れば変更を考える 6

このデータでは、期待の#1はプラス5の値となっている。期待感がマイナスになることは経験上ほとんどないが、それはまあ当然のことだろう。次の購入時点の#2で、このインフォーマントはマイナスとなっている。これは比較的珍しいパターンだが、期待したほどのことではなかった、という内容をマイナス5という評価で表したのだろう。

使い始めてみると、#3のようにかなり評価は持ち直しているが、利用期間中に、#4や#5という問題がでてきている。しかし、それにも関わらず、最近の評価は#6のようにプラス7となっており、現在の評価もプラス7となっている。近未来に関する#8のプラスの評価は、処理性能の高いものに変更した時の期待感をあらわしているものだろう。

このインフォーマントは、性能を重視する価値観をもっていると考えられ、その観点からすれば#4や#5のマイナス評価は納得できるのだが、#6での最近の考え方や#8の近未来への期待感を合わせて考えると、現在は、不満はあるけれどそこそこ使えているから、まあこれでいいだろう、という総合評価になっていると考えられる。

この場合、前記の考え方でいうと2.の考え方に近いといえるが、全体を通してみると、性能への強い期待からくる不満感が底流にありながらも、それなりに使えていることへのそこそこの満足感によって、現時点での評価はプラス7という高いものになっている、というような二重構造になっている可能性が高い。そして現在の評価は不満感を満足感が凌駕している状態だといえる。

このように、UXの満足度評価は複雑な構造を持つものであり、前述の1.から5.までに単純に分類するだけでなく、その背景を読み取ることも必要である。さらに次に述べるように評価構造の個人差を考慮することも必要と思われる。

UX評価構造の個人差

1. その時点での局所的な評価値というパターン

多くのデータを見ていると、前述のどのパターンも出現しているようであり、先んじて結論を述べてしまうと、現時点のUX評価をひとつの法則によって単純に表現することはきわめて困難だということになる。つまり、ベンサムの考え方も、UX白書の考え方も、ひとつのUX評価のパターンを表現してはいるが、それを経験値に関する一般法則と受け取るのは困難だというべきである。

ただ、興味深いのは、現在での評価を求めると、たまたまその時点で何らかのエピソードが起きることは少ないため、ほとんどのインフォーマントの評価記述は「総評」的なものになっている点である。具体的には、

  • とても使いやすい
  • 使用しているうえで十分な性能を持っているといえる
  • 他の機種と比べて大きな利点もないが、価格に対して満足できない欠点もない
  • 特に悪い点はないが、今までより良い点もそこまでない。バッテリーもちは良くなったので、多分このまま使い続けるだろう
  • いろいろ問題があっても結局こんなものか、で済ませてしまう

のようなものである。したがって1.の、評価の時点でたまたま何かがあって、それにもとづいて評価を行う、ということはない、あるいは極めて稀であるといえる。

2. 直近の評価値に強く影響を受けるというパターン

次に、2.の直近の出来事に強く影響されたと考えられる例を示そう。

段階 体験時期 No. 体験内容 評価値
期待 #1 XperiaZ3の本体の不良として、音声通話時にこちらの音声が相手側では途切れ途切れに聞こえるバグがあったため、これが改善されていることを期待した 5
購入 2017 #2 上記不具合は改善されていた、安心した 6
初期利用 #3 Google mapの方角表示が正しくならない不具合が起きた、イライラした -5
利用 #4 Z3でも方角表示の不具合は起きていたが、公式のヘルプに載っていたバグフィックスの方法で改善できていた。しかしXZでは同様の方法でも治らず、Google mapが満足に使えない -10
#5 Xperiaシリーズにしかない「ミュージック」という音楽再生アプリがある。Z3と変わらず快適に使え、音質も良いので満足している 1
最近利用 #6 最新のソーシャルゲームをインストールしたところ、Z3ではスペック不足で動作が重かったが、XZでは快適に動いた。思い入れのあるゲームなので非常に満足した 8
現在 2017 #7 Google mapの不具合さえなければ完璧だったデバイス 3
近未来 #8 新しいシリーズが出れば変えると思う 2

このインフォーマントは、以前Xperia Z3を利用していてXperia XZに買い換えを行っており、両者の比較がUX評価に反映されている。#4ではマイナス10という極端なほどのネガティブな経験があったにも関わらず、思い入れのあるゲームが快適に動いたという最近の経験(#6)がプラス8という高評価を得たため、現在の評価(#7)では、「Google Mapの不具合さえなければ」とそのネガティブな経験に言及しつつも、プラス方向の評価を与えている。おそらく#6のポジティブな経験がなければ、#7の現時点の評価はマイナスになっていたのではないだろうか。

