ユーザの多様性への対応

人工物の関係者ごとに、必要とするユーザビリティやUXの側面は異なっており、設計開発において考慮すべき点も異なってくる。どのようなユーザにとって人工物のどのような側面が重要であるかどうかを、きちんと認識することが重要だろう。

  • 黒須教授
  • 2023年1月17日

はじめに

ユーザの多様性については、いろいろな区別の仕方があり、筆者も特性、志向性、状況や環境という3つのカテゴリーで表1のような区分を提案したり、ISO/IEC 25010:2011の考え方を改変して、表2のような区分を提案したりしたことがある。これらはユーザの多様性を表すものであり、表1では任意のユーザは表中の特性や志向性、状況や環境のそれぞれの値からなる膨大な組み合わせのひとつとなるため、一人として同じユーザはいない、ということを表している。表2は、表1とは違って、各ユーザは人工物との関係において、表のどれかの行に分類されるというものである。人工物とのかかわり方の多様性を表したものといえる。

ユーザの特性ユーザの志向性利用状況や利用環境
身体特性嗜好経済状態
感覚特性新規性への態度教育水準
知的能力文化地域社会とオンライン社会
心理特性宗教家族構成
年齢、世代伝統回帰傾向生育歴
性別価値態度地理的環境
人種、民族物理的環境
言語安定性
職業意識水準
熟練度健康状態
一時的状況
表1 特性、志向性、状況や環境によるユーザの区分
大分類 小分類
MRI カメラ タクシー
直接ユーザ システムと対話操作する 基本ユーザ
(エンドユーザ)
基本目標の達成のためにシステムを操作する 検査技師 撮影者 運転者
副次ユーザ システムのメンテナンスを行う 病院のサポート担当者
製造企業のサービス担当者
カメラ屋店員
カメラ会社担当者
整備士
間接ユーザ
(ステークホルダー)
システムと対話操作しない 導入決定者 システムの導入を決定する 医局のマネージャ 購入者(撮影者の場合が多い) タクシー会社の管理者
結果運用者 システムの結果を利用する 医師 家族、友人などの閲覧者 乗客
対象者 システムの機能の対象となる 患者 被写体となる人 乗客
表2 ISO/IEC 25010:2011を参考にしたユーザの区分

今回は、こうした枠組み、特に表2を念頭において、果たしてそうしたユーザのカテゴライズがどの程度有意味なものなのかを考えてみたい。

利害関係者という考え方

ユーザについて論じる前に、まず大きな枠組みとして利害関係者という概念について考えてみる必要がある。「システム及びソフトウェア製品の品質要求及び評価(SQuaRE)-システム及びソフトウェア品質モデル」という規格であるISO/IEC 25010:2011 (JIS X 25010:2013)では、利害関係者を次項のように規定している。なお、本稿では、必要に応じてJISとISOやISO/IECの表現を併置して引用する。また引用箇所以外では、JIS X 25010:2013とは異なり“user”に対して「利用者」ではなく「ユーザ」という翻訳表現を用いる。

また、この利害関係者という概念はユーザよりも広いもので、規格3.1の「品質モデル」の部分では「利害関係者とは、例えば、ソフトウェア開発者、システムインテグレータ、取得者、所有者、保守者、請負業者、品質保証及び品質制御の専門家、利用者をいう」となっている。したがって、利害関係者というのはユーザだけでなく様々な関係者を含めているものである。もちろんISO/IEC 25010:2011はシステムやソフトウェアに関する規格なので、インタラクティブシステムとしての製品やシステム、サービスを対象としたISO 9241-210:2019とは多少のずれがあることは致し方ない。

利害関係者とユーザ

JIS X 25010:2013 (ISO/IEC 25010:2011)の「3.6 異なる利害関係者視点からの品質」では、「利害関係者は、次の種類の利用者を含む(Stakeholders include the following types of user)」とされている。「次の種類の利用者」という部分は、ユーザを分類したものと考えることができるが、そこには次のように書かれている。(以下の部分は引用)

  1. 一次利用者 主目的を達成するためにシステムと対話をする人。(Primary user; person who interacts with the system to achieve the primary goals.)
  2. 二次利用者 支援を提供する人。例えば、次の人をいう。(Secondary users who provide support, for example)
    1. コンテンツプロバイダ、システム管理者及び/又はシステム上級管理者、並びにセキュリティ管理者(content provider, system manager/administrator, security manager,)
    2. 保守者、分析者、移植者、設置者(maintainer, analyzer, porter, installer.)
  3. 間接利用者 システムと直接対話をしないが、出力を受け取る人。(Indirect user: person who receives output, but does not interact with the system.)

想定されるユーザの違い

このJIS X 25010:2013という規格では、ユーザをどのように想定するかによって考慮すべき対象範囲が異なってくる、という考えがベースになっている。

そのことは、3.4の「品質モデルの対象」の事例から読み取ることができる。ちょっと長くなるがその部分を引用すると、

コンピュータを利用したフライトコントロールシステムを搭載する飛行機の利用者として乗客を考える場合、利用者が依存するシステムは、航空機搭乗員、機体、フライトコントロールシステムの中のハードウェア及びソフトウェアを含む。利用者として航空機搭乗員を考える場合、利用者が依存するシステムは、機体及びフライトコントロールシステムだけから構成される。

と書かれている。要約すれば、同じ飛行機という人工物に関しても、乗客を考えた場合と、航空機搭乗員を考えた場合では、対象となるものの範囲が違ってくることを示している。

この2つの場合、乗客と航空機搭乗員のことは、おそらく一次ユーザと考えられているのだろう。航空機搭乗員はもちろんインタラクティブ操作をするのだから、彼らをユーザと考えた時には一次ユーザとなるだろう。

他方、乗客は「運んでもらう」人であり、飛行機が出発地から目的地まで移動したという「出力」を受け取ったと考えれば間接ユーザともなるのだろうが、その解釈はちょっと苦しい。乗客だって、座席に座ったらシートベルトをするし、安全に関するビデオを見せられるだろうし、フライト中はトイレを利用したり、ディスプレイを操作して映画を見たりするかもしれない。そうした能動的な行動を行っている以上、単純に出力を受け取る人としては規定しにくい。その意味では、やはり一次ユーザと考えるのが適切なのだろう。

重要なのは、どのようにカテゴリー化するかに関わらず、航空機搭乗員にとっては、インタラクティブ操作のユーザビリティが大切だし、乗客にとっては利用する機内設備のユーザビリティと機内でのUXが重要だ、ということである。

それでは、筆者がよく引き合いに出すMRIの寝台に横たわった患者の場合はどうだろう。まず患者を一次ユーザとして考えてみた場合、彼らは何か「出力」を受け取るのだろうか、何かインタラクティブな操作をするだろうか。否、である。ただ寝台に横たわり、可能なかぎり体を動かさないようにしているだけである。その一次的な目標が身体の検査をしてもらうことだとしても、そのためにシステムとインタラクションをしているわけではない。

それでは、患者は間接ユーザなのだろうか。シンプルにみればそれも否である。彼らは結果を受け取らないからだ。オンライン医療システムを経由して検査結果を受け取るのは医師である。しかし、表2では、間接ユーザのサブカテゴリーに「対象者」というものを入れて、そこに患者を位置付けている。それは「間接」という言葉を「直接ではない」という意味で拡大して考えたからである。

なお、対象をMRIだけでなくMRIを設置している病院という医療サービスに変えてみた場合には、明らかに患者はそのサービスの直接ユーザとなる。

このように、人工物の関係者ごとに、必要とするユーザビリティやUXの側面は異なっており、設計開発において考慮すべき点も異なってくるわけである。したがって、想定すべき(複数の)ユーザ像をきちんと把握せずに設計開発を行ってしまうと、どこかに、あるいは誰かにとって欠陥を含んだ人工物になってしまうだろう。どのようなユーザにとって人工物のどのような側面が重要であるかどうかを、きちんと認識することが重要だろう。