機能の豊富さとユーザの関与

ユーザの関与が深まるほど、アプリケーションはより多くの機能を維持できる。しかし、大部分のユーザの関与のレベルは低いものだ ―― 特に、機能の数よりもシンプルさの方を重視しなくてはならないウェブサイトの場合は。

どんなユーザーインターフェースをデザインするにしても、重要な決定事項のうち一つは機能の多さとシンプルさの兼ね合いに関わってくる。機能が増えるほど、システムがより複雑になるのは避けられない:

  • 機能はユーザに明示されている必要があるので、画面がより煩雑になる。
  • メニューのサイズや数のどちらか、または両方が増えるほど、必要な機能を見つけるのが難しくなる。
  • 機能には説明が欠かせないので、ヘルプシステムやマニュアルのサイズが膨れ上がる:
    • ドキュメントは膨大になるほど読むのに時間がかかり、そのシステムに対する適切な概念モデルを見出すのを困難にする。
    • また、ドキュメントが増えるほど、必要な説明を見つけるのが難しくなる。
  • 余分な機能が増えるたびに、ユーザが自分の首を絞めることになるロープも増えることになる: つまり、意図のエラー(間違った機能を必要なものと思い込んで生じるミス)か、実行のエラー(狭苦しいツールバー上で間違ったボタンをクリックするなどの手違い)のいずれかとして、間違った機能を使ってしまうおそれが高まるのだ。スティーブ・ジョブズがそれを逆手にとり、Macの1ボタンマウスを擁護するために、これならユーザが間違ったボタンを押すことはあり得ないと指摘したのは有名な話だ。
  • 機能の操作の回数は、機能の数の二乗に比例して増える: 回数が増えるほど間違いも起こりやすいし、システム内のどこかで行った変更が別の箇所に影響を及ぼす理由をますます理解しづらくなる。
  • 選択肢が増えるほど、ユーザが頭の中で次のアクションに備えて方針を決めるのにますます時間がかかる。ある目新しい機能を使えば理論的にはより高速にタスクを完了できるとしても、全体的なシステムの利用はかえって遅くなってしまうことがよくある。なぜならユーザは、より効率的な機能を選び出すのに必要な思考作業を行うために、それを用いて節約できる分を上回る時間を費やしてしまうからだ。

ではどうすべきか、答えは明らかだと思われる: 機能を最小限に絞り、何が何でもシンプルさを追求することだ。これは大方のユーザーインターフェースデザインについてはまったく妥当な話だが、プロジェクトによっては該当しない場合もある。

右クリック: 役に立つ付加機能

マウスボタンは、追加的な機能がもたらす利点が上記のようなペナルティを補って余りある場合を示す非常によい例である。学術的調査では、一般的なGUI操作を行う場合、1ボタンまたは3ボタンのマウスより2ボタンマウスを用いる方が劇的に速いという結果が出ている。そしてこれまで商業的にもっとも成功を収めているGUIも、まさに2ボタンマウスを利用しているのだ。

2週間前、私は平均的スキルを持つ数十名のビジネスユーザについて、2つの高機能アプリケーションで業務上の一般的なタスクを処理する様子を観察した。彼らはコンピュータおたくでもなく、そのソフトの達人でもなかったものの、ほぼ全員が右クリックによるショートカットを頻繁に使っていた。ポップアップするコンテキストメニューの利用は、多くのタスクで大きく能率を上げることを考えて頻繁に選択される操作だった。

(みなさん自身のユーザーインターフェースについて、もし右クリックによるポップアップメニュー周りのデザインを再検討するなら、あらかじめご注意を: スキルの低いユーザは、この手のメニューをめったに使わない。)

右クリックはどこでも同じふるまいを見せる一貫した操作技法なので、中級以上のスキルを持つユーザにとっては役に立つ。(実際、スキルが高いユーザはアプリケーションが右クリックをサポートしていないとがっかりすることが多い ―― たとえばそれがFlashベースのアプリケーションであるため、操作状況に見合ったアプリケーションコマンドのメニューではなく、Flash Playerのメニューが開いてしまう場合などだ。)

右クリックが役立つもう一つの理由は、ビジネスユーザに代表される中級ユーザは大抵自分のPCに頼り切っており、それをもっとうまく使いこなせるならば、新たな技をいくつか学習することをいとわないからだ。

ユーザ関与のレベル

ユーザの学習意欲は、ユーザーエクスペリエンスにおいてどの程度の複雑さを許容できるかを決めるもっとも重要な要素である。あるユーザーインターフェースが熱狂的に支持されるなら、ユーザはより多くの機能を歓迎し、時間をかけてそれらを理解しようとするだろう。

