AIによって変わるデザインの行方
従来のデザイナーの仕事をAIが行うようになっても、ユーザ調査の焦点課題の設定、周囲の日常世界・生活・業務のなかの課題を発見することが、人間のデザイナーの仕事として残されるのではないだろうか。
今回は対話形式で
筆者がデザインの世界に入ったのは、1988年、筆者が40才の時だった。それから8年間、日立製作所のデザイン部門で仕事をしてきたのだが、そのあと1996年には大学に移り、情報学ということでユーザビリティやUXの問題に取り組むことになった。大学にでて、自由に研究活動をすることが可能になったのは良かったのだが、デザインの現場からは離れてしまい、デザイナー諸氏との直接の交流の機会は減り、以来30年間は、ネットからの情報や知人からの情報に頼って、その状況を知るという具合になってしまった。
そうしたわけで、デザイン界がAIによってどのように変化しつつあるかは、ネット情報によって知ることとなってしまった。ただ、近年、AIの影響が特にユーザ調査の活動に大きな影響を与えていることを知り、その実態に迫りたいという気持ちが強くなった。そこで、デザインマネージャとして活動している株式会社カミナシの茂木由紀子さんの力を借りて、今回の原稿を執筆することにした。
茂木さんは、OMOサービスのPdM兼UXUIデザイナーを皮切りに、起業やUXチームの新規立ち上げ、toB/toC向けプロダクト開発案件にPdMやデザイナーとして携わってこられた(編注:OMOは「Online Merges with Offline」の略で、「オンラインとオフラインの融合」を指す)。ここ数年はデザインマネジメントに注力しており、プレイングマネージャーとしてデザイン業務とデザイン組織の組成を並行しておこなっておられる。
そこで、今回は、平文での記事ではなく、RecCloud LightEditorで字幕化をしてから対談での発話を対話形式の記事として原稿を書いてみた。もちろん話題の取捨選択や平文化のやりかたについては、筆者の責任において実施した。
要求定義からデザイン生成段階でのツールの進化
黒須 デザインプロセスをざっくり分けて、ユーザ調査と分析、要求定義からデザイン生成、評価という活動に区別すると、二番目の活動についてはFigmaという強力なツールが最近、Adobeのツールを滅ぼす勢いで利用されるようになってますね。
茂木 Figmaはデザインのコラボレーションツールです。URLひとつで、色々な人がコミュニケーションをとりながらデザインワークを進められる点がポイントですね。開発モードを使えばReactに変換することもできます。同じことをかつては、AdobeのPhotoshopやIllustratorで作ったグラフィックをPNGなどに書き出して、PdMやエンジニアやクライアントに共有して意見をもらって、それをまたAdobeのソフトで反映させて書き出し直して…みたいなことを何度も繰り返していたわけですけど、その手間が不要になっただけでも非常に大きいですね。我々の時代には、画像を張り付けて説明書きなどを入れたPowerpointやExcelを送って、そこにコメントを書いて送り返してもらうという形でやり取りすることが多かったですね。それとかつてのAdobeのツールは総じて重くて、フリーズしたり落ちたりしていましたが、Figmaは比較的そういったトラブルは少ないです。機能としてはXDとIllustratorやPhotoshopの一部機能はFigmaで賄えます。
茂木 あとStudioやWixのように専門知識を必要としないWebサイト制作ツールもありますよね。Studioは、コードを書かずにWebサイトの構築・公開・運用が完結するノーコードWeb制作プラットフォームで、Wixはサイト構築からSEO対策・メール設定などすべてを含めたホームページ制作サービスです。また、Canvaはテンプレートや素材を駆使してノンデザイナーでもそこそこのグラフィックを作ることができます。
茂木 ホワイトボードツールとしてはFigjamとかMiroあたりですかね。
黒須 FigjamやMiroはユーザ調査の段階でも使えるんでしょうね。
デザイン評価のツール化
黒須 評価段階についてのツールはどんな状況ですか。
茂木 評価はインフォーマントさんに直接聞くことが多いです。
黒須 確かにユーザビリティテストだとユーザさんを相手にテストをするので、やはり人間が実施することが重要でしょうけど、インスペクション評価だったら、たとえばニールセンのガイドラインをAIに学習させておけば、結構自動化もできるんじゃないかと思うんですけど。
茂木 インスペクションは確かにそうですね。
ユーザ調査のツール化
黒須 ユーザ調査やデータの分析については、国内からも結構役に立ちそうなツールがでてきていますね。
黒須 たとえば、はてなのtoittaは、インタビュー後の発話分析を支援するツールで、インタビューの録画や録音データをAIで処理して、データからの書き起こし処理だけでなく、分析する際に有用な「切片」、つまりデータのなかに含まれている重要な部分を自動生成してくれ、さらに切片のグルーピング、つまり親和図法に近いことまでやってくれるようです。また切片は、Figma, Figjam, miro, Notion, Googleスプレッドシートなどにエクスポートすることが可能とのことです。
