「いまだにFAX」という問題

役所のシステムの改善には、個々のシステムのユーザビリティのレベルをあげること以上に、システム間の連携を密にして、全体的な視点から連動性のある個別システムの要件を導き出すような流れが重要だろう。

  • 黒須教授
  • 2022年9月27日

新型コロナと保健所の業務

少しずつ感染者が少なくなっている新型コロナだが、感染者の増減の原因が明確にわかっていない以上、またいつ何時、次のピークがやってくるかもしれない状況である。そんな中、保健所の業務が滞っているというニュースを聞いて「保健所っていまだにFAX使ってるのかよ、昭和かよ」的な感想を抱いてしまっていたのだが、それは自分の不勉強のせいであったことがわかり、保健所の皆さんにはお詫びを申し上げなければならない。まったくの不勉強であった。これはシステム的なユーザビリティの問題であった。それを知らしめてくれたのは、ある地方都市(政令指定都市)の保健所に勤務するNさんである。Nさん、ありがとう。

筆者は、保健所が関係者との間でFAXを使っているから業務が停滞するのだ、と思いこんでいた。しかし、「各医療機関の医師→各地の保健所→国のシステム」という流れのなかで、「保健所→国のシステム」という部分については2020年5月から運用されている厚労省のHER-SYS (感染者等情報把握・管理支援システム)という電子システムとなっていて、もちろんそのシステムの画面インタフェースにも問題はあるのだが、まずはHER-SYSに情報を入力する段階にトラブルの原因があることを知った。

HER-SYSへの情報入力は、医療機関の医師でも可能であり、というか、本来的には医師が入力してくれることが望ましいのだが、ほとんどがそうなっていないという。多くの医師がHER-SYSに自力で入力をしている東京や4割ほどの医師が入力している大阪などの例外を除くと、大抵の地域では、医師が手書き入力をし、それを保健所にFAXで送っているそうだ。だから、保健所では、FAXの手書き文字を係員が読み取ってHER-SYSに入力するという業務が溜まってしまい、大変なことになっている。これがFAXが今だに使われているという実態だそうだ。

そのため、悪筆の医師が手書きした文書が保健所に届いた場合には、それを誤読してしまって、保健所の担当者がまちがった電話番号を入力してしまう、などということも起きるらしい。そうなると、保健所から確認の電話をかけようとしても、正しい相手につながらなくなってしまう。そこには、手書き書類を丁寧に書いていたのでは時間がかかるから、という医師側の事情もあるだろう。また、電子カルテシステムはなんとか使いこなしていても、HER-SYSの入力までパソコンでやるとなると抵抗感が半端ない、というハイテク苦手医師がいることもあるだろう。反対に、手書きであれば、診療の合間にササッと書いてしまえるという点がメリットに感じられる医師もいるだろう。実は、そのササッと書いてしまうことが難読な悪筆につながる可能性もあるわけだが…。

HER-SYSによる発生届の様式

では、HER-SYSの入力の手間がどの程度なのかをちょっと見ておくことにしよう。2022年5月に新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードが、発生届様式の簡素化について様式改善案を提出している。この改善案は、(編注:2022年5月時点の)現行様式が「医師が感染者に聞き取りを行って入力するため、飛沫・接触感染の別などは不明の場合も多く(正確な情報を得ることが困難)」である点、「医師等による届出の入力に一定の時間がかかるため、感染者が急増した場合に入力に相当の時間を要するなど外来がひっ迫する一因となっている」点を改善しようとして、「必要な項目に最小化し、様式を簡素化することを通じて、診療・検査医療機関の対応力強化を行う」ことを目的として作成されている。

(編注:2022年5月時点の)現行の様式と改正案の様式を以下に示すが、たしかにグッと項目が絞り込まれていてシンプルにはなっている。

2022年5月時点の発生届の様式
アドバイザリーボードによる発生届の改正案

ただし、注記として、届出様式をOCRソフトによる読み取り可能なものに変更したと書かれている。けれども、それは文字、特に数字の記入欄を大きくしただけであり、悪筆がOCRによって読み取り可能になることを保証したものではない。また氏名やその他事項などは、マス目が無く、自由記述欄になっているため、OCRでの読み取りは困難だろうと思われる。

