HCDはイノベーションを生み出せるか 3 of 4

イノベーションについて、ドラッカーの考え方にも触れておこう。彼はイノベーションを技術革新という意味で使ってはいない。特徴的なのは、経営学者として、消費者のこと、彼らの価値観や満足ということを意識している面が見られる点である。

(「HCDはイノベーションを生み出せるか 2 of 4」からの続き)

ドラッカーの考え方

さて、シュンペーターの他に、もう一人、経営学者のドラッカー(Drucker, P.F. 1909-2005)についても触れておかねばならないだろう。彼は、1985年、75才の時に『イノベーションと企業家精神』(上田惇生訳 2007)という本を出しているからだ。

なお、書名の企業家精神の原語はentrepreneurshipであり、entrepreneurはしばしば起業家と訳されたりもするのだが、訳者は2007年には起業家を企業家と訳し直している。起業家というと、僕は、若手で野心に満ち脂ぎって自己顕示欲が強くて口が達者で誰彼となく繋がろうとするような、どちらかというと苦手な部類の人間のイメージを持っているのだが、それはさておき、まあ適切な改訳といえるだろう。ドラッカー自身、冒頭で

「セイ (Say, J-B. 1767-1832 フランスの経済学者)は『企業家は、経済的な資源を生産性が低いところから高いところへ、収益が小さなところから大きなところへ移す』といった」

と書いているように、企業家という意味合いで使っている。そして、均衡よりは動的な不均衡を重視したシュンペーターが、その冒頭の記述に対応して「セイの業績を再発見した」のだ、とも書いている。

そうしたことからも推測できるように、彼はイノベーションを技術革新という意味で使ってはいない。まず

「ハイテクにおける発明発見によるイノベーションは、業績上のギャップや市場、産業、人口、社会の構造変化に基づくイノベーション、さらには認識の変化に基づくイノベーションに比べて、きわめてリスクが大きい」

と書いている。この内容からドラッカーがシュンペーターの定義を強く意識していることが窺われる。そして、イノベーションの定義として、

「技術というよりも経済や社会に関わる用語であり…供給に関わる概念よりも需要に関わる概念、消費者が資源から得られる価値や満足を変えることと定義することができる」

としている。ここで特徴的なのは、経済学者であったシュンペーターと異なり、経営学者として、消費者のこと、彼らの価値観や満足ということを意識している面が見られる点である。したがってHCDの考え方に少しだけ近づいてはいるが、その視野は遙かに広いものである。

イノベーションの条件

ドラッカーは、イノベーションは「体系的に行われなければならない」とし、さらにそれを技術的変革に限定しないように注意を喚起している。

「今日イノベーションと称しているものの多くは、単なる科学技術上の偉業にすぎない。これに対してマクドナルドのような科学技術的には何ら特筆するところのないイノベーションが、高収益の大事業に発展する」

と書いている。どの程度の変革をイノベーションとするかについては色々と議論があるだろうが、たしかにマクドナルドが先鞭をつけたファーストフードは大衆の食生活を大きく変革しており、イノベーションと呼んでもいいと言えるだろう。

彼は、イノベーションの体系として、7つの企業家にとっての機会を提起している。

  1. 予期せぬ成功と失敗を利用する」。
    企業家は、与えられた状況を機会として利用することにどのような意味があるか、その行き着く先はどこか、そのためには何を行うべきか、それによって仕事のやり方はどう変わるか、を考えねばならない。
  2. ギャップを探す」。
    現実とあるべきものとの乖離や不一致は、良い状況にありながら業績があがらない場合、現実についての認識の不足、消費者の価値観とのずれ、プロセスにおけるギャップなどという形で現れる。
  3. ニーズを見つける」。
    これには、プロセス上のニーズ、労働力上のニーズ、知識上のニーズがある。
  4. 産業構造の変化を知る」。
    安定して永続的に見える産業構造にも、脆弱な部分があり、それはある切っ掛けによって容易にまた瞬間的に崩壊する。

ここまでの四つの機会は、企業や公的組織の内部、あるいは産業や社会的部門の内部の事象であり、特にマネージメントにおいて重要な組織論でもある。次の三つの機会は、企業や産業の外部における事象である。

  1. 人口構造の変化に着目する」。
    ドラッカーは、人口構造とは、人口の増減、年齢構成、雇用、教育水準、所得など、としているが、デジタルネイティブのようなコーホートも重要な要因であろう。
  2. 認識の変化をとらえる」。
    ドラッカーの引用している例、つまり「コップに半分入っている」と「コップは半分空である」とは、認識の変化を巧みに表現している。
  3. 新しい知識を活用する」。
    ここでも彼は技術への過度の信仰を諫めている。彼は「歴史を変えるようなイノベーションの中では、知識によるイノベーション(発明発見)はかなり上位に位置づけられる。しかし、イノベーションのもとになる知識は、必ずしも技術的なものである必要はない。社会的な知識も同じかそれ以上に大きな影響をもたらす」と書いている。こうした外部事象への感度が鈍ってもイノベーションは起こすことができないのだ。

目次

  1. HCDはイノベーションを生み出せるか 1 of 4
  2. HCDはイノベーションを生み出せるか 2 of 4
  3. HCDはイノベーションを生み出せるか 3 of 4(本稿)
  4. HCDはイノベーションを生み出せるか 4 of 4

公開: 2016年6月16日
著者: 黒須教授

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