3. 過去の評価値に、遠ざかるごとに漸減する重みがかかって影響を受けるというパターン

このパターンは結構多く、次のような例も見られる。ここではインフォーマントは期待から購入を経て、しばらくの間、ポジティブ、というか10点満点を与えていたのに、スペック不足が気になりだしたころからマイナス評価に転じて、最近利用(#9, #10)でも、また現在(#11)でも、評価は大きく下がってしまっている。これは、3.の、最近になるにつれて漸次大きな重みが与えられるというパターンと見做すことも出来るだろう。

段階 体験時期 No. 体験内容 評価値
期待 #1 当時としては最先端の機種だったので、期待していた 8
購入 2013 #2 以前使っていた機種よりも圧倒的にスペックが高く驚いた 10
初期利用 #3 SNSのuseのために使い、とても便利だった 10
#4 当時では最新の3G回線により、とても快適だった 10
利用 #5 最初から2年くらいは何一つ不自由がなかった 9
#6 4G回線が登場し、スペック不足を感じ始めるようになった -3
#7 電源ボタンが破損し、電源オフなどができなくなった -4
#8 ゲーム等もスペック不足につき、この端末でやらなくなった -4
最近利用 #9 バッテリーが一気に0%になることがあり、とても不快である -8
#10 WiFiが一切つながらなくなり、困っている -8
現在 2017 #11 経年劣化やスペック不足が激しい、酷い状態である -10
近未来 #12 金が用意できしだい、早急に買い替えると思われる 0

4. 過去の強烈なエピソードに影響を受けるというパターン

4.の過去の強烈なエピソードによる影響がみられたケースは、理屈としては考えられるものの、実際にそうしたデータを見つけることは困難だった。

5. 過去の評価値の平均値(合計点でも同じこと)として現在の評価値がもたらされるというパターン

最後に、5.の過去の評価値の平均点というパターンについては興味深い事例を挙げておこう。

段階 体験時期 No. 体験内容 評価値
期待 #1 携帯電話と違ってインターネットができる 10
購入 2007 #2
初期利用 #3 スマートフォンで動画が見れる、ゲームができる 10
#4 使い方に慣れ辛かった -5
利用 #5 ネットコンテンツを携帯端末で楽しめる 10
#6 話題についていける、わからないこともすぐわかる 8
#7 値段の高さに驚き、比較的安いものを買ってしまい処理遅い -5
#8 ついスマートフォンを開きがちになり始める -10
最近利用 #9 古い ボロい 処理遅いと使いづらい -5
#10 ネットコンテンツを携帯端末で楽しめる 利用する時は必ずスマートフォンからになってしまった -10
現在 2017 #11 3
近未来 #12 10年以上も使っている古いものなので、機種を変えなければずっと世間からおいていかれるだろう

このインフォーマントの与えた評価値は、プラスを合計すると38、マイナスを合計すると35であり、差引3となる。それが偶然にも現在の評価値と同じ値になっているのだ。全く同じ値になったのは偶然としても、直近の値に影響されていない点は注目に値する。直近のエピソードに影響を受けるという2.のパターンが結構多いことは先に述べたが、この例の場合、最近利用の#10ではマイナス10を与えているにも関わらず、現在の評価はプラス3となっている。

記述内容から、このユーザはスマートフォンの利用を最近になって始めたのだろうと推測されるが、スマートフォンに強く依存するようになってしまった自分に驚くとともに、それに警戒心を抱くようになっているようだ。

性能に対する不満もあるが(#7, #9)、その評価値はマイナス5であり、依存に対する評価(#8, #10)のマイナス10の半分しかない。しかし、性能や依存に対するマイナス評価が目白押しになっているにも関わらず、プラス3という評価を現時点で与えたことは、初期のポジティブな経験と、それらのネガティブな経験が総和されているからだと考えられる。

ERMの活用

いま見てきたように、ERMに見られるUX評価値の時間軸に関する変動は、

  • 最近の評価による影響が大きい
  • しかし、それ以前のエピソードも忘れられることはなく、時にはそれが現時点での評価に影響する
  • 現時点での評価は「総評」的なものが多く、過去のエピソードを探らずに現時点だけの評価を求めたのでは、人々の経験値を理解することは困難である

などということが分かった。

ERMのデータは、そのエピソード内容や評価点を時系列的に分析すると、ユーザの経験内容や経験値が具体的に見えてきて、製品やサービスの具体的な問題点を把握するのに有効である。なお、評価点については下図のようなグラフに表現してみるのもいいだろう。なお、このグラフはERMの信頼性チェックのために作ったものであり、半年の期間を置いて再度調査を行った結果である。二つの色は最初の時期と半年後の再調査の時期の値を表している。これもまた興味深い結果なのだが、そのことについては、また稿を改めて報告したい。

インフォーマントHの、2017年9月と2018年1月の、各段階の評価点の比較