ブレイン・コンピュータ・インタフェースは、未来のヒューマン・インタフェースになるか

ニューラリンクという企業が人間の脳にチップを埋め込む手術を行ったと報じられた。しかし、ブレイン・コンピュータ・インタフェースの実用化までには、まだいくつか解決しなければならない課題がある。

  • 黒須教授
  • 2024年2月28日

イーロン・マスクの野望

2024年1月30日に、イーロン・マスクが設立したニューラリンクという企業が、人間の脳にチップを埋め込む手術を行ったことが報じられた。マスクという人については、PayPalやテスラ、スペースX、OpenAIなどの設立を行った起業家としてよく知られているが、その業績リストにまた新たな項目が追加されたことになったわけだ。しばしばスティーブ・ジョブスと比較されるが、ジョブスのような天才的技術者ではなく、天才的事業家という形で区別されるだろう。どちらにしても洞察力に優れていることは認めざるを得ない。

ともかく、マスクは野心家であり、その財力にものをいわせて世間を驚かすような新規事業を次々に実現してきたわけで、その野望の先に何があるのか、まだ50才を超えたばかりの彼の今後の取り組みが注目を集めている。

ブレイン・コンピュータ・インタフェースというインタフェース

人間は意識をもっており、意思をもって行動をしている。その行動は神経における電気的活動に還元されることがわかっているため、電子的処理を行っているコンピュータと親和性が高いだろうという期待にもとづいて、コンピュータのヒューマン・インタフェースとしての将来性が期待されてきた。歴史的には1924年にハンス・ベルガーが脳における電気的活動を発見したときにさかのぼる。

ブレイン・コンピュータ・インタフェースの考え方としては、まず情報の入力についていえば、たとえば人間には処理できない赤外線や紫外線などの情報を機械的に処理して信号化し、それを人間の情報処理系につないで人間の情報処理を高水準化することが期待できるし、処理そのものをコンピュータに補助・代行させて、コンピュータの得意な処理を担当させて超高速化することも考えられる。またコンピュータの外部記憶装置を結合すれば、超大容量な情報を利用できるようにすることもできるのではないかという夢が生まれてくる。さらに、現在は主に手指の動きによって行っている出力操作も、中枢部での情報処理に直結すれば、より高速に微細な動作を行うことができるようになるという期待もうまれてくる。

こうした期待感が、ブレイン・コンピュータ・インタフェースという研究領域を支えてきた。もっとも、特に初期の研究では人体のなかに端子や機器を埋め込むことは困難だったため、非侵襲的といわれる方法で、人体の外部から脳波を測定したり、血流量の変化をとらえ、それを解析して人体内部の状態を推測し、それにもとづいてインタフェース行動を行わせるという方法がとられてきた。ただ、この方法では信号が微弱だったり、その意味している内容が判別できなかったり、ノイズが大きすぎたりして、高度な処理を行わせることには無理があった。

これに対して、人体に端子や機器を埋め込んでしまう侵襲的な方法は、その倫理的課題や危険性、信頼性、副作用に対する懸念から、その着手が遅れてきた。ただし、感覚系、中枢系への適用に比較すると、運動系への適用は、動かすべき身体部位と運動神経系の対応が比較的明瞭であるため、まず着手されるべき形として期待されるところが大きかった。もちろん、その実行のためには、神経系においてどのような信号がどのようなタイミングでだされるのかをきちんとモニターすることが必要となる。

実際、2021年3月には、アメリカのブラウン大学が、また4月には、ニューラリンクが、それぞれ侵襲的なインタフェースを使って無線で人体とやりとりすることに成功したと発表した。さらに近年では、神経における電気信号や血流パターンをAIを使って分析し学習することで、具体的な操作に翻訳する試みも行われている。

今回、マスクのニューラリンクが発表したものは、人間の脳内にうめこんだ電極から無線で外部装置に情報を送るもので、脳血管障害やパーキンソン病、てんかん、認知障害など、さまざまな疾患に応用することが「将来的には」可能であろうと喧伝されている。

ブレイン・コンピュータ・インタフェースの将来

ここまで来ているなら、もう少しで実用になるのではないか、という気持ちになってしまうかもしれないが、ちょっと待ってほしい。まだいくつか解決しなければならない課題がある。

そもそも「考える」ということに何階層かの違いが区別されなければならない。本当に行動につながる「考え」と、ただ頭で考えるだけの「考え」の違いを識別できるかどうかは解決すべき課題のひとつである。また、実際の操作では、ボタンやレバーのようなインタフェース要素から触覚的なフィードバックがあり、それによって実際にその動作をしようとしていることが確認できている。そのあたりのフィードバックは感知する入力系の処理であり、中枢にまで至る複雑な過程である。

そのような慎重な心理学と大脳生理学の知見の蓄積があってこそ、ブレイン・コンピュータ・インタフェースは次世代のヒューマン・インタフェースとして利用が可能になるかもしれない。現在は、まだまだその入口にさしかかった段階にすぎないのだ。

参考資料