電子カルテとの連動など

しかし、2022年7月版のHER-SYSの医療機関向け簡易操作マニュアルを読むと、HER-SYSの操作はかなり面倒である。もちろん患者のプライバシーの保護は重要であるから、厳格な管理をする必要はあるだろう。

利用開始時点での操作手順については、まず保健所からHER-SYSのログインIDとパスワードを取得しておき、ブラウザをInPrivateモードもしくはシークレットモードに設定し、HER-SYSのURLを入力し、Sign inをクリックし、ログインIDとパスワードを入力し、次へをクリックした後、電話番号を入力し、その番号に電話でかかってきた認証番号を入力し、次へをクリックし、電話番号が認証されたら完了を押す。それから初期パスワードを自身で決めたパスワードに変更し、サインインに成功すると、ようやく初期画面が表示される。

まあ、ここまでは認証番号が電話でかかってくるという二段階認証の手間のあたりを除けば、初回の手続きとしては、宅配の出前館などと似ているので一般的なところかもしれない。しかし、パソコンをHER-SYS専用にして、初期画面を表示しっぱなしにできればいいが、他の目的につかってからまたHER-SYS入力をするとなると、いちいち認証手続きをすることになるようで、そのあたりは面倒だと思われる。

新たに発生届を提出することにした場合、医師の氏名は医師マスタに登録されるので、再入力ではなく選択操作で入力できるようだ。つまり、クリニック名称や所在地、電話番号などは、連続登録をする場合には引き継がれるが、一旦、HER-SYSを閉じてしまうと改めて入力しなければならない。このあたり、医師のマイナンバーカード読み取りなどの認証方法で簡素化できればいいのに、と思う。

次に患者情報を記入するのだが、氏名、ふりがな、年齢、生年月日、住所、電話番号、診断年月日や検体の採取年月日等の日付の入力を行う。それはタイプ入力なのだろうか、メニュー選択なのだろうか。重症化リスク因子となる疾病の有無の記入欄も、該当欄でクリックをすればいいようなインタフェースになっているのだろうか。気になるところである。

ここで思いつくのは電子カルテとの連動ということである。HER-SYSは、医師のもっている医療情報の一部を役所に転送するものの筈だから、母体となる情報は基本的にすべて電子カルテのデータベースに入っているのではないのか。そうであれば、医師はHER-SYSボタンを押すだけで役所に情報を転送できるわけである。システムのインタフェースとしては、そうなっているべきではないだろうか。

全体的な電子化システムの構築

医療情報については、「全国の医療機関(約38,000)から、病院の稼働状況、病床や医療スタッフの状況、受診者数、検査数、医療機器(人工呼吸器等)や医療資材(マスクや防護服等)の確保状況等を一元的に把握・支援する」ためのG-MISというシステムもある。これも結果的に医療機関や保健所などの業務を圧迫することになっている。

こちらの方は電子カルテシステムとの連動では解決しない内容になっているものの、医療機関でも在庫管理は行っているだろう。そのシステムと連動すれば入力はスッキリと行えるように思うのだが、こちらについては、まだ詳しく調べていない。

ともかく、役所のシステムというもののユーザビリティレベルが低いことは、以前からよく知られている。電子政府システムのユーザビリティの低さが結果的にHCD-Netにおける認定専門家の制度構築の契機になった経緯もあるわけで、相当歴史的な根深いものであるといえる。それを改善するためには、個々のシステムのユーザビリティのレベルをあげることも必要だが、それ以上にシステム間の連携を密にして、全体的な視点から連動性のある個別システムの要件を導き出すような流れができなければならないだろう。デジタル庁もでき、行政システムの整備も徐々に進んでいるようではあるが、役所のなかで、それらのユーザビリティをどの部署のどのような担当者がやっているのか、それとも担当する人がいないのか、そのあたりがとても気になっている。