コンテキスト手法を実施するタイミング:
フィールド調査と日記調査
コンテキスト手法はユーザーの実生活の状況や行動を理解するためのもので、製品やサービスのデザインに役立つ。
UX調査の手法には、ユーザーに仮定の状況を現実の状況のようなふりをしてもらうというものがある。たとえば、ユーザビリティテストでは、参加者にクロアチアに行く次の休暇のためのホテルを予約するタスクが与えられたりする。
また、インタビューやアンケート、フォーカスグループなどの他のUX調査の方法では、あることを過去にどのように行ったのかをユーザーに説明してもらうことがつきものだ。たとえば、インタビューでは、参加者に一番最近、旅行を予約したときのことについて話してもらうかもしれない。
ユーザーが重要な詳細情報を覚えていたり、本当に旅行の計画を立てているかのように振る舞ってくれることを我々は期待しているわけだが、こうしたユーザー調査の方法だけでは見逃してしまう重要なコンテキスト情報もあるだろう。
一方、そうした調査とは非常に異なるアプローチを取るのがコンテキスト調査だ。この調査では、ユーザーの行動を実際のコンテキスト(文脈)の中で観察する。参加者は、おそらくいくつかの質問に答えること以外は、何か特別なことをするように求められることはない。
コンテキスト手法とは、ユーザーを実際の生活環境の中で調査するユーザー調査の手法だ。コンテキスト手法の目的は、ユーザーの環境やワークフロー、ツール、問題点、習慣について知ることである。一般的なコンテキスト手法には、日記調査、フィールド調査、コンテキストインタビューの3つがある。
用語に関する注意:ここでは、コンテキスト手法という言葉を使っているが、それはこれらの手法がすべて、ユーザーを彼らのコンテキストの中で調べるものだからだ。これらの手法(特に、フィールド調査とコンテキストインタビュー)は、エスノグラフィー手法やフィールド手法とも呼ばれる。
コンテキスト手法が必要な理由
コンテキスト手法を採用すると、その調査の高い生態学的妥当性(外部妥当性のようなもの)を確保できる。言い換えると、ユーザーが実際の生活ではどのように自然に行動するかを正確に理解することができる。
フィールド調査や日記調査は、ユーザーへの理解を深め、ユーザーのエクスペリエンスを向上させる機会を見つけようとしている、デザインプロジェクトの発見フェーズにおいて特に有用だ。また、カスタマージャーニーマップを作成する際にもよく用いられる。
これらの手法によって、以下のことを明らかにすることができる:
- ユーザーがやると我々が「信じている」ことと、彼らが実際にやることとの相違
- ユーザーがやると「言う」ことと、彼らが実際にやることの違い
- ユーザーがタスクを完了させる間に利用する追加のツールや、一緒に作業する人
- ユーザーの作業中によく起こる中断
- 製品やサービスがユーザーのニーズに完全には適合しない場合に彼らが取る回避策
- 習慣やルーティン
- エッジケース
次の各セクションでは、我々は、航空券やホテル、レンタカー、ツアーを予約できる旅行予約サイトのデザインを担当しているとする。
予想していたユーザーの行動と実際のユーザーの行動との相違
よく我々はユーザーが自社の製品やサービスをどのように使うかについて推測をするが、こうした推測は必ずしも現実と一致しない。現実の世界のほうがずっと厄介であり、現実のすべての状況を考慮することは、経験豊富で才能のあるデザイナーであっても不可能だからだ。
時間をかけてこうした相違を知ることで、ユーザーに対する理解が深まる。そして、ユーザーの実際の行動に合うようにエクスペリエンスを調整することができるのである。
コンテキスト手法 | 日記調査 |
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調査結果 | 我々は、当初、旅行の計画というのは一度に終わるものだと考えていた。しかし、調査では、ほとんどのユーザーが非常にゆっくりと長い時間をかけて計画を立てていた。 |
デザインへの影響 | 訪問者が旅行予約サイトに戻るたびに、中断したページからすぐ再開できるようにする新しい機能を実装する。 |
ユーザーの言うこととやることの違い
(たとえば、インタビューやアンケートなどで)ユーザーに典型的な行動や過去の行動について尋ねると、得られた情報が不正確なことがよくある。こうなってしまうのにはさまざまな理由があるが、一般には、人間に先天的に備わっているバイアス(先入観)と記憶の限界がその原因である。
ユーザビリティテストのような観察ベースの方法以外に、コンテキスト手法でもこうした不一致を把握することができる。
コンテキスト手法 | 日記調査 |
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調査結果 | アンケートでは、ほとんどの回答者が、旅行の計画はいつも週末に行うと答えていた。しかし、日記調査を通して、多くの参加者が平日の夜に旅行の計画を立てていることに気づいた。 |
デザインへの影響 | こうした行動パターンを考慮して、A/Bテストを実施するタイミングを決める。 |
追加のツールと一緒に作業をする人
ユーザビリティテストを実施する際、我々は特定の製品に過度に集中する傾向がある。このアプローチが必ずしも間違っているわけではない。たとえば、特定のUI内の問題を発見する作業を行うときにはこうしたやり方が必要だからだ。しかし、コンテキスト手法を使わないと、ユーザーが自社製品を他のツールや他社製品とどのように一緒に使っているのかを理解する機会を逃すかもしれない。
