建築におけるユーザビリティ 2/2 事例としてのダンジョン渋谷駅の認知性

建築におけるユーザビリティ、特に認知性に関する事例として、渋谷駅とその周辺を取り上げてみたい。巨大なダンジョンになりつつあるという印象の渋谷駅は、建築物の認知性という観点から関心があったのだ。

  • 黒須教授
  • 2024年9月9日

渋谷駅の認知性の今昔

今回は、建築におけるユーザビリティ、特に認知性に関する事例として、その分かりにくさが話題になっている渋谷駅とその周辺を取り上げてみたい。ネットには、分かりにくい駅についてのランキングというものがあるが、そのトップ、ないしは上位に位置づけられているのが渋谷駅である。たとえば

乗り換えが複雑な「首都圏の駅」ランキングTOP15! 「新宿駅」を抑えた1位は?【2021年投票結果】(1/4) | ライフ ねとらぼリサーチ (itmedia.co.jp)

複雑?混みすぎ?「残念なターミナル駅」10選 大都会の重要な駅なのに、ここはおかしい | 独断で選ぶ鉄道ベスト10 | 東洋経済オンライン (toyokeizai.net)

などでは渋谷は全国第一位にランクされている。

筆者は若い頃から渋谷駅を利用していたが、利用する範囲が、井の頭線からJRないし銀座線への乗り換え、井の頭線からハチ公広場といった限られた範囲であったため、特に不便は感じていなかった。社会人になってからは、半蔵門線も利用するようになったが、東急東横線はほぼほぼ利用していなかったし、JRについてはほとんどの場合が山手線であった。また、待合場所としてもモアイ像は使わなかったし、バス停も利用しなかったので、かなり行動範囲は限定されていたといえるだろう。出歩く場所も東横デパート、東急文化会館、東急ハンズ、西武百貨店、PARCO、NHKホールあたりが主で、マークシティができた時にはちょっと困惑したことはあったが、道玄坂から渋谷駅までのルートにもじきに慣れた。

もっとも、電車よりクルマでの移動が主だったので、渋谷という場所は駅というよりは国道246や明治通りなどでの通過点に過ぎず、駅やその周辺に関しては、ほぼ初心者並みだったといえる。だからヒカリエができた時も、見物がてら一度行ってはみたものの、何かごちゃごちゃした処だなあ、という印象を持っただけである。

そのほかの場所、たとえばMIYASHITA PARKとか、セルリアンタワーとか、渋谷ストリームなどなどは、立ち入ったこともない。最近は、何やら工事中の箇所が増え、巨大ビルも立ち並ぶようになったので、特に行く用事がないということもあって、すっかりご無沙汰している。とにかく巨大なダンジョンになりつつあるという印象だけは持っており、自分には無理な場所だなあと思っている。

そのダンジョン具合

渋谷駅は、自分とは縁遠いものと思う一方で、その認知性については興味があった。小田急と井の頭線の交わる下北沢駅ですら、ちょっと迷子になってしまう自分であったため、建築物の認知性という観点から関心があったのだ。

サイト検索をして、渋谷駅が分かりにくい駅のトップないし上位にランクしているのを見て、さらに興味が募った。そこでYouTubeを検索したところ、「わかりにくい渋谷駅」といったタイトルのコンテンツがぞろぞろと出てきて驚いた。

そのなかでも、次のサイトはCGを交えた移動撮影で構成されており、しかも出発点を山手線のホームに統一してあるので、興味深かった。しかし、作者のまっつんつんさんの苦労にもかかわらず、というか、作者もその複雑さを強調したかったのかと思うのだが、2,3回見ただけでは渋谷駅の認知モデルを構築することはできなかった。これじゃ、絶対に迷子になるだろうな、と思わされた。

2030年のJR渋谷駅をCG化しました!工事だらけの渋谷、全て完成したらどういう姿に?未来の渋谷を探検しよう〜

それで、改めてその全容を知りたいと思って検索して、次のサイトを見つけた。

渋谷駅/G01/Z01/F16 | 路線・駅の情報 | 東京メトロ

そこには、図1のような図面が表示されていた。これを描いたイラストレータさんの苦労がしのばれるのだが、道に迷った人がこれを見ても「ああ、こういけばいいのか」とはならないだろうと思われるものだ。

図1 渋谷駅構内立体図(渋谷駅/G01/Z01/F16 | 路線・駅の情報 | 東京メトロ)

実に巧みに描かれているとは思うのだが、(通常、現在地はマーキングされているので)現在地が把握できたとして、目的地を同定するにも手間がかかりそうだし、そこまでの経路を見つけるのも大変そうだ。そもそも実世界でその経路の通りに歩いてゆけるかどうかも難しそうだ。この立体図がパンフレットになっていてそれを持ちながら歩いてゆくか、スマホのアプリになっていて現在地が常に画面に表示されるようになっているならまだしも、壁面に固定された図版では、構造の複雑さに圧倒されるという愉しみは味わえるかもしれないが、実用性はない。

