日本でのUX概念の拡散が早かったのは、ユーザビリティが根づいていたからこそ

ユーザビリティとHCDの概念を日本に広めた~黒須正明氏(第1回)

キーパーソンインタビュー、記念すべき1人目は、ユーザ工学講義でお馴染み・黒須先生。ユーザビリティの研究者としての黒須先生の功績があったからこそ、今の日本のユーザビリティが存在する。初回は、ISO 13407を日本に広めたころの話をうかがった。

黒須 正明(くろす まさあき)氏: 放送大学 情報コース 教授。ユーザインタフェース、ユーザビリティの研究者。

本サイトの「黒須教授のユーザ工学講義」でも執筆いただいている黒須先生に時間をいただいた。ユーザビリティの研究者としての黒須先生の功績があったからこそ、今の日本のユーザビリティが存在する。初回は、ISO 13407を日本に広めたころの話をうかがった。黒須先生が実践してきたユーザビリティの考え方は、我々もきちんと受け継いでいくべきもので、インタビューを通してユーザ工学の真髄の一端に近づけたような気がした。

聞き手: U-Site編集長

最初は苦労するが、やがて高度な技が使える。そんなユーザインタフェースが原点

--黒須先生は早稲田大学博士課程で学ばれたあとに日立製作所の中央研究所へ入社されていますが、中央研究所ではどんな研究をされていたのですか?

僕は大学で心理学を専攻していたのですが、心理学のプロパーではない形で心理学を実践して世の中に役立てたいと思っていました。心理学は「心」の「理学」と書きますが、僕は工学的な志向を取り入れて、「心」の「工学」と書く「心工学」を目指していました。

中央研究所へ入るまでは、オーバードクターをして非常勤講師の仕事を何年もやっていました。しかし、バイトをしていた研究所の委託仕事には追われるものの、条件に合った大学の仕事は回ってこないまま6年たったころです。僕の先輩が大学へ勤めることになったので、指導教員の一人が中央研究所への入社を提案してくれたのです。

当時、YHPのミニ25というプログラム電卓を持っていて、心理学で使う統計解析のプログラミングをしていました。統計プログラムを作ってフロッピーディスク付きの本を出したこともあります。僕はコンピュータが好きだったので、日立で「心工学」のような研究をしたいと思って入社したのです。

入社面接では、人間とコンピュータが共生する世界を語りました。Lickliderの論文が印象的だったので、そのコンセプトを引用しながら未来を語り、具体的な研究テーマとして日本語ワードプロセッサをやりたいと。

当時はIBM 360、370の大型計算機が主流の世界でしたが、マイコン派の人たちが「これからは大型計算機が机の上で動いてデスクトップ370の世界が来る」と語っていたころです。結果、僕らがやりはじめた日本語ワープロの仕事は、マイコンよりも先に一般の人たちが情報処理に触れる身近な機械になりました。

黒須教授

--先日先生が出版された『人間中心設計の基礎(HCDライブラリー (第1巻))』(黒須 正明(著)、近代科学社)を拝読しました。専門家のシステムが一般ユーザのものになって、ユーザビリティが大事になったという話でした。対象が一般ユーザになると、どういった考えの変化が必要でしょうか。

当時はまだエスノグラフィー的なアプローチでユーザの調査をするという習慣がないときで、開発者はそれぞれの頭の中にあるユーザ像でものを作っていました。当時は文字入力で漢字タブレットから漢字を選ぶ方法とキーボードでかな漢字変換する方法のどちらがいいのかという議論もありました。

僕は大学2年生のときにフランス語を覚えようとして、タイプライターを使ってテキストを何度も打って覚えました。このとき、きちんとしたタッチタイピングを身につけたので、キーボード派の先鋒でした。キーボードは、最初キーの場所がわからないのでパフォーマンスが低いのですが、漢字を選ぶ漢字タブレットは最初のパフォーマンスが高くなります。しかし、横軸に時間、縦軸をパフォーマンスにしたグラフで表すと、キーボードは時間が経てばS字型曲線でかなり高いところまでパフォーマンスが上がる反面、タブレットは漢字を探しながら打つので修練してもあまりパフォーマンスが高まらない傾向があります。

こうした経験から、当時の僕が目指したキーボードによる入力インタフェースは、「最初は大変ですが、ちょっと我慢してトレーニングを積めば、もっと高度な技が使えるようになる」ものでした。とはいえ、キーボードの例であれば、タッチタイプに慣れることを放置するわけにはいかないので、タッチタイプ教育ソフトを作りました。

黒須教授

人間と機械をぐるぐる回る、インタラクションのデザイン

--GUIで先生が手がけられたものはありますか。

日立ではワープロ関係を5年、その後にプログラミングの支援環境を作ることを5年。その後にデザイン研究所へ移りました。ワープロがノート型になり、GUIが着目されたころで、デザイン研究所はビットマップディスプレイの特徴を出そうとして、ゴミ箱や文書作成、表計算などについてアイコンを作成していました。