たとえば、ユーザーの多くが複雑なアプリを利用しながらペンと紙で何かを書き留める必要があることがわかったとしよう。これはあまりにも多くの情報を短期記憶に残すように我々がユーザーに求めていることを示している可能性がある。
また、ユーザビリティテストは、通常、一度に1人のユーザーを対象に実施されるが、このやり方ではユーザーが実際にタスクを完了する方法が反映されていないかもしれない。たとえば、ユーザーはパートナーと何かを話し合ったり、同僚の承認を得たりする必要があるかもしれないし、テクノロジーを使いこなせないユーザーは、そうしたことに詳しい家族の助けを必要とすることもあるのではないか。
コンテキスト手法 | フィールド調査 |
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調査結果 | ユーザーは、1人またはそれ以上の人と一緒に旅行の計画を立てることが多かった。彼らは頻繁に選択肢を共有し、その旅行中、どこに泊まり、何をするかについて話し合っていた。こうしたことは、多くの場合、テキストメッセージや電子メールを通じて行われていたが、直接会ってオフラインで行われることもあった。 |
デザインへの影響 | 後で相談できるように、選択肢をすぐ保存できるようにする。「共有する」というボタンを提供する。さらに、投票機能も追加して、大人数で、最も人気のある選択肢を決めやすくする。 |
よく起こる中断
ユーザビリティテストに参加している間、参加者は目の前のタスクにずっと集中している可能性が高い。しかし、現実の世界では、ユーザーは1つのタスクが完了するまで常にそのタスクだけに集中できるとは限らない。マルチタスクをしたり、タスクの実行中に発生した混乱に対処したり、別のタスクを先に完了させるために今の作業を一時的に中断しなければならないこともあるかもしれない。
コンテキスト手法 | フィールド調査 |
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調査結果 | 旅行の計画を立てている途中で、パスポートなどの書類や旅行ガイドなどの資料を取ってくるために、旅行の手配の作業を一時的に中断しなければならないことがよくあった。 |
デザインへの影響 | 必要な書類のリストを提供し、手配を開始する前にそれらを集めておくことを促して、タスクの途中での中断を減らす。 |
回避策
人間は臨機応変に対応するものだ。デザインが自分の必要とするものと完全に一致しない場合、それを回避する方法を見つけるのである。
景観デザインにおける「けもの道」(desire paths)という現象について考えてみよう。目的地までのルートを短縮できるのであれば、人はしばしば美しい芝生をも踏みつけるのである。(こうしたけもの道の写真をひたすら集めるグループがFlickrにはある)。
ユーザーが取った回避策は、デザインの失敗を示すシグナルであることが多い。それを我々は改善の機会ととらえることができるだろう。
コンテキスト手法 | フィールド調査 |
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調査結果 | 旅行の計画を立てている最中に、ユーザーは、多くの場合、1つのタブに我々のサイトを表示し、もう1つのタブにGoogleマップを表示していた。彼らは2つのタブの間を行ったり来たりして、訪問する予定の都市の地理を理解しようとしていた。このプロセスは面倒だし、非効率だった。 |
デザインへの影響 | ホテルをどこにするかを決めやすくするために、その土地の観光スポット(空港、ランドマーク、名所旧跡、レストラン、バー)を地図上で強調表示する。 |
習慣やルーティン
ユーザビリティテストのような手法では、ユーザーの行動情報を比較的短い時間(通常は1~2時間)で入手する。したがって、ユーザビリティテストは、長い期間(数日や数週間、数か月)にわたって取る行動について知るには有用ではない。
コンテキスト手法(特に日記調査)は、ユーザーが頻繁に取る行動を明らかにすることができる。こうした行動は、ユーザーがあまり意識していない習慣やルーティンの形をとることが多く、インタビュー中に過去の行動について尋ねられたときに言及するのを忘れてしまう可能性がある。
コンテキスト手法 | 日記調査 |
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調査結果 | 次の旅行を検討している間、ユーザーは安くなっていることを期待して、毎週、航空券の価格をチェックすることが多かった。 |
デザインへの影響 | プライスアラート機能を追加する。ユーザーが特定の航空便への関心を示すと、価格の最新情報がEメールまたはテキストメッセージで送られてくる。 |
エッジケース
製品に対してユーザーが希望するあらゆる利用方法に備えるのは不可能だが、コンテキスト手法によって、予想外の状況や意外なユーザーのニーズを明らかにすることができる。
コンテキスト手法 | フィールド調査 |
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調査結果 | 犬を連れて旅行に行く予定の参加者が数人いた。彼らはすべての航空便とホテルのペット規定を確認する必要があった。 |
デザインへの影響 | 「ペットフレンドリー」という専用のフィルターを追加し、ペットと一緒に旅行するときの選択肢をすばやく確認できるようにする。 |
