HCIはひとつの固有な研究領域といえるのか 2/2:
HCI固有の領域を考える
そもそもHCIの固有の領域というのは何なのだろう、という問いがでてくる。また、我々の研究領域は、本当にHCIつまりHumanとComputerのInteractionなのか、ということも考えておかねばならない。
(「1/2: 初期の考え方」からつづく)
HCIの固有の領域
HCIのカリキュラム案はこうして作られてきたのだが、立ち止まって考えてみると、そもそもHCIの固有の領域というのは何なのだろう、という問いがでてくる。たとえば、心理学であれば、固有の領域というのは、精神物理学であり、感覚知覚の心理学であり、認知心理学であり、という具合に列挙することができる。また、コンピュータサイエンスであれば、アルゴリズム論であり、データ構造であり、データベースであり、という具合に固有の領域を列挙することができる。
さて、HCIの場合、こうした固有の領域というのは何なのだろうか、というわけである。図1を見ても、関係する諸学問から抽出した領域を寄せ集めただけではないのか、という疑問がでてきてもおかしくない。
現在のHCIに含まれる領域については、たとえばACM SIGCHIに所属するSIGを見ても、表2のように、コンピュータ技術から派生した技術に関するものが大半である。筆者には、こうした技術的領域は、はたしてHCIが本来目指してきたものだろうか、という疑問が湧いてしまう。HCIとは関係がありつつも、情報処理技術が独自に発展してきた結果とも見えるのだが、それは言い換えればHCIの固有領域は、これらを指すのだろうか、という問いかけになるのである。
表2 ACM SIGCHIに所属するSIG一覧(2024.09時点) (https://programs.sigchi.org/)
- AutoUI: ACM Conference on Automotive User Interfaces and Interactive Vehicular Applications
- C&C: ACM Creativity & Cognition
- CHI: ACM Conference on Human Factors in Computing Systems
- CHI Play: Annual Symposium on Computer- Human Interaction in Play
- CI: ACM Collective Intelligence Conference
- COMPASS: ACM SIGCAS/SIGCHI Conference on Computing and Sustainable Societies
- CSCW: ACM Conference on Computer- Supported Cooperative Work and Social Computing
- CUI: ACM Conversational User Interfaces
- DIS: ACM Designing Interactive Systems
- EICS: ACM SIGCHI Symposium on Engineering Interactive Computing Systems
- ETR: ACM Symposium on Eye Tracking Research & Applications
- GROUP: ACM International Conference on Supporting Group Work
- HRI: ACM/IEEE International Conference on Human-Robot Interaction
- ICMI: International Conference on Multimodal Interaction
- IDC: ACM Interaction Design and Children Conference
- IMX: International Conference on Interactive Media Experience
- ISS: ACM International Conference on Interactive Surfaces and Spaces
- IUI: ACM Conference on Intelligent User Interfaces
- MobileHCI: ACM International Conference on Mobile Human-Computer Interaction
- RecSys: ACM Conference on Recommender Systems
- SUI: ACM Symposium on Spatial User Interaction
- TEI: ACM International Conference on Tangible, Embedded and Embodied Interaction
- UIST: ACM Symposium on User Interface Software and Technology
- UMAP: ACM Conference on User Modeling, Adaptation and Personalization
- UbiComp/ISWC: ACM International Joint Conference on Pervasive and Ubiquitous Computing
- VRST: ACM Symposium on Virtual Reality Software and Technology
ここで考えておきたいのは、HCDやUXデザインなどの領域である。本稿の結論を仮説的にいってしまえば、これらこそがHCIがなければ生じなかっただろうものだし、HCIならではの固有の領域なのではないか、と思えるのである。
ちなみに、ISO 9241-210 のプロセス図を見てみよう。図3に描かれたように、たしかにSIGCHIのSIGのような技術的側面は図の7.4の「ユーザ要求事項に対応した設計解の作成」という箇所に位置づけられるだろう。これもHCDの一部であり、またHCIの一部といえる。ただ、SIGCHIのSIG一覧表のように、これらの技術的側面が目立ってしまうのには一つの事情が関係しているように思う。つまり、図1のComputer側(C1, C2, C3, C4, C5)に属する技術的側面は、その成果を学会などで発表しやすいし、何がどうなってどうなるのかということが見せやすいし分かりやすいのだ。
