『人間中心設計におけるユーザー調査』の出版

題記の本が近代科学社からHCDライブラリーの一冊として出版されたので、この場をお借りして紹介させていただくことにする。

  • 黒須教授
  • 2021年11月25日

HCDライブラリーの刊行

このライブラリーは、近代科学社の社長(当時)の小山透さんの肝いりで、HCD-Net広報活動の一部という位置づけも兼ねて、2008年12月に最初の企画が立てられた。当初は全3巻構成の予定だったが、その後、著者も構成も変化し、次のようになった。

  1. 人間中心設計入門 (2016)
  2. 人間中心設計の基礎 (2013) (出版時の記事「人間中心設計の基礎、刊行」)
  3. 人間中心設計の海外事例 (2013)
  4. 人間中心設計の国内事例 (2014)
  5. 人間中心設計のマネジメント (近刊)
  6. 人間中心設計におけるユーザー調査 (2021)
  7. 人間中心設計におけるデザイン (未刊)
  8. 人間中心設計における評価 (2019)

今回刊行された『人間中心設計におけるユーザー調査』はその第5巻に相当する。巻数の順番ではなく、執筆が完了したものから出版してきたため、ボコボコと穴の開いたような形になってしまっている。

特に第5巻から第7巻までは、調査をして、その結果をもとにしてデザインをして、デザインしたものを評価する、というHCDの一連の流れを三分割した形で連続する内容になるように企画された。いまは、間にはさまったデザインの第6巻がうまく前後をつなぐものになってくれることを祈るばかりである。

本書の特色

本書の特色は以下の二点に集約される。

1. インタビューデータの分析手法を具体的に説明している

Amazonで見ていると、最近、インタビューに関する本が多く出版されていることがわかる。質的調査とかユーザ調査が以前よりも多く行われるようになったからだと思われ、それ自体は喜ばしいことである。ただ、それらを見てみると、インタビューの準備や実施のやり方は詳しく書いてあるものの、結果の処理についてはあまり触れられていない。インタビューすればその内容はわかるでしょ、というスタンスのようである。

しかし、インタビュー調査をして、なにかが分かった気持ちになっても、きちんと内容を整理し、分析しないことには、忘れてしまうこともあるだろうし、バランスを欠いた分析になってしまうこともある。だからインタビューデータの分析は不可欠といえる。

本書では、インタビューの準備や実施法についても説明しているが、後半ではデータの分析方法に力を入れて説明している。以前だったらGTA (Grounded Theory Approach)をやりましょう、となるのかもしれないが、GTAは看護学などの分野ではよく使われているようだが、HCDのユーザ調査で実施するにはまず手軽さという点で難がある。また、これはどの手法についても一般的に言えることではあるが、習熟しないと使えず、使えるようになるまでに時間がかかる。

そうした経緯からMGTA (Modified GTA)という手法も開発されたが、本書で採用したSCATは、GTA風でありながら、かなり簡便に構成されていて、修士論文や博士論文などでもよく使われている。実際、開発者の名古屋大学の大谷先生の事例入り論文を読ませただけで、結構、学生にもそれなりの分析ができることを筆者は経験している。ただ、そうはいっても、ある程度の分析の慣れ不慣れはあるようで、本書では、学生の分析事例と共著者の橋爪さん(法政大学)による分析事例とを対比的に示している。

もうひとつ取り上げたのはKJ法である。これは特に説明を要しないと思われるが、ともかくデータ分析において比較的多く利用されていると思われたので、含めることにした。ただ、それでも慣れ不慣れの違いはあるようで、ここでも橋爪さんの分析例を学生の分析例と対比的に例示している。

さらに、三つ目の手法として1999年に共立出版から出したユーザ工学入門』(絶版)でも紹介した、ホルツブラットたちの文脈におけるデザイン手法(contextual design)のための分析法であるワークモデル(work model)を取り上げた。『ユーザ工学入門』ではそこで止まっていたが、ホルツブラット達はその後二つのやり方を提示しており、特に最近の著書で紹介しているエクスペリエンスモデル(experience model)は、国内ではまだ言及しているサイトを見たことがないし、ワークモデルの改変版としてそれなりに面白い手法でもあるので、それも含めて紹介することにした。この場合は、学生に授業で説明をしていなかったので、筆者(黒須と橋爪)によるサンプル事例だけである。

これら三つの手法を全く同じインタビューデータに適用して見せたことで、それぞれの手法の特長が明瞭に示せたのではないかと思っている。

2. インタビューのフルデータを掲載している

本書では、橋爪さんの授業を受講している学生のデータを利用させてもらった。授業では焦点課題の設定、リサーチクエスチョンの立て方などを教え、インタビューの実施上の留意点についても教え、インタビューを実施させて書き起こしまでをさせていた。そうした学生のデータのなかから優秀なものをひとつ選んでサンプルとして使用させてもらった。

インタビューは30分にわたるものだったが、その書き起こしデータをすべて掲載し、それぞれの発話について適宜コメントをつけている。そして、そのデータをもとにして、上記の三手法を適用した、というわけである。

このような形で一貫性のある内容を掲載したユーザ調査の書籍はこれまでになかったものであり、本書の大きな特徴である。

ちょっと残念だったこと

このように類書にない特徴をもつ本書は、ユーザ調査の初心者から中級者にとって適当な参考書となると思われるのだが、ちょっと残念な点もある。

それは、価格を3,000円に抑えるため(実際は3,080円となった)、紙質を落とし、他のHCDライブラリーで採用していた二色刷りを単色刷りにしたことである。紙質の関係もあり、本の厚さも少し薄くなってしまった。あと、書名の問題もある。他書がアピーリングな書名にしているのに対して、ライブラリーの全体との関係があるため『人間中心設計におけるユーザー調査』という地味なものになってしまったことである。また本の中の書き方も、いわゆる楽し気なイラストがなく、実質的な解説のための図版だけになってしまった点、近年のコミックに慣れた世代にはアピールしにくいのではないかと案じている。文字を追ってじっくりとその内容を読むという読書文化が薄れた現在、どこまで売れるかが心配ではあるが、骨のある書籍にかみついてやろうという読者が多く現れてくれることを祈っている。

書誌情報

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