そうは言っても、ユーザーインターフェースへのユーザ関与のレベルは低いのが普通であり、彼らはただ操作の邪魔をしないでほしいと思っているにすぎない。ユーザは学習ではなく、実践に時間をかけたいと感じているのだ ―― すなわち、アクティブユーザのパラドックスと呼ばれる、立証済みの現象である。(これがパラドックスになるのは、強力な機能の数々をもっと時間をかけて学習したほうが、長い目で見れば時間の節約になるかもしれないからだ。しかし経験的に見ると、ユーザがそうしようなどと考えることはほぼ皆無なので、デザイナー自身が望むユーザ行動ではなく、実際のユーザ行動に則してデザインを行う必要がある。)

関与のレベルが高いデザインの一例は、ハリーポッターシリーズの第7巻目にして最終巻である。読者がこれまでの6巻分の内容に精通しており、おびただしい数の魔法のオブジェやストーリー展開を逐一覚えているのでなければ、第7巻のHarry Potter and the Deathly Hallowsの冒頭100ページは意味を為さない。私自身、第7巻ではストーリーに追いつくのがやや難儀だと感じたが、結果的に見れば著者は、このシリーズに深くハマっている読者に的を絞るという、ストーリー設計上の正しい判断を下していると思う: 第6巻までを読んだことがない人々が第7巻を購入する見込みは薄い上に、ハリーポッターのファンはあらゆるファン層の中でも熱狂的な部類に入りがちだからだ。

従来の手法では、シリーズものの書籍を編集する場合、それまであまり関心がなかった読者が話についてこられるように前巻までのあらすじを付けるのが普通だ。しかし、(759ページにも渡る)The Deathly Hallowsは本編だけでボリュームがありすぎるので、仮に50ページ程度のストーリーガイドを付けるとしても詰め込みすぎとなり、かえって楽しみが削がれるという読者がほとんどだろう。

Photoshopにおける3段階の複雑さのレベル

Adobeは、3通りのユーザ関与のレベルに合わせて、3種類のPhotoshop製品を出荷している:

  1. Photoshop CS(定価650ドル)は、プロのグラフィックアーティストや写真家向け。
  2. Photoshop Elements(定価100ドル)は、撮影マニアや、画面キャプチャの切り抜きなどの基本的な画像処理をしたいというユーザ向け。
  3. Photoshop Album Starter Edition(無償配布)は、デジタルカメラの新規購入者で、赤目補正や明度の調整などをしてみたいという平均的なユーザ向け。

プロ向けのPhotoshop CSは高価なだけではなく、数百ページの分厚いマニュアル付きで、各種のトレーニングセミナーや関連書籍などで形成される独自のエコシステムまで抱えている(B&N では、タイトルに「Photoshop」を含む書籍を1,622冊販売している)。Photoshop CSはあまりに高機能なので、一通りのエフェクトの使い方を身に付けたければ、Photoshopの導師と丸一日過ごさねばならないほどなのだ。

ただし、その手のトレーニングプログラムがかなりの成功を収めていることは、ソフトウェアの使い方を身に付けるために、製品の価格以上の料金を喜んで払うユーザがいることを証明している。プロのユーザにとっては、Photoshopで作り出すのは自分の仕事の成果であり、画像のクオリティを向上させるスキルが身に付くならば、どんなに多くのトレーニングでも複雑なユーザーインターフェースでも、ほぼ受け入れられるのだ。

Adobeの名誉のために言っておくが、プライベートな写真を整理したいだけのユーザにとってPhotoshop CSはあまりに複雑すぎるということは、彼らも認識している。大部分のユーザはそこまで多くの強力な機能を必要とはしていないし、休暇中のスナップ写真をちょっと加工するために、ずっしりしたマニュアルや参考書籍を読まされるのは御免だと思うはずだ。

Photoshop Elementsのマニュアルは、CSのものより薄くて読みやすい。さらに、Photoshop Albumのドキュメントはたった20ページしかない。

これら3種類の各製品は、画像処理に情熱を注いでいるユーザから、グラフィックソフトにさほど興味がないユーザまで、きちんとユーザ関与のレベルごとに的を絞っている

ウェブサイトへの浅い関与

Photoshopを例として説明したユーザ関与の3段階のレベルのうち、みなさんのウェブサイトはどこに該当するだろうか? そこまで至らない、4番目のレベルなのだ。ウェブサイトを利用するために、誰も20ページもの説明を読みたいとは思わない。ユーザは手っ取り早い満足を求めており、それが手に入らなければ去ってしまう。