これに対して、図1のHuman側(H1, H2, H3)は、HCIに関係してはいるものの心理学や人間工学そのものであり、それだけではHCI系の学会で発表しにくいものである。また図3の7.2や7.5に対応した活動は、図1のHuman側には含まれにくい。図1のHuman側は、たしかに人間科学の成果を並べてはいるが、それをどのように設計に活かすか、という観点が欠落している。むしろDesign Processに属するD3あたりの方がHCDの中心のひとつでもあり、HCIの固有な領域といえるのではないかと考えられる。
この点を図3で見てみると、ユーザビリティ評価に関する7.5の「ユーザ要求事項に対する設計の評価」の部分がそれに相当するが、しかし学会成果としてその結果を世に問うには、評価対象となる技術開発を抜きにしては何を成果として発表できるかが明確ではないし、また研究というよりは実践活動でもあり、必然的にHCIの学会での単独での発表の機会は少なくなってしまう。可能だとすれば、HCIの技術的発表(7.4)に合わせて、それを対象とした評価のやり方や結果を報告する程度になってしまう。もちろん、そうした形で、開発結果を評価結果とともに発表する研究は多くはなってきているが、あくまでも主役は技術的開発内容である。
ましてや、ユーザ調査に該当する7.2の「利用状況の理解及び明示」の部分は、きわめて人間科学的ではあるものの、調査結果を得たとして、何を研究成果として発表できるのかが不明瞭である。また、技術開発以前の活動結果であるため、企業秘密として秘匿されてしまう可能性も高い。
こうしてみてみると、HCDの活動のなかで学会などでアピールできるのは7.4の技術的開発成果が中心であり、HCDで特に重視すべき7.2のユーザ調査や7.5のユーザビリティ評価は(少なくとも単独での)アピール力が極めて弱い、ということになる。
こういう状況のなかで改めて問い直したいと思う。果たして、HCIの固有領域はコンピュータ技術なのだろうか、と。図1のようにHumanとComputerを対比的に描いたり、HumanとTechnologyを対比的に位置づけることだけでは、HCDを考慮したHCIの領域図としては不十分であろう。同じ意味で、シンプルにHumanと書いて済ませていた20世紀末の括り方の粗さが目立つようにも思う。そして他方で、コンピュータの側は技術的進化につれて多様に変化しており、それがHCIの華になっているように思われる。つまり、あまりに多様化したComputerのおかけで、シンプルな対比的構図を描いているだけでは完全に不十分だと思われる。
HCIからHAIへ
改めて問い直すと、我々の研究領域は、本当にHCIつまりHumanとComputerのInteractionなのか、ということも考えておかねばならない。そもそも、これだけコンピュータが人間生活に浸透してきていると、コンピュータというよりは人工物という広いとらえ方をした方がいいのではないか、と考えられるからだ。IoTを持ち出すまでもなく、あらゆるものごとにコンピュータが関係している以上、デスクトップやラップトップ、スマートフォンなどを想起させる「コンピュータ」という表現ではおさえきれないのではないだろうか。
また次の疑問点として、actionとreactionの組み合わせとして理解すべきinteractionにこだわる必要があるのか、という点がある。interactionらしいinteractionは、デスクトップやラップトップ、スマートフォンなどには典型的にみられるが、それ以外の場面、たとえばエスカレータを利用する場面や配膳ロボットによる給仕サービスをうける場面などを考えると、古典的なinteractionの範疇に属していないようにも思われる。無理してinteractionと言い続けるよりは単なるinterfaceという言い方の方が良くはないか、と考えられるのである。Interfaceではさまざまな事柄がおきるが、無理をしてinteractionといわずとも、interface(で発生するすべてのこと)と言っておけば済むのではないだろうか。
要するに、ComputerをArtifactに置き換え、InteractionをInterfaceに置き換えることにより、HCIはHAI (Human Artifact Interface)と考えた方がよくないか、という提言である。
また、HCIないしHAIの固有領域ということを考えるなら、ArtifactがHumanにとってどれだけ使いやすいものか、どうすればそれを使いやすくできるかという技術領域がHAIにおける固有領域であると考えられよう。つまり、ユーザビリティ、人間中心設計、UXデザイン、デザイン思考などが、それに該当するわけだ。
換言すれば、HAIはユーザビリティ、人間中心設計、UXデザイン、デザイン思考などを中核とし、その周囲に自動運転やVRやAR、AI、ロボット関連技術などが位置付けられる総合的な研究領域ということになるだろう。もちろん図3のような形で技術領域をHCDのなかに含めることは可能だし、無理に排除する必要もない。7.4のような技術領域と7.2や7.5のような人間的領域とが組みあわさってこそ、HAIの健全な発展が見込めるのではないだろうか。
ユーザビリティ、人間中心設計、UXデザイン、デザイン思考などは、他の工学領域に行きどころがない。まさにHAI固有の領域といえる。図1にもどってHAIの教育ということを考えるなら、この図のHumanに含まれている人間の基礎的な認知的特性や人間工学的特性を教えるだけでなく、HCDやUXデザインなどの「コア」になる考え方と技術を教えるべきではないか、と考えられるわけである。
ついでにHCD-Netについて
ただ、前述した固有な領域であるユーザビリティやHCDについては、日本ではHCD-Netが組織され活動を行っている。HCD-NetにおいてはHCIやHAIとしての自覚がまだ十分に醸成されているとはいえないが、すでに2023年度末時点で1198名の正会員をあつめ、少しずつ増加してきている。したがって、HAIの教育という点では、単にHCDについての教育を行うだけでなく、もっと広い観点からの教育がHCD-Netによってなされてもいいのではないか、と考えられる。
引用文献
ACM SIGCHI (1992) “Curricula for Human-Computer Interaction” https://dl.acm.org/doi/book/10.1145/2594128 から入手できる。
Dix, A. et al. (1993) “Human-Computer Interaction”, Pearson
Preece, J. et al. (1994) “Human-Computer Interaction: Concepts and Design”, Addison Wesley