企業における理論家の役割

理論家は、企業活動においてはその生産活動に関与することが必要で、理論を実践に活かし、また実践での経験を理論に抽象化して欲しいと思う。ウェブ構築においても、実際にプロジェクトチームの活動に随時参加して、実践に組み込む必要があるだろう。

反響

前回の記事は結構反響を呼んだようだ。素人の目からみたIAの輪郭像が、どの程度その実態ないしはそのあるべき姿に対応しているのか、いまだ十分には確認できていないのだが、それなりに議論の素材になることはできたのだろうと考えている。

反響のひとつに、IAの理論家がいる会社なのに作成したサイトが使いにくいのはどうしてなのか、という点に関するものがあった。今回はここに焦点を当てたいと思う。

理論家には理論家の役割が

僕はIAに限らず、理論家の存在意義というものを否定してはいない。さらに、IAという実践領域では、実践から離れた場にいる大学人が幾ら論を尽くしても、それは実感のともなわない空論になりがちであると思っている。

だから前回、僕の書いた「IAの基本構造」というのは、あくまでもアカデミアの人間が考えたものにすぎず、もしその基本的方向性が間違っていないとすれば、実践家の皆さんからのフィードバックを得ながら改善していくためのベースのようなものだと考えている。やはりIAの理論家は実践の現場である企業にいてこその理論家なのだと思う。

自分自身の反省を踏まえて

問題は、その理論家が、自分の所属する企業の具体的活動にどの程度、どのような形で関与しているかである。

これは僕の反省になるのだが、某社のデザインセンターにいた頃、ヒューマンウェアというプロジェクトを任された。ヒューマンウェアというのは聞き慣れない用語で、しばらくはその言葉を提示した所長の意図を斟酌するのに時間を要した。

ただ、今で言う人間中心設計のようなものであるということが確認され、ただし当時はまだUXという概念はなかったので、ユーザビリティを中心にした活動を行うプロジェクトのことと考えよう、と判断した。

ただ、振り返ってみれば、所長の意図はそれだけでなく、つまりあまり売上げに貢献しないユーザビリティだけでなく、売りにつながるデザインを人間に関する知見をベースにして実践して欲しいということだったようであった。

その時の僕自身の位置づけは、ヒューマンウェアの理論的指導者のようなものだった。そこで、まだISO 13407も標準化されていない段階で、ユーザビリティを向上させるにはどのようにしたらいいかを考え、自分の専門であった認知心理学をベースにしたアプローチを検討した。

ただ、僕の職分は単なる理論家ではなく、プロジェクトリーダーだった。当然、そこにはプロジェクトメンバーがいる。僕が概念的な方向付けを明示するには時間がかかったが、その間もメンバーは仕事をしていた。そして、それらのデザイン活動の所産がヒューマンウェアの所産として発信されることになってしまった。うーん、の状況である。まあ、何とか発表会での展示はそれなりに受容されたようであったが、リーダーとしての僕は、理論と実践の乖離した状況に困惑した。

しかし、それで僕が実践に浸るようになったかというと、そうではなく、ACMのSIGCHIに「見かけのユーザビリティ」の研究を発表したりして、アカデミックな志向性を崩すことはなかった。

これがプロジェクトリーダーという立場におかれ、理論家という位置づけでもあった僕の反省事項である。

そういえば

思い起こされるのはApple時代のNormanの存在である。大学人であったNormanが、『誰のためのデザイン』などの著作によって有名になったため、Appleに招聘され、相当の地位を得たことがあった。これなどは、理論家として企業に位置づけられた最高レベルの事例といえるだろう。

しかし、結局、彼は同社の製品に具体的貢献をしたようには思えなかった。現在は自分のコンサルティング会社で活躍しているが、いま市場に出ているApple製品で、彼がいたからこうなった、といえるものは見あたらない。彼が同社の製品を手にして説明をしている映像を見て、実に痛々しく感じた。要するに、彼は広告塔以上のものではなかったのだ。

組織内の有機的連携

僕のケースはともかく、Normanのケースは実に勿体ないケースだったといえる。理論家の存在が組織において有意義なものになっていないケースは他にも結構見受けられる。

卑近な例でいえば、学会活動の好きな研究者を雇っている企業の事例なんかが沢山ある。大企業の場合であれば、まだ懐が大きいから構わないのかもしれないが、中小の場合、そうした研究者を養っておくことにどれだけの意義があるのだろう。もちろん有名人になっていれば広告塔にはなるのだが、何を広告しているのかを改めて考えると、はて、とクビをかしげることになる。

IAの専門家や理論家の場合に話を戻すなら、やはり企業活動においては、その生産活動に関与することが必要で、理論を実践に活かし、また実践での経験を理論に抽象化して欲しいと思う。特に中小規模の場合には尚更のことだと思う。企業には、プランナーやデザイナー、技術者などがいるだろうが、それらがチームを構成し、相互に自分の得意技を提供しあうことで良いものづくりが可能になる。

ウェブ構築においても、理論家が広告塔となって顧客集めの手段として使うだけでなく、実際にプロジェクトチームの活動に随時参加して、前回述べた段階のそれぞれで的確なアドバイスを与えたり、レビューをしたりするようなかたちで実践に組み込む必要があるだろう。

公開:2016年8月25日
著者:黒須教授

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