デザイン研究所に移ってから、2回ほどACMのSIGCHIに調査参加して、「インタラクションデザイン」の潮流を感じました。その後、デザイン研究所で「手順のデザイン=『インタラクションデザイン』が主流になるから、これをやろう」といって、インタラクションデザインを広めていったのです。

--インタラクションデザインという話が出てきましたが、U-Siteの記事でもインタラクションというキーワードで記事を探している読者が多数います。このインタラクションとはどういうものなのでしょうか。

ほとんどの場合は人間がトリガーとなって意図を持ってシステムに目的のアクションをすると、システムが応えるというように相互にアクションをすることです。ときには、原子力プラントでの事故のように、外部の状況がトリガーとなって人間が応答するときもありますが、トリガーが発生したあとは、人間とシステムの間で相互のアクションが回り続けます。

この基本的な枠組みができると、システムが答えを出せないときにはエラーメッセージが出ます。これも適切に設計しないと、相互のアクションが止まります。

エラーメッセージに必要なものは、

  • 何がおきているのか
  • どうやったら元の状態に復帰できるのか
  • 本来であったらどういうふうにすれば正しいオペレーションになるのか

の3つを含みます。そして、一貫性の高いインタフェースの中でメッセージを出すと、エラーメッセージが出ても円滑に対応処理ができ、使いやすさに直結します。

デザイン研究所の5年目ぐらいのときに、ISO TC (Technical Committee: 専門委員会) 159でSC (Subcommittee: 分科委員会) 4のWG (Working group: 作業グループ) 6 日本側の主査になって、ISO 13407を日本語に訳したことがあります。この中で、ISO 9241-11に書いてある「有効さや効率」という概念があるのですが、これがまさにインタラクションの善し悪しの指標になる概念です。

黒須教授

ISO 13407は、日本の品質を重んじる文化に適合する

--ISO 13407は1999年ですが、多くの関心をよびました。広めるために先生はどういうご苦労を重ねてこられたのでしょうか。

ISO 13407(現、ISO 9241-210)の規格が成立するまでには長い時間と数々の原案が必要で、委員会原案とか国際規格原案とか最終国際規格原案の段階を経て、ISO IS (International Standard)になります。96~97年ぐらいに13407の情報が出回り始めていたので、日立にいた最後のころからISO 13407に関わっていました。

「ISO 13407は日本の品質を重んじる文化に適合するので、各業界に広く知ってもらいましょう」と通産省とも意気投合していました。そのころ、各社が通産省に集まって、ISO 13407の講演会のようなことをしていたこともあり、トップダウン的にISO 13407へ関心が集まり話題作りになりました。あるとき、「ISO 13407に対応していないと欧州の市場から排斥される可能性がなくはない」といったところ、それがもとになって各業界が恐慌状態になったこともありました。

こうしたことの積み重ねで、日本ではISOになる前から13407に関連する知識が広まっていて、ISOになったときは、これらの活動の後ろ盾ができてとても心強かったです。さらに時期もよくて、2000年代に入って日本ではWeb系のユーザビリティが急速に発達しました。このとき、ISO 13407がユーザビリティの活性化に果たした役割はとても大きかったです。

僕らがISO 13407のJIS版(JIS Z 8530)を2000年に出したときには、リコーさんをはじめとしていろいろな企業が下訳を作ってくれました。日本事務機械工業会(現、ビジネス機械・情報システム産業協会)のユーザビリティ部会もとても熱心で、各社の皆さんが率先して実践活動をしてくれたおかげで、ユーザビリティというキーワードが日本国内で普及していきました。

その一方で、日本以外、特にアメリカあたりでは「ユーザビリティを絶対にやらなければいけない」という明確な目標概念がない時代を過ごしていました。特に、UPA (Usability Professionals’ Association)がUXPA (User Experience Professionals Association)に名称変更をしたので、他国はユーザビリティからUXに流れてしまいました。しかし、日本ではISO 13407のユーザビリティという概念が浸透していたので、日本ではUXの専門家というよりもユーザビリティの専門家という意識を持っている方が一定数いるように感じます。

UXに関しても、日本ではユーザビリティの概念がきちんとあるので、拡散が早かったのです。最近出たUX白書では、hcdvalueさんが率先して日本語版を作っていたので、僕はUX白書の本家となる「ALL ABOUT UX」という組織に中継ぎをして、本家サイトに日本語版へのリンクを付けてもらいました。いまだにUX白書は英語版と日本語版しかありませんが、それほど日本はUXの情報を取り入れてそれを広める動きが早かったのです。

黒須先生へのインタビュー 第2回 →

公開:2015年4月27日
著者:U-Site編集部

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