現在の改良工事が完了したときの3階(と2階)における乗り換え動線イメージとしてJR東日本が提供しているのが図2のようなものではあるが、地上3階、地下5階の駅のうち、分かりやすい3階と2階に限定したこの図面だけでもシンプルとはいいがたい。もっとも人影らしき点々が邪魔になっているので、単なるイメージ図として見るべきものかもしれないが。

図2 工事終了後の3階と2階における経路図(JR渋谷駅改良工事の本体工事着手について – 20150712.pdfより)

表示の改善法

それでは、この複雑な構造をどのようにして利用者に把握させるか、その具体策を考えてみたい。前回、直線や直角、平行線を多用した「デザイン性」の高い案内図を批判的に紹介した筆者だが、それは実態からかけ離れたデザインを批判したのであって、グラフィックによる単純化そのものを批判したわけではない。いいかえれば、図1のような過剰に複雑な構造体については、ある程度の、というよりはかなりの単純化が必要なのではないか、ということである。それは人間の短期記憶容量とされている7±2や4±1のような量的限界と同じようなことが、構造体の認知モデルの複雑さについても言えるだろうと考えるからである。

たとえば図3を見ていただきたい。これは渋谷駅をわかりやすい構内図で完全攻略!迷わないためのポイント総まとめ! | 東京一人旅男子というサイトに掲載されていた図面なのだが、実によく整理された構造図になっている。

図3 渋谷駅界隈の単純化した平面図(渋谷駅をわかりやすい構内図で完全攻略!迷わないためのポイント総まとめ! | 東京一人旅男子)

この平面図では、地上3階、地下5階という立体性は失われているが、平面図としては一定の効果を発揮している。例えば、井の頭線からJRに乗るには、どのような方向に歩いて行けばよいのか、東横線から半蔵門線に乗り換えるには、どのような方向に行けばよいのかは理解できるだろう。あとは図4のような階層性を把握すればよい。どの場所にあるどのエスカレータにのればいいかというようなことよりも、まずは平面配置と階層構造を把握することが先決である。それが把握できていれば、なすべき行動の基本はできあがっているので、それに対応したエスカレータなり階段なりを選択すれば良いのだ。

図4 渋谷駅界隈の単純化した階層構造図(図3と同じ出典)

外部世界との対応関係

図3や図4は、問題解決のためのひとつの方法だが、立体構造体のなかにいるときの問題のひとつは、構造体の外にある世界との対応関係の把握が困難なことである。たとえば、かつて存在していた東横デパートから東急文化会館にゆく立体通路のことを思い出していただきたい。今なら、井の頭線からJRや銀座線にゆくときに見える開けた窓のことでもいい。ともかく外部世界が窓を通してみることができると、外部世界にある世界と現在の自分の立ち位置の把握が容易になる。

だからこそ、地下に入ってしまうと外部世界との断絶が際立ってしまうのだ。現在改造工事が進行中の新宿西口広場は、開口部から外部世界がのぞいていることから、地下でありながら自分の現在位置の把握が比較的容易になっていた。この場合の開口部は、ランドマークの一種になっていたともいえる。改造工事後も、この開口部はVOIDとして残されるそうなので、ランドマーク機能は果たし続けることになるだろう。

地下通路や地下街において顕著になる、そうした自己定位の喪失から人々を救うための対策の一つとして、筆者はARの技術を利用したらどうかなどと考えてみることがある。地下通路や地下街からその上部や外部が透けて見えるようなスマホアプリがあればいいのでは、という発想である。どんなものだろう。透けて見えるようにすること以外にも、スマホを活用して、見えない構造を可視化する試みはもっと行われていいのではないだろうか。

最後に

最後に一言。地図やアプリによって人々を補助する仕組みができることは望ましいと言えるが、そもそもの構造体の建築において、その認知性を高めるための努力がもっと行われるべきなのではないだろうか。建築家のマインドが切り替わり、新規性や審美性だけでなく、認知性を重視するようになることがまず必要だろう。

当然、そのためには「どうすれば環境の認知性を高められるのか、環境の認知性を阻害する要因は何なのか」ということを、心理学者が中心になってまとめあげ、建築関係者のマインドアップにつなげるようにする努力も必要だろう。特に、分かりにくくなる原因の説明よりは、どうすれば分かりやすくなるのか、という点についての説明が必要である。

心理学者は、とかく世間の現象を「心理学的」に分析し、説明することには長けているが、じゃあどうすればいいのかをなかなか明瞭に語ってくれない傾向がある。こうした点が改善され、建築家とのコラボレーションが確立されれば、少なくとも今回取り上げた渋谷駅ダンジョンのような事例は減らすことができるだろう。