ペルソナを心理学的に考える

設計プロセスのなかでペルソナを作ることは既に広く普及している。ただし、その作り方や利用法について、これはどうなのかな、と思うことがある。今回はそのあたりについて心理学的な観点から書いてみることにする。

  • 黒須教授
  • 2015年3月16日

1. 脱文脈と再構築

ペルソナはあくまでも仮想のユーザイメージ、任意に作り上げられたユーザ像である。それが自分自身であれ、他人であれ、ものを作るときにそれを使う人のことを考えない職人やデザイナは古代の昔からいなかったと思う。ただし、ナイーブにユーザ像を考えてしまうと自分自身を投影したものになりがちで、そこに他人の視点を導入した方が効果的だと気づかれるようになったのは比較的最近のことではないかと思う。

他人の視点を導入するためには、エスノグラフィックな調査をやったり、集団でプロジェクト作業をしたりすることが良いと考えられるようになり、複数人からなる設計チームによるエスノグラフィック調査が流行することになった。これはこれで良いことではあるが、その結果をダイレクトにペルソナに盛り込んでしまうと、調査のインフォーマントに関するサンプリングバイアスをそのまま持ち込んでしまうことになる。

ならば調査はしなくてもいいのかというと、そうではない。何人ものユーザについて調査して得られた結果を、ある意味で脱文脈化し、ペルソナとして再構築するのである。いいかえると、調査対象となったユーザの個人としての全体性にこだわることなく、そこで見いだされた事実をむしろ断片化してしまうことによって、その特定の個人性を捨て去り、その結果として得られた断片的事実、これは素片といった方がいいかもしれないが、それを組み合わせることで新たにペルソナとしての人格性を作り出すのである。そうすることでペルソナのリアリティが増すことになるのだ。

2. 内的整合性

脱文脈された情報の素片を単純に組み合わせてしまうと、内的整合性が損なわれる可能性はある。繊細で神経質でありながら皿洗いは一週間に一度しかしない、というような具合だ。つまり一見、一貫性のないように思える人物像ができてしまうのだ。もちろん人間は矛盾に満ちた存在だから、通り一遍の一貫性がない人物も世の中には多く、繊細さと鈍感さの共存といった類の話は臨床心理学では良く出てくる話題ではある。しかし、ペルソナはある程度単純に理解できるように作った方がいい。いいかえれば、人間に関する世俗的な常識に合致していた方が、その記述を読んだ時に頭に残りやすいのだ。矛盾する属性は別のペルソナの特性としておいた方がいいだろう。

3. 何人つくるか

こうして構築されたペルソナは、そもそも何人分あればいいのだろう。最近耳にした話では、意外にも一人しか作らないで設計に入っているケースが結構多いのだという。いや、それはないでしょう、と思ったが、そういうこともありうるだろうとは思う。

ペルソナ作成の際に心して置くべきことは、人間性の多次元性のことである。性別や年齢のようなデモグラフィックな特性はもちろん、他にも文化や言語、地理的環境や物理的環境、障害の有無など、さまざまなことが関係している。さらにいえば、年齢に関しても、暦年齢だけでなく、コーホート(世代といってもいい)や時代性などが区別されうるし、文化だって、国家文化や民族文化、家族文化、地域文化、組織文化等々、様々な文化がある。こうした点をすべて考慮しようとすると、ペルソナの数は膨大になってしまうが、それはあまり心配ない。

主に考慮すべきなのは、開発しようとしている人工物に対応した態度の軸である。たとえば掃除機の開発であれば、掃除を良くする人もいればあまりしない人もいる。そうした行動の特性の軸を想定し、その上で、平均から(概念的に)標準偏差一つ分を両側に広げた範囲(正規分布であれば68%を包含することになる)で複数のペルソナを作り、時には、毎日隅々まで綺麗にしないと気持ちが収まらないというエクストリームユーザを入れるのだ。前述の人間性の多次元は、その中で適当に分散してくれることが多い。たとえば二人のペルソナを想定したとすると、それは人間性の多次元空間の中の二点と考えることができ、それだけでもう複数の次元における差異を包含している可能性が高い。さらに多少意図的に多次元性を考慮し、たとえば掃除だったら高齢者もやるだろうから高齢者のペルソナは必要だろうなあ、といった具合にペルソナを追加するのだ。こうして4-5人程度のペルソナを作成することが望ましい。7人も8人も作る必要はない。

ただし、医療システムのようなシステムものの場合はちょっと事情が異なる。医療システムでいえば、病院に関係した多様な人々を考慮する必要がある。その中には医師もいれば、看護士も検査技師も事務スタッフも理学療法士も栄養士も薬剤師も、という具合に多数の人々が関係してくる。こうした大規模システムの場合には、ペルソナの人数は多くならざるを得ないが、もともと開発期間も長いことが多いので、多数のペルソナを設定し、じっくりと取り組むのがいいだろう。おそらく、それぞれの職務のセグメントごとに2-3人から4-5人程度のペルソナを設定し、まずはセグメントごとに検討を行い、そこから明確化された要求事項をつきあわせ、その矛盾点をさらに検討する、というやり方になると思う。

4. 使い方

直線的な発想の場合、ターゲットユーザとしてペルソナを一人に絞ってしまい、さあこれで行こう、となってしまうことも考えられるが、ペルソナを作成する目的は、開発関係者の間での目標の共有ということと、要求事項の設定やコンセプトデザインの妥当性を検証するということの二つがある。いいかえれば無数の可能性を数人のペルソナに集約することで、関係者がそれを記憶にとどめられる範囲に収め、その行動を予想することでデザインの適切さを確認しようとすることが目的である。ともかく人間の短期記憶にはミラーの言うマジックナンバー7±2という制約がある。関係者の記憶からあふれてしまうようでは初期の目的を果たすことはできない。だから一人というのは論外として、数人程度が適切な数ということになる。

5. ユニバーサルデザインとの関係

定着したからか、忘れられかけているからか、最近はユニバーサルデザインのことを耳にする機会が少なくなったが、その重要さは依然として高いものである。ユニバーサルデザインは、理想的には3で述べた人間の多様性に関わるものだが、その点は3で述べた形でおおよそカバーできるものと思われる。ただし、特定のユーザ層に特化した人工物の場合には、当然、その属性をペルソナに付与し、考慮に含めなければならない。

また、近年はユニバーサルデザインでは焦点がぼやけてしまうという「反省」からか、アクセシビリティというキーワードを耳にすることも増えた。以前書いたように、ISOの立場では、アクセシビリティとは障害をもった不自由者や高齢者のユーザビリティのことであり、彼らのことを特に重視する。不自由者もその症状によって多様だし、高齢者といってもひとくくりにすることはできないが、そうした人々に対する配慮を忘れてはならない。

ただし、彼らをペルソナとして含めるかどうかという話は別である。かならずしもペルソナとして含めておかなくても、コンセプトデザインのレビューなどの際に、不自由者にとって問題はないか、高齢者にとって問題はないか、彼らが進んで使ってみたくなるようなものになっているか、という概念的チェックをすることで良いと思う。もちろん不自由者や高齢者の特性についての理解が大前提にはなるが、一応の知識を持っておけば、そうした形のインスペクション(エキスパートレビュー)をやることで一通りのチェックはしたことになるだろう。

今回は、ペルソナの作り方や使い方について、日頃思っていることを心理学的な観点からちょっとまとめてみた。もちろん全てが心理学から導かれるものではないけれど、こうした形でも心理学というのは有用な学問である。誰もが心理学者になる必要はないが、最小限の知識は身につけておきたいものだ。