HCIはひとつの固有な研究領域といえるのか 1/2:
初期の考え方
ACM SIGCHIでは、HCIという研究領域の体系化を図るために、大学でのカリキュラムについて検討してまとめた。ACM SIGCHIのカリキュラムでは、4つの教学領域と、4つのコースが考えられた。
HCIとは何か
HCI、つまりHuman Computer Interactionという研究領域を盛りたてたのは、1984年に組織されたACMのSIGCHIである。ちなみに、SIGCHIはコンピュータ関連の組織であるためHCIでなくComputerを先にもってきてCHIという順番になっており、[kai]という読み方が一般化している。
SIGCHIでは、この領域の体系化を図るために、大学でのカリキュラムについて検討する委員会を組織した。その結果としてまとめられたのが1992年につくられたACM SIGCHI Curricula for Human-Computer Interactionという報告書である。ここでは、カリキュラムが目指すHCIという概念について「ヒューマンコンピュータインタラクション(HCI) は、人間が使用するためのインタラクティブなコンピューティングシステムの設計、評価、実装、そしてそれらを取り巻く主要な現象の研究に関わる学問分野である」という定義を与えている。ただし、今から32年前に定義されたものであるため、VRやAR、IoT、AI、ロボット、ドローンなどが急速に進歩した現在では、もう少し定義を変えないといけない部分もあるだろうが、基本、人間とコンピュータの間の関係に関することである、という点に変わりはない。
ACM SIGCHIのカリキュラム提案の背景
この報告書が出された1992年という年にさかのぼること10年ほど前には、MS-DOSがリリースされ(1981)、XeroxのStarというワークステーションが発表され(同年)、Macintoshがリリースされ(1984)というできごとがあり、それまでは専門家のツールだったコンピュータが一般のユーザに解放され、ユーザの幅が大きく広がった時期でもあった。当然、専門家ではない一般ユーザからは、その利用の困難さや分かりにくさに不満があがり、ユーザインタフェースのあり方を考えなければいけないという機運が高まってきていた。
そうした動きに対応すべく、アカデミアからはACM SIGCHI (1984)、IFIP INTERACT (同年)、HCI International (同年)といった学会を設立する動きがでてきており、日本でも少し遅れてヒューマンインタフェース学会(1999)が設立されるに至った。
ACM SIGCHIのカリキュラムのポイント
このカリキュラムができた背景には、コンピュータをもっと利用しやすくして、生活や業務や社会に活用してもらおうという情報処理技術関係者の考えがあった。そのためには、ユーザである人間の特性、特に心理学的な特性を理解し、それに適合したコンピュータを作る必要がある、と考えられた。そうすることにより、人間にとってさらに有用なコンピュータが開発できるだろう、というわけである。この考え方を表現した有名な図が図1である。
図1では、左側の人間(H1, H2)と右側のコンピュータ(C1, C2, C3, C4, C5)、利用とコンテクスト(U1, U2, U3)、そして開発プロセス(D1, D2, D3, D4)の4つの教学領域が描かれている。ここで(編集者注:次の表1に出てくる)、CS1とはソフトウェア工学などのユーザインタフェースの設計と開発に関するコース、CS2はコンピュータサイエンスによるHCIの現象と理論に関するコース、PSY1はHCIに関連した設計や評価技法に重点化した心理学のコース、MIS1は専門的な非技術的受講生に対する人的側面のマネジメントのコースであり、合計して4つのコースが考えられた。これらの4つのコースと4つの教学領域のクロス表が表1である。
この表1のなかの数値は、コース期間を14週間として、合計42時間の授業を行うとした場合のコマ数である。わかりやすくするために3コマ以上のところを枠で囲い、集中している場所を赤枠で囲んである。赤枠の部分に注目すると、このカリキュラムでは、全コースにおいてDの開発プロセスが重視され、またCS2においてHの人間特性(特に心理学)が重視されている、といったことがわかる。
こうした提案に対し、Dix, A. et al. (1993)やPreece, J. et al. (1994)によるHCIの教科書では、それに対応した内容が盛り込まれている。たとえば、Preece et al.の本の構成は図2のようになっている。
(「2/2: HCI固有の領域を考える」につづく)