問題指向・不満指向のアプローチ

問題点や不満足なことは、ユーザが実際に製品やサービスを利用して見出される。ユーザ調査では、ユーザが、どう目標を達成しようとして、どんな人工物を利用し、どんな形で問題解決を行っているか、ということが基本になるべきだ。

注目すべきなのは、問題や不満足な点

なぜ、みんな、もっと不満に密着しようとしないのか。もっと自分の感じている不便さや不満足感を追求すべきだろうに。そして、さらに一般性のある洞察を得るために、世の中のユーザの感じている不便さや不満足感を追いかけ、分析し、考え、改善のためのアプローチを模索すべきではないのか。

問題点や不満足なことは、ユーザが実際にその製品やサービスを利用してこそ見出されることだ。ユーザビリティラボのような人為的な環境でなく、ユーザの暮らす環境で、ユーザ自身が感じた問題点や不満には、改善のためのヒントが隠されている。ユーザ自身は技術や開発環境がないため、そうした問題や不満を我慢して使っているが、それを見出して改善してやれば、当然ユーザにとって好ましいものになる筈だ。

問題点や不満に目を向けず、新しい魅力を追求しようとしても、たとえばMSのWindowsやOfficeシリーズのようなことにしかならない。寡占状態という理由から、多くの人々はWindowsやOfficeシリーズを使っているが、それは決して、それが高いユーザビリティの製品だからではない。

そしてUXの観点から見ても、MSが主張しているようにWindowsやOfficeシリーズで十分満足できる経験を得ているとはとても言い難いだろう。不満な点はあるけど、世の中でみんなが使っているからやむを得ず使っているとか、ユーザビリティに問題はあるけれど慣れてしまったからそれで仕方ないと思っている、というようなケースが圧倒的に多いはずだ。

なぜか後続のOfficeコンパチソフトなどは、そうした問題を改善せず、MS製品との互換性を重視しているように見えるのだが、折角の開発リソースをどうして無駄にしてしまっているのか理解できない。もちろんファイル形式の互換性は重要だが、MS製品の操作性に不満が蓄積されていることは分かっているのだから、それを発掘して改善すれば、ユーザはもっとコンパチソフトの方に流れると思うのだが。とても不思議だ。

UX調査で問題点や不満点を見つける

最近フィールドワークやエスノグラフィはかなり流行しているように思うが、社会調査や民族学調査とは違うということがどのくらい意識して行われているのだろう。UCDにおけるユーザ調査は、兎にも角にも改善すべき問題点を発掘することを目標にすべきなのだ。もちろん近視眼的に「それをお使いになっていて不便なこと、困ったことはありませんか」とダイレクトな質問をするだけではいけない。

しかし、焦点課題として問題発掘を設定せずに、何となくユーザの実相に迫ろうというのでは、社会調査か民族学調査になってしまう。このあたりは、XeroxのPARCにSuchmanという文化人類学者がいたという伝説的逸話が悪く作用してしまった結果ではないかと思う。そもそも彼女はアカデミアでは華々しい成果をあげているが、Xeroxの事業にどのように貢献したのかは実のところ良く分からない。

やるべきことは人間理解ではないのだ。ユーザとしての人間が、どのような形で目標達成を行おうとして、どのような人工物を利用し、それによってどのような形で問題解決を行い目標を達成しているか。さらに、そこに有効さや効率を阻害する要因はなかったのか、ということがリサーチクエスチョンの基本になるべきだ。そのあたりをはき違えずにユーザ調査を行い、問題指向、不満指向のアプローチを徹底すべきだと思う。

公開: 2016年2月5日
著者: 黒須教授

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