どのコンテキスト手法をいつ使うべきか
それぞれの業務に適したコンテキスト手法は、調査課題によって異なってくる。そのため、まず、それぞれの手法がどのようなものかを理解することが重要である。
日記調査では、参加者は、一定の期間(数日か数週間、またはそれ以上)にわたって自分のエクスペリエンス(思考、感情、行動)を記録する。リサーチャーは、通常、事前または調査期間中に数回、入力を依頼するメッセージを表示して、参加者に回答を促す。日記調査の参加者は、写真や動画、書面による提出物を提供し、リサーチャーは、調査期間中に提出された内容についてフォローアップ質問をする。(また、多くの場合、日記調査の期間終了後に、確認のためのラップアップインタビューも実施する)。
フィールド調査では、参加者は、普段の環境(自宅やオフィスなど)で日常生活を続け、その間、リサーチャーは、参加者の行動や環境を観察して記録する。リサーチャーは、参加者の邪魔をしないことに集中し、「壁にとまっているハエ」のように可能な限りひっそりと観察するように努力する。フィールド調査の時間は、1時間から1日程度だが、それ以上続くこともある(とはいえ、1〜2時間が一般的である)。
コンテキストインタビューは、観察とインタビューを組み合わせた特殊なフィールド調査だ。従来のフィールド調査では、観察が重視され、参加者の作業を中断させたり、彼らとやり取りをすることはなかった。それに対して、コンテキストインタビューでは、リサーチャーは、参加者の行動への理解を深め、その理解が正しいことを検証するために、インタビューを行う。たとえば、リサーチャーは、参加者の典型的な1日とよく行うタスクについて知るために短いインタビューを最初に行い、その後、参加者を観察しながら、観察した内容について明確化のための質問をする。
以下の表は、日記調査と、フィールド調査やコンテキストインタビューなどのエスノグラフィックな手法との違いを示したものである。
フィールド調査とコンテキストインタビュー | 日記調査 | |
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収集するデータの種類 | 主に行動に関するデータ。インタビューの質問から収集した態度に関するデータも多少あり。 | 主に態度に関するデータ(行動に関するデータは自己申告によるものが多い)。 |
リサーチャーの居場所 | ユーザーと同じ(その場) | リモート |
標準的な調査期間 | 数時間 | 数日から数週間 |
コミュケーション | 同時(セッション中、リサーチャーはユーザーとやり取りをする) | ほとんどが非同時(リサーチャーは通常、日記調査の提出内容が登録された後、それを受信し、内容を確認してから応答をする) |
収集するコンテキストデータの種類 | 環境:ユーザーが目的を達成するために関わる人、物、システム | 記入されたイベントに関連するコンテキスト(時間、場所など)やユーザーの行動および反応 |
一般的な欠点 | 観察されていることで、ユーザーが自分の行動を変えてしまう可能性がある | 参加者が調査対象のイベントやその詳細情報を記入しない可能性がある |
調査課題 | ユーザーは、普段の環境で特定のタスクをどのように実行するのか | ユーザーは、その製品を長期にわたってどのように利用するのか。すなわち、彼らは時間のかかるタスクをどのように実行するのか |
旅行の計画の例に戻り、旅行を予約するときの包括的なエクスペリエンスがどのようなものかを知りたいとしよう。そのためには、我々は日記調査を選ぶだろう。このタスクでは、旅行中にやることを決める作業に、何日も、あるいは何週間もかかる可能性があるからだ。
フィールド調査やコンテキストインタビューでは、旅行の計画を立てる過程での重要な活動やイベントをすべて把握しきれないこともありうる。しかし、日記調査なら、旅行の計画を立てようとしている参加者をリクルートすれば、旅行に関連するあらゆる活動の記録をつけてもらえるだろう。
その一方で、ユーザーがWebを利用してどのように旅行に申し込むのかを知りたいのなら、フィールド調査やコンテキストインタビューが最適だ。参加者にこちらが観察できるようになるまで旅行を予約するのを待ってもらってから、自分たちが一緒にいるときに、彼らの普段の環境で適切な旅行ツアーを見つけるための設定(デバイスとブラウザ)と方法(他の人と一緒にやるのか、ブックマークを参照するのか、メモを取るのかなど)を見せてもらえばよい。
要約
日記調査、フィールド調査、コンテキストインタビューという3つの手法は、ユーザーのコンテキストについての情報、すなわち、実生活での状況やエクスペリエンスに関する情報を提供してくれる。ユーザーが普段の環境で、どのようにタスクを実行するのかを知りたい場合は、観察的な手法(フィールド調査やコンテキストインタビュー)を利用しよう。一方、ユーザーエクスペリエンスがどのようなものかを長期にわたって知りたい場合には、日記調査を利用するといいだろう。
さらに詳しくは
これらの手法についてさらに詳しくは、Context Methods study guideを参照してほしい。
コンテキスト手法および、ユーザビリティテストやインタビューなどの他の定性的な調査方法に関するさらに詳細な情報については、我々の1日トレーニングコース「Context Methods: Ethnographic User Research」や、1週間のトレーニングシリーズ「Qualitative Research」を検討してみてほしい。