茂木 toittaさんは試用させていただいていて、なかなか面白いと思っています。情報共有のしやすさがいいですね。意思決定者やチームメンバー全員に「この切片がキモだよ」という伝えれば、リンクを叩いて動画の該当部分に飛べたり。生の声を聴くことで納得感が上がるので、説明コストは下がりそうです。
黒須 またalmaのCentouは、インタビューなどのデータからユーザインサイトを分析し、蓄積し、活用することを支援するインサイトマネジメントシステムということです。
黒須 さらに興味深いのは、最近発表された楽天のAIチャットインタビューです。これは、従来オンラインのインタビュー調査などで収集していた発話のような定性情報をAIチャットボットを通じて収集することを可能にしたもので、これまでは人間が行っていた役割をAIが代行することで、企業はインタビューにかける時間や費用などの人的コストを大幅に削減できる、としています。対象者の回答内容に沿って深掘りした質問を行うこともでき、企業に具体的な回答を提供してくれるそうです。現時点では、インタビュアーはチャットボットなので、テキスト情報として質問をなげかけ、回答者(インタビューイー)である人間は、やはりテキスト情報として回答を入力するような仕組みになっているようですが、この部分を音声合成や音声認識に置き換えることはすぐにも可能でしょうし、toittaの切片化の処理などにつなげれば、インタビュー調査を実施したい企業サイドでは、焦点課題を用意するだけでよく、そこからリサーチクエスチョンの生成やインタビューの実施、取得データからの切片の構成、調査レポートまでの一連の作業を全自動的にAIがやってくれる時代がもうすぐ実現しそうな気がします。
茂木 ユーザリサーチを行っている私たちにとっては怖い時代になりそうで、困ってしまいますね。でも、まだAIの出力を全面的に信頼できないようにも思いますけど。
黒須 そうですね。ChatGPTなどがハルシネーションを起こすことがあるように、とんでもないこと、データに含まれてもいないことを言い出してしまう可能性が、まだゼロとは言えないんじゃないかな、という気はします。ただ、そうした点も、これから2,3年のうちにはチューニングされて良くなっていくんじゃないかと思います。
茂木 そうなると、ユーザリサーチャーという職種は何をすることになるんでしょうね。でも、対面の深堀インタビューだからこそ出てくる知見というものがあるのではないかとも思いたいんですけど。
黒須 それとコンピュータがやると、何十人でも百人でも同時にできてしまって、シリアルにやる必要がないから短時間でデータが集められてしまいますね。
茂木 確かに。早いですよね。それに、インタビューイーが変な気を遣わなくていいですし。
茂木 ちょっとリサーチャー的には、これは嫌なニュースですよね。それでも、人じゃないと引き出せないものがあるかもしれない、って思い続けますよ、私。
黒須 切片化のレベルはtoittaの場合、どうですか。
茂木 精度は低くないです。あとtoittaさんは「調査の入口と出口は人間がやる前提で真ん中をAIで効率化しようとしている」というお話をされてました。
黒須 こういう状況のなかで、デザイナーの立ち位置はどうなるのか、って思っているんですけど。
茂木 つらい…。
黒須 でも、miroのようなホワイトボードを使って議論するあたりは、人間の仕事として残るんじゃないですかね。
茂木 アイディエーションもできちゃうんじゃないでしょうか、AIだったら。ものづくりって何でしょう、先生。悲しくなってきました。
黒須 そういうことを考えると、5年後のデザイン界は大分変っているでしょうね。デザイナーの皆さんの間でそういった話はしますか。
茂木 眼の前のタスクや自社プロダクトのことを考えるのに手一杯で、なかなかそういった話をする機会はないですね。この対談を原稿にするときは、明るい未来が見える話にしてくださいよ、先生。
黒須 うーん、焦点課題を設定するところが人間の仕事として残されるなら、周囲の日常世界、生活や業務のなかで、どのようなあたりにどのような課題を発見するか、そういうことがデザイナーの仕事として残されるような気はしますね。何が問題か、ということを認識するのは「人間として」生活するなかで「人間に」こそ感じられるはずのことだからです。要するに観察力や洞察力ということですね。このあたりは少なくとも当分の間は人間の仕事として残されるんじゃないかな…という気はしますね。ただし、これはデザイナーが自分の生活だけを観察して考えているだけでは不十分なことで、第三者の立場にたって、様々な生き方をしている市井の人々の日常生活に入り込んでこそ可能になることだろうとは思います。その意味では、専門職としてのデザイナーの立ち位置はどのようなものになるか、その仕事はデザイナーと呼べるものなのか、そのアウトプットの質はどのようにして評価されるのか、その対価はどのように算出するのか…こういった点についてはまだ疑問符が消えずに残っています。
おわりに
というところで対談はあまり明るくない雰囲気のなかで終わることになってしまった。明るい未来を描けなかった筆者の力量不足を茂木さんにはお詫びしなければなるまい。