ISO/IEC 25010:2011が改定されたこと

ISO/IEC 25010:2011が3分割された。2011年版にあった製品品質モデルからユーザビリティが消えてなくなり、代わりにInteraction Capabilityという品質特性に変化した。

  • 黒須教授
  • 2024年9月25日

ISO/IEC 25010:2011とは

そもそもISOとは国際標準化機構、International Organization for Standardizationのことで、製品やサービス、プロセスなどに関する国際標準を作っている組織である。IOSと略さないのは言語的中立性を保つため(たとえばフランス語ではOrganisation Internationale de Normalisationとなるので、略すとOINとなってしまう)であり、ギリシャ語のisos(等しい)をベースにして「等しい基準」を意味させようとしたから、とされている。設立されたのは1947年である。

IECとは国際電気標準会議、International Electronical Commissionのことで、電気技術に関する国際標準を作っている組織である。設立されたのはISOより古く、1906年である。この二つの組織は、両方に共通する領域である情報処理技術や通信技術の分野では、ISO/IECという形で共同して規格作りをおこなっている。

今回取り上げるISO/IEC 25010:2011は、1991年に制定されたISO/IEC 9126-1をベースにしている。ISO/IEC 9126-1からISO/IEC 25010に至る経緯は表1に簡単にまとめてある。注意すべき点は、ISO 9241-11の系列は、ISOのTC159という人間工学を対象領域とした委員会で作成されたのに対し、ISO 9126の系列は、ISO/IECのJTC1 (Joint Technical Committee 1)という委員会で作成された点である。JTC1はソフトウェアやシステム工学、マルチメディア、ITセキュリティ、クラウドコンピューティングなどを対象領域としており、TC159では人間とシステムのインタラクションや作業場や作業環境の労働科学、身体寸法、認知人間工学などを対象領域としており、対象領域というか対象範囲が異なっている。

そうした両者の接点になる概念がユーザビリティだったのであり、TC159にもJTC1にもユーザビリティに関連した規格ができることになった。なお、TC159でユーザビリティを扱っているのは、SC4 (サブコミティ)で「人間とシステムのインタラクション」を専門としている。

表1 ISO/IEC 9126-1からISO/IEC 25010への概略史
  • ISO/IEC 9126-1:1991
  • ISO/IEC 9126-1:2001
    • Software Engineering – Product Quality, Part 1: Quality Model
    • JIS X 0129-1:2003
    • ソフトウェア製品の品質 第一部:品質モデル
  • ISO/IEC 9126-1:2005
  • ISO/IEC 14598-1:1998
    • JIS X 0133-1:1999
  • ISO/IEC 25000シリーズ SQuaRE:2005
    • ISO/IEC 9126(ソフトウェアの品質特性とメトリクス)とISO/IEC 14598(ソフトウェア評価プロセス)を統合
  • ISO/IEC 25010:2011

ISO 9241-11とISO/IEC 9126-1の大きな違い

両者の大きな違いについては、図1を見ていただきたいが、まずISO/IEC 25010がISO/IEC 9126-1の時からとっている方針、つまり、製品品質(外部品質と内部品質とよばれることもある)と利用時の品質とを大別している点である。ISO 9241-11の方では、そもそも品質という概念が希薄であったが、ISO/IEC 9126-1の方では2つの品質が明確に区別されていた。つまり、ユーザビリティ(使用性)は信頼性や保守性などと同列のソフトウェア品質の一つと考えられており、製品品質に含まれていた。製品品質と利用時品質を区別するという考え方は画期的なものであり、筆者の見方からすれば、作る時の品質、あるいは作られたものの品質と、それを利用した時の品質を区別するというものであり、両者の間には時間的推移があるし、特に後者はUXにも関連するものである点が重要である。

つまり、UXの観点からすれば、製品品質は、良いUXを提供しようとして設計し製品にもりこむべき品質であるが、それが高かったからといって、実際に利用したときに高いUXが保証されるものではなく、実際のUXはあくまでも利用した時の経験内容によるものだからである。ただ、こうした形でISO/IEC 9241-1系の規格をUXに関連づけて解釈するのは一般的なものではなく、あくまでも筆者の見立てであるので、その点はご留意いただきたい。

図1 ISO/IEC 9126-1:2001における品質の構造

また、ISO 9241-11の定義するユーザビリティとISO/IEC 9126-1の定義するユーザビリティとはその意味合いは異なっている。特に、ISO 9241-11でユーザビリティの下位概念となっていた効率も効果(有効性)も、ISO/IEC 9126-1では、ユーザビリティ(使用性)の下ではなく、それと並置される形になっている。しかも、効率性が製品品質(外部品質・内部品質)のなかの品質特性であるのに対し、有効性は利用時品質のなかの品質特性となって、別れてしまっており、ISO 9241-11の定義とは大きく異なっている。そしてユーザビリティ(使用性)には、適切さ、認知しやすさ、学習しやすさ、操作しやすさ、エラーからの保護、インタフェース審美性アクセシビリティが含まