技術に対する信仰とユーザ中心主義
技術信仰と人間中心信仰という二つのドグマは、対立しているだけでは何も良い結果をもたらしてくれない。今はHCDの本義に立ち返って技術中心主義や技術信仰への傾斜を深く反省すべきときだ。
技術の進歩
いわゆる産業革命が近代的な技術というものの先駆けとなったことは良く知られているが、もちろん技術的発明は古代からなされてきた。ピラミッド建築に用いられたであろうレバーや滑車、鉄器時代になって進歩した金属製の武器、ギリシャで発明された水車や歯車などは古代における技術的発明の例といえるし、11世紀ころに発明された風車、15世紀に発明された印刷機や機械式時計、16世紀から17世紀にかけて作られた顕微鏡や望遠鏡などなども、大きな技術的発明だったといえるし、その社会的影響も大きかった。
しかし、その進歩が加速度的に進展するきっかけとなったのは、17世紀から18世紀にかけてのセイヴァリ(Savery, T.)やニューコメン(Newcomen, T.)による蒸気機関の発明であり、それは18世紀後半のワット(Watt, J.)による蒸気機関の飛躍的な改良によって世界のあり様を変化させたといっていい。それまでは人力や家畜、水力や風力に頼っていた動力を大きな力で持続的に発生させるものであり、機械生産による効率的生産や鉄道や蒸気船による大量輸送、雇用の創出などに多大な貢献をするものであった。
さらに19世紀後半における電磁気学の成熟と、ファラデー(Faraday, M.)による電磁誘導、つまり発電の発見、エジソン(Edison, T.)による電灯などの発明、テスラ(Tesla, N.)による交流電流方式の開発、そしてモールス(Morse, S.)による通信技術の発明などがそれに続いた。その後、20世紀に入ってからは、蒸気自動車に続いてガソリン自動車が登場し、フォード(Ford, H.)による大量生産で町の光景は一変した。その他にも、航空機の登場からコンピュータの登場に至る爆発的な技術的進歩が人々を驚かせた。同時に、数々の家電製品やオーディオ機器、公共機器などの登場によって、人々の生活環境は大きな変化を遂げた。
クーリーの人間中心システム
こうして、人々は技術への信頼を深めることになったが、それは技術への信仰ともいえるものだった、とアイルランドのエンジニアであり労働組合指導者でもあったクーリー(Cooley, M.)は述べている。
クーリーについては、あまり広く知られていないように思うが、彼は、ルーカス・エアロスペース社(英国の航空宇宙企業)でエンジニアとして働きながら、労働組合の幹部として「ルーカス・プラン」(1976年)を主導した人物である。これは、軍需産業から民需産業への転換を労働者自身が提案した画期的な試みで、技術者が「何を作るか」を問い直す運動だった。
彼の「人間中心システム」は、単なる使いやすさの追求ではなく、技術が誰のために、何のために存在するのかという根本的な問いから出発している。
クーリーは、
まず最初に論議すべき事柄は、科学や技術変革への抜き難い信仰である。これまでの科学という土壌は浅く貧弱なため、人間性という敏感で貴重な根を植えることができなかった。信仰というのは、ここで使われる限り非常に的を得た言葉である。科学と技術は、中世での宗教と同じで現代では社会の先端にある。その上、科学と技術の熱狂的な信者には、植民地時代の宣教師を思わせるような熱意がある。
『人間復興のテクノロジー』1980
と書いている。信仰、という言葉は一見すると技術という領域とはかけ離れているようであるが、きちんとした理解なしにその恩恵だけを喜んでいる民衆の姿には、たしかに信仰に近いものがあると言えるだろう。
この批判的な視点から、彼は1980年に
「人間中心システム」という言葉を創案した。彼の主張は「これから必要なのは、この種のテクノロジーに逆らって主張することではなく、むしろわれわれの文化的、歴史的、社会的な要求に合う形の科学と技術を真剣に検討し、長期にわたってわれわれの向上心を満たすようなテクノロジーを開発することである。
『人間復興のテクノロジー』1980
という形で、人間の社会や生活に適合的な技術システムを構築することだ、と述べている。
ちなみに、彼の視野はAIをも包含しており、1987年には「AI & Society: Journal of human-centred systems」というジャーナルの創設にも関与している。このジャーナルは現在も続いており、(Aims and scope | AI & SOCIETY)人間中心AI(HCAI)の先駆けとして位置づけられるものである。
HCDとクーリーの考え方
科学技術の進歩は大きな利便性を人々にもたらしたが、同時に、その副作用として技術中心主義をももたらした。その典型的な結果のひとつがユーザビリティの欠如した製品やサービスの蔓延であり、ISOのHCD関連の規格は、そうした状況に対するアンチテーゼとして提起されたものである。20世紀の末には、そうしたユーザビリティに関する問題意識がユーザビリティ工学の発展につながったし、それと同時に、クーリーの人間中心システムや、ノーマン(Norman, D.A.)のユーザ中心システム、ISOの人間中心設計などの類似した考え方が登場しており、時代の大きな転回点だったといえるだろう。その後、問題はユーザビリティの欠如だけではないと考えられるようになり、UXの時代となって現在に至っているわけである。
しかし、20世紀から21世紀に入っても、技術開発は発展し、特にIT関連技術は数々の新しい機器やシステムを提供し、インターネットを活用したウェブ関連の産業も活性化した。スマートフォンや電気自動車、AIなどは革新的な技術の代表であり、時代とともに勢力を増した広告産業の効果もあって、それらの技術が開発したシステムやサービスは、人々の夢を大きく膨れさせることになった。広告産業は、テレビやインターネットで新製品の良い側面ばかりを強調した広告を流し、人々を洗脳しようと躍起になった。資本主義社会では、違法でなく、あるいは人道に違反しないと考えられるやり方であれば、金儲けをすることは善であり、人々は収入を得ようと躍起になった。その結果、ユーザビリティやUXの重要性を強調する人々がいる一方で、人間性や社会にとって望ましいとはいいがたい製品やサービスが、人々の欲望を刺激することによって、社会にはびこってしまう一大勢力となってしまっていた。
こうした状況はクーリーの人間中心システムの考え方からほど遠いものであるが、かといって教条的にその教訓を実践しようとしても、それは新たな信仰体系、つまり中世での宗教と同じことになってしまうといえる。つまり、現代における信仰対立であり、明瞭な形をとらないまでも宗教戦争のような状態になってしまっているのだ。技術信仰と人間中心信仰という二つのドグマは、対立しているだけでは何も良い結果をもたらしてくれない。しかも、前者の勢力の方が圧倒的に強いのだ。そして後者のなかには、「良いUXは売れる商品をもたらす」という裏切りに近いような言説を唱えるような者たちも少なくない。
今はHCDの本義に立ち返って技術中心主義や技術信仰への傾斜を深く反省すべきときなのに、技術のもたらす不便益に対する理解が足りないために、その枠のなかにとらわれてしまっている人々が大勢いる。クーリーが現代のこの状況を見たら、どう思うであろうか。HCDの形骸化した状況を見たら、なんと言うだろうか。出ては消え、消えては出てくるクーリーのような人々の連鎖が続くことが、そうした動きを絶やさないために必要なことだろう。筆者も、その連鎖に連なるつもりで活動しているが、いかんせん相手方の力は強い。もっともっと多くの技術者やデザイナーが自分たちの行いを反省することも必要だが、その生産品を受容する生活者の一人一人がもっと深い自覚を持つことが必要だろう。自分の一挙手一投足のあり方が、自分自身の明日を創ってしまっている、ということを深く考えるべきだろう。
記事で述べられている意見・見解は執筆者等のものであり、株式会社イードの公式な立場・方針を示すものではありません。