空の旅とシステムのサービス設計

しばしばデザイナーやユーザビリティエンジニアは、UXの向上策を口にするが、UXは決して彼らの専売特許ではない。エンジニアと連携し、彼らにシステム改善のための動機付けを与えることも大切な仕事なのである。

  • 黒須教授
  • 2015年7月6日

UX事件の勃発

イラン出張にエミレーツ航空を利用した。帰国の便で羽田に戻ったら空港係員が僕の名前の書かれた紙を掲げていた。何かと思ったら、ドバイで乗り換えた際、乗り換え時間が少なかったため、荷物が帰国便に載せられず、まだスーツケースはドバイにあるのだそうだ。それはもうガックリきた。

エミレーツは機内設備や待遇も良く、食事もいいし、何よりチェックインラゲージがエコノミーで30Kgと緩やかなので気に入っていたのに。さらに日本発着便は人気がないのか客がまばらで、エコノミーなのに四席を利用して真横になって寝てこられたのも嬉しかったし。

そうしたポジティブなUXが一転、最悪になってしまった。洗濯物はくさくなってしまうかもしれないし、土産も人に渡せないし、何より、現地で入手した資料がすぐに利用できないからだ。

信頼性技術の必要性

聞いてみると、エミレーツの他にも中華航空やカタール航空などは、荷物の積み残しが多いので係員の間ではよく知られているそうだ。

これってシステムのサービスデザインに属することだろう。だからデザイナーやユーザビリティエンジニアが関与しても良さそうなものだが、じゃあ具体的にどうすればいいかとなると、その実装に関しては彼らの手に余る。たとえばチェックインの時に誰がどの荷物を預託したかは記録にある筈だから、機内に荷物が運ばれる時にそれをチェックして、すべての荷物が搭載されるまで飛行機は離陸しないようにする、といったことが考えられる。

しかし具体的にどのようにすればいいか。その解決のためには、システムの信頼性向上のための具体的なプランニングが必要になるし、情報管理技術が必要になってくる。

性能向上の必要性

また、以前も書いたことがあるが、入国審査の時の指紋認証の認識精度の低さという問題がある。これまたUXに関係することで、ここで何回もやり直しをさせられると本当に腹がたってくる。エンジニアは認識精度の向上をがんばっているのだろうが、現状では実用精度には達していない。

さて、デザイナーやユーザビリティエンジニアはどうするか。ここでは、指紋にこだわるのではなく、もっと視野を広げてその他の個人認証技術に変えるか、それらを併用するというアイデアがわくだろう。

しかし、彼らにできるのはそこまでである。生体認証の技術を改善することは情報処理技術であり、彼らの手にあまることだから。

UX関係者の無力性と有力性

このように、UXはデザイナーやユーザビリティエンジニアにも関係するが、彼らだけで解決できる問題ではない。信頼性や性能を向上させるための技術が大切であり、そこにポイントがある。

しばしばデザイナーやユーザビリティエンジニアは、UXの向上策を口にするが、UXは決して彼らだけの専売特許ではないことを自覚しなければならない。エンジニアとの連携をきちんとし、彼らにシステム改善のための動機付けを与えることも大切な仕事なのである。はたしてそのあたりがどこまで自覚されているのか、どうも自分たちで解決できそうな簡単な問題ばかりを扱おうとしているのではないか、といった気がしてくる。

しかしUXは全社的な問題であるということを社内、特に幹部に熟知させ、幹部に技術開発を動機付けさせること、それこそが真のサービスデザインになるのではないか。

何をすべきか

機内のインテリアデザインや機内サービスの充実はデザイナーにはお得意の分野だろう。座席の機器操作やトイレでの操作の容易さはユーザビリティエンジニアのお得意の分野だろう。しかし、もっと大切なことは、彼らは自分の手で解決できるような問題を扱うだけでなく、会社全体として取り組まねばならない問題をもUXという観点から取り扱うべきなのだ。

たとえ自分たちでは解決策を具体的に示せなくてもいい。前述のように、その方向性を提案するだけでもいい。その結果としてもたらされるサービスの質の向上が真のUXをもたらすことになるのだ。顧客視点ということを忘れたUX活動は、とかく自分たちのスキルの範囲内だけを見つめることになりがちだが、企業方針を変えさせることが、本当は大切なUX活動なのだ。