HCDはイノベーションを生み出せるか 2 of 4
シュンペーターは、新結合(イノベーション)を遂行するには5つの場合を考慮する必要があると述べている。これを見ると、彼の考えているイノベーションは社会全体に関わるものであり、通常用いられている意味でのHCDのレベルを遙かに超えたものであるといえる。
(「HCDはイノベーションを生み出せるか 1 of 4」からの続き)
シュンペーターの考えるイノベーション
ともかく、新結合を遂行するには、5つの場合を考慮する必要があると述べている。それについて引用すると、以下のとおりである。
- 「新しい財貨、すなわち消費者の間でまだ知られていない財貨、あるいは新しい品質の財貨の生産」。
ここでいう財貨とは製品やサービス、筆者的にいえば人工物と呼んでいいものだろう。イノベーションを技術革新と捉えた場合には、その意味に近くなるだろう。 - 「新しい生産方法。すなわち当該産業部門において実際上未知な生産方法の導入。これはけっして科学的に新しい発見に基づく必要はなく、また商品の商業的取扱いに関する新しい方法をも含んでいる」。
これはまさに技術革新に該当するだろう。ただし、科学的に新しい発見に基づく必要はないと言っており、他の分野の技術を転用することなども含むといえ、その意味する範囲は広い。 - 「新しい販路の開拓。すなわち当該国の当該産業部門が従来参加していなかった市場の開拓。ただしこの市場が既存のものであるかどうかは問わない」。
これは技術革新そのものではないが、たとえば既存の携帯電話の市場が徐々にスマホに席巻されてきたような場合を含むだろう。 - 「原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得。この場合においても、この供給源が既存のものであるか-単に見落とされていたのか、その獲得が不可能と見なされていたのかを問わず-あるいは始めて作り出されねばならないかは問わない」。
これは製造工場をアジア諸国に展開することや、海底資源の掘削の問題などに関係しており、場合によると技術革新が必要になるが、必ずしもそうばかりではない。 - 「新しい組織の実現。すなわち独占的地位(たとえばトラスト化による)の形成あるいは独占の打破」。
現在の先進国では、独占禁止法によって過度な独占は禁止されているが、それ以下の規模の企業合併などはしばしば行われており、それにより新しい業態が生まれることもある。
シュンペーターをどう捉えるか
このように、シュンペーターの考えた新結合、すなわちイノベーションは技術革新に留まらず、社会変革までも含む相当広い範囲での変革を意味している。ただし、彼は「新結合は、単に旧いものにとって代わるのでなく、一応それと並んで現れる」ものだ、とも書いている。つまり、極端なパラダイムの変化であった明治維新ですら、漸次、新しいものが旧いものを駆逐し、やがて多くの場合においてそれを淘汰する、という形で進行したわけである。
このように見てくると、彼の考えているイノベーションは社会全体に関わるものであり、通常用いられている意味でのHCDのレベルを遙かに超えたものである、といえる。一部には、HCDの文脈から出発してソーシャルデザインという言い方をしている人達もいるけれど、彼らの考えていることとシュンペーターの考えたこととが同じレベルであるとは考えがたい。
しかもシュンペーターの考えの根底に「人間中心」という理念があったと考えるのも無理がある。彼は、社会を構成する人々の満足感を高めるという、いわばポジティブ心理学(マズローやチクセントミハイやセリグマンたち)のような考え方をしておらず、むしろ経済それ自体をひとつの有機体とみなしているようなところがある。このあたりは、やはり経済学者だったのだな、という印象である。
もちろん議論を発展させることには意味があるから、脱シュンペーターという形で、人間中心的な社会のイノベーションを考えることは自由である。
なお、新結合という言い方からイノベーションという言い方に変えたのは、1939年の『景気循環論』においてであるとされている。
目次
- HCDはイノベーションを生み出せるか 1 of 4
- HCDはイノベーションを生み出せるか 2 of 4(本稿)
- HCDはイノベーションを生み出せるか 3 of 4
- HCDはイノベーションを生み出せるか 4 of 4