ウェブサイトへのユーザ関与のレベルは、情報採餌に影響されるように、信じがたいほど低い: ユーザは個々のサイトに易々とは関わろうとしないが、その理由は他のサイトに移るのがあまりにも簡単だからだ。各サイトの上澄みをすくい取ることが、サイト閲覧の方針としてもっとも優先されるのが普通なのである。

私の近著のドキュメントで示した研究結果の通り、ユーザはサイトへの初回アクセス時にトップページで平均30秒間、サイト全体で2分間未満しか滞在せずに去ってしまう。(そのサイトに居残ると決めた場合はもう少し長居するが、それでも平均してわずか4分間程度だ。)

関与のレベルの違いは、われわれがウェブサイト向けユーザビリティガイドラインアプリケーション向けユーザビリティガイドラインを別々にまとめている主な理由の一つである。

イントラネットの場合、企業内に1つしかないのが普通なので、中級レベルのユーザ関与が保たれているのが常だ。それこそ、われわれがイントラネット向けデザインガイドラインを何百種類も作っている重要な理由である。(もう一つの理由は、イントラネットで社員が処理するタスクが、ウェブサイトで顧客が行うタスクとは違うことだ。)

気をつけておきたいのは、アプリケーションなら必ずユーザの関与が深くなるとは限らないことだ。とりわけ、ウェブサイトに組み込まれた寿命の短いアプリケーション(自動車サイトにあるカスタマイズツールなどがいい例だ)の場合、ユーザはほぼまったく関わりを持たないことも多い: そのアプレットの目的が一目瞭然でなかったり、機能が複雑すぎると、ユーザはコンテンツページの場合と同様にウェブベースのアプリケーションからもあっさりと立ち去ってしまう。

企業ウェブサイトのIRコーナーについてユーザテストを行った際には、高度なチャート作成ツールなど、ごく単純な操作テクニックだけでは扱えない機能によって、ほとんどの個人投資家が混乱してしまうことが分かった。たとえ何千ドルもの資金を動かしているとは言え、投資家たちは複数のウェブサイトを渡り歩かねばならないため、やはりなるべくシンプルな方を好むのだ。

ロイヤルユーザ: 関与のレベルは一段と高いのか?

ウェブサイトがユーザのロイヤルティを築き、そのサイトへのアクセスのたびに、ユーザ関与のレベルを向上させている場合もある。そのようなサイトなら、関係が十分深まったユーザに向けて、より高度な機能を段階的に導入していくことができる。

その有名な例が、Amazonの1-Clickショッピング機能である。これは理解しづらい上に、かなり危なっかしい機能だ。それでも、1-Clickショッピングが便利だというユーザは存在する。Amazonでのユーザビリティの法則は他の大部分のサイトとは異なるのだ。なぜなら、多くのユーザがサイトと緊密な関係を結び、ある程度深く関わろうとする意欲を持っているくらい、Amazonは巨大であり確固たる地位を築いているサイトだからだ。

しかしAmazonでさえ、今や誰もが承知のデザインパターンであるショッピングカートを用いた従来の方法でも、買いものがしやすいようにしている。間違いなく、ほぼあらゆるウェブサイトについて強く勧めたいのは、機能を縮小して劇的と言えるくらい初回利用時のユーザーエクスペリエンスをシンプルにすることだ。結局のところ、関与のレベルをより深めるには、見込み客がまずは初回利用の局面をうまく乗り越えるようにしなければならない。

大抵の場合、新たな見込み客がサイトに初めてアクセスするのは、それがSERP(検索エンジンの結果一覧ページ)に現れた10サイトのうちの1つだったからにすぎない。そのサイトをユーザにとっての最終候補の一つとしてもらう術は、彼らを2分間で納得させること以外にないのだ。

したがって、ウェブサイトにはほとんど何の機能もいらない: あくまで言葉に焦点を絞ろう。

ユーザーインターフェース上でどの程度の複雑さを許容できるかを判断するには、ユーザ関与のレベルを分析しなければならない: ユーザは深い関心を寄せるのか、それともなるべく手早く用事を済ませたいだけか? 必ずと言っていいほど、みなさんが考えるよりもユーザは無頓着なのだ! ユーザにとって、サイトの作り手のことなど重要ではない。これこそ、企業が体系的なユーザビリティ調査を必要とするおもな理由の一つである: つまり、(四六時中それに携わっているせいで)デザインを重視するみなさんほどには、外野にいる顧客はそれを重んじてはいないという事実を明らかにするためなのだ。

2007 年 8 月 6 日

公開:2007年8月6日(原文:2007年8月6日)
著者:Jakob Nielsen
原文:Feature Richness and User Engagement

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