なぜ問題は無くならないのか

ユーザビリティやUXに関する問題を無くすには、問題が残っていることを開発サイドが認識する必要がある。また、それらに関する情報が届いていない人たちに、持続的に届く仕組みが必要なのではないか。

  • 黒須教授
  • 2025年1月15日

問題は残り続ける

1980年ごろにユーザビリティに関連した活動が始まったとき、それは主に人間工学の領域での活動だったわけだが、それからすでに半世紀近い年月がたっている。それにも関わらず、世の中にはユーザビリティに関して欠陥のある製品やシステムやサービスがあり、UXが満たされるとはいえない状態が続いているのはどうしたことだろう。

たとえば緑と赤に発光するダイオードを、充電が完了したら緑に、充電中の時は赤に光らせるという色覚障害者にやさしくないインタフェースは、いまだに多くのバッテリー充電器で使われている。また、とあるネットスーパーでlasagneが食べたくて検索するときに「ラザーニャ」とか「ラザニャ」とか入力してやっても何もでてこず、正解が「ラザニア」だったことがある。この程度の表現の揺れは吸収してくれるインタフェースじゃないと使い物にならんなあ、と思っていたら、さきほど「ラザーニャ」で再検索したらLasagnaが表示された。少しずつはインタフェースが改善されているらしいが、それにしても困ったことだ。

まあ、ユーザ側の努力が足りないという見方ができる事例もある。たとえばMS Wordを使ってレポートを作成してページ番号を振りたいとか、目次を作成したいという時に、「どうやったらいいのか分からない」学生が結構でてきていて困る、と嘆いている知人の私学の准教授がいた。MS Excelだったらソートができないでいる学生もいる、とのことだ。これなどChatGPTを使うまでもなく、普通にネット検索をすれば回答が得られるだろうレベルのことなのに、それをやらずに「困った、困った」というユーザがいるというのは、インタフェースのユーザビリティの問題なんだろうか。ユーザの努力不足というべきなのだろうか。

とはいえ、ユーザが苦労していることは確かだし、その意味でそうした経験をしたユーザのUXがポジティブとは言えないのもその通りである。こうしたユーザがいることも予想して、インタフェースを設計する際には可能な限り事前の対応を施しておくべきだろう。いいかえれば、MS製品、特にExcelは機能が多すぎて、すべての機能を使い切ることは無理に近いし、そのなかから目的とする機能を見つけることが困難であることも確かである。その意味では、ヘルプ機能を充実させて、たとえば「このデータ全体を人口密度の順番にソートするにはどうしたらいいのか」「この原稿に目次を作りたいがどうしたらいいのか」といったAIを活用した自然言語によるインタフェースを無料で利用できるような環境整備が必要だろう。

ExcelなどでAIが使えるサービスもあるようだが、まずMicrosoft 365 Personal/Family (月額1490円/2100円)に加入し、さらに追加のサブスクCopiot Proの加入(月額3200円)が必要なようだ。この金額がサービス内容に見合った適正なものだとMSは思っているのだろうか。

こうした事例に限らず、ユーザビリティやUXの問題は残り続けている。それを無くすためには、まずそうした問題が残っていることを開発サイドが認識する必要があるが、ユーザビリティやUXについて、ある程度の予備知識があれば問題が残されているのだという認識は可能になるかもしれない。しかし、世の中は広い。いろいろな人がいる。その中には、ユーザビリティやUXに関する情報が届いていてしかるべきであるにも関わらず、いまだにそれを知らない、聞いたこともない、という人がいる可能性がある。筆者としては、情報が届いてしかるべきだと考えるのは日本人全体なのではあるが。

なお、そのような情報が日本人全体に届いてほしいと考えるのは、製品やサービスの提供側だけが理解するのではなく、利用者の側も、自分の支払った対価として、つまり当然の権利としてユーザビリティやUXを意識するようになるべきだと思っているからだ。そのため、全国民にユーザビリティやUXという概念が、たとえ素朴な形であれ、認識されていてほしいと考えている。そうでなければ、現在以上のユーザビリティやUXの普及は困難だろう。

対応策のひとつになるか…

我々HCDの関係者はユーザビリティやUXという考え方の普及に向けてそれなりに努力を積み重ねてきたと思う。HCD-Netという組織を作り、講演会を開催したり、研究発表会を実施したり、そしてつい最近は学術団体としての認定を受けるまでになった。そして現在は1300人以上の会員を擁する組織となっている。また、HCD-Net以外の組織もがんばっているし、多くの組織にユーザビリティやUXに関連する部署が設置されるようにもなった。

しかし、それでも…なのである。ユーザビリティやUXに関する情報が、いや、ユーザビリティやUXというキーワードすら届いていない人たちが大勢いる、ということのようだ。

先日、リモ新年会をした折に、「どうしたもんかねぇ」と話を振ってみた。「やっぱりマスメディアに載らないとだめなんじゃない?」「テレビに出演するほどのスターがでてこないとなあ」などの意見がでた。しかし「単発の記事や番組で紹介される程度じゃ、だめなんじゃね?」という声もあった。たしかに僕もそう思った。単発の新聞記事程度では、まず目につかないかもしれないし、多分、すぐに忘れられてしまうだろう。もっと持続的、継続的に人々の耳に届くような仕組みが必要なのではないか。

昨年、「黒須のユーザ工学入門」というYouTubeチャンネルを立ち上げた。いくつか映像を作ってはみたものの、現在は休止中である。理由は簡単。訪問者の伸びが悪いからである。しかし、一般のユーチューバーのようなチャンネルづくりにするつもりはない。数が取れることは大事だが、どのように受け止められるかを考えておかねばならないし、数を取ることは自分の役目ではないだろう、とも思っている。

そこで一つの思い付きが浮かんだ。ユーザビリティやUXをネタにする芸人がでてくること、だ。「Uくんでーす」「Xくんでーす」「二人合わせてUXですっ」というような感じで登場してくれるわけだ。BADUI、つまりバッドユーザインタフェースについては学会誌に記事も載っているし、単行本もでているくらいで、悪いUIの事例には事欠かない。それを使った場面で失敗したり、腹が立ったりした話を盛り込むことで、芸人が笑いをとることはできないのだろうか、ということである。

「うーん、できればいいけど、うまくいくかなあ」という反応が返ってきたけれど、芸人がとりあげてくれて、いろいろな番組でネタを披露してくれれば比較的継続的にユーザビリティやUXの問題についてアピールすることができるのではないか…などと考えた。まあ、その芸人の才覚や演出の仕方によるところが大きいとは思うが、正月の夢としてそんなことを考えた次第である。

ビジネス関係者は数が多いのだから、もっと正攻法で行くべきだ、という意見もありうるが、まあ、正月の夢としてお許し願いたい。