人間中心設計はイノベーションとヒット商品開発のためのアプローチか

HCDは改善を目指して使ってゆくべきだ。イノベーションが一流で改善は二流、という思い込みは大変危険なものだ。もっと地に足の付いた改善活動を、そして良い点は継承し、悪い点を改善することによって、人工物を着実に進化させてゆくことが大切なのだ。

イノベーションとヒット商品

イノベーション流行りである。また、イノベーションが商品化されれば、それはヒットするという短絡的な考え方も広く流布しているようだ。さらに、ヒット商品を出すためにはイノベーションがなければならない、という信仰まで広がっているように思う。

いずれもマーケティング関係者が仕掛け、製造業や販売業の人達、あるいは企業経営者が喜んで乗っかっているシナリオだが、府省の方も図右側のサイクルのようなイノベーションによる新製品・サービス設計から新産業創出を鼓舞している。この図は2007年に出されたものだが、特にロジックが古いとは思えない。いまだに、同じようなロジックが通用しているからだ。

感性価値創造イニシアティブ― 第四の価値軸の提案 ―
感性 ☆きらり21報告書(PDF) 2007年5月 経済産業省 P.71より

UCDとイノベーション

まあ、マーケッターや企業関係者が騒いでいるのは構わないが、問題なのはUCDやHCD関係者までが、やたらイノベーションと言い出したことだ。UCDやHCDによってイノベーションが生まれるという幻影をまき散らし、UCDやHCDの社会的認知度を上げようとする気持ちは分かるが、果たしてその通りなのだろうか。

僕は否、と考える。以前から、そう安易にイノベーションと言うこと無かれ、とは言ってきたのだが、どうも、もう少しきちんと言わねばならないように思った次第だ。

イノベーションは、何か斬新なものが欲しいという動機から生まれる。そのことには間違いない。動機無くしてイノベーションはあり得ない。ただ、それは単に新規なものを作りたいというという素朴な気持ちとは違う。もっと必然性に満ちたものだ。少なくとも、自分にとって必要であり、欲しいものを手にしたいという動機が無ければならない。さらに、それがヒット商品となるためには、世の中の人々に共通した動機にもとづいていなければならない。その点では、UCDにおけるユーザ調査をやった方が歩留まりは向上するだろう。したがってUCDやHCDのアプローチがイノベーションにまったく繋がらない、というわけではない。

UCDと改善

しかし、UCDやHCDが効果的なのは、圧倒的に改善の場合が多い。図では左側に書かれているサイクルだ。もちろん最初に行うべきものはユーザ調査である。ただし、このユーザ調査も誤解されている面が強く、ユーザを調べれば何かが出てくるだろうという漠然とした期待で行われていることが多いようだ。そうではなく、人工物進化学の視点にたって、既に特定の目標達成に関する人工物、多くの場合は他社製品や古いバージョン、現在使用されているものに関する経験を調査し、問題点を把握しなければならない。

以前、Kun Pyo Leeと話をしたときに、彼は問題解決型のアプローチは取らないと言っていたけれど、僕はそれは間違っていると思う。たしかに彼の所属するKAISTには優秀な学生が多いだろうと思うけれど、優秀だからイノベーションができるとは限らない。また、問題解決に縛られていては自由な発想ができないというのは、視野の狭さや発想の貧困さから来る言い訳だし、問題を的確に把握しないところに進化はないとも思っている。(そのためにはUXグラフの改訂版(まだ公開していないが)のような手法を使って、これまでの経験における良かった点、悪かった点をきちんと把握することが必要だ。)

もうひとつ問題なのは、企業経営者のおおざっぱな物言いの仕方だ。「諸君は、ただの改善ではなく、もっと大きなイノベーションを狙いなさい」という類の発言である。そもそもイノベーションには才能が必要だが、多くの普通の開発者やデザイナーにそうした才能があるとは、残念ながら思えない。悔しいと思うかもしれないが、そういうことなのだ。反対に、地道に改善を積み上げることで、人工物を着実に進化させることこそがまず大切なのだ。

UCDやHCDにはソフトウェア工学に近いところがある。ソフトウェア工学は、天才的なソフトウェア開発者を相手にはしていない。普通の開発者が、それなりの品質のソフトウェアを開発できるようにするための手順や手法を整備したものだ。僕は、UCDやHCDも同様のものだ、と思っている。一部の天才には、好きなようにやらせておけばいいのだ。我々の多くは、改善を目指してUCDやHCDを使ってゆくべきなのだ。イノベーションが一流で、改善は二流だ、という卑下した思い込みは大変危険なものだと思う。もっと地に足の付いた改善活動を、そして良い点は継承し、悪い点を改善することによって、人工物を着実に進化させてゆくことが大切なのだ。

その意味では、UCDやHCDからヒット商品は生まれにくいかもしれない。でもユーザの被る恩恵は確実に向上する。……まあ、UCDやHCDが企業のトップになかなか受け入れられないのは、彼らがそうした本質を見抜いているからだろう。たしかに、「改善を目指して頑張ろう」では勇ましいスローガンにはならないだろうから。

公開:2016年1月25日
著者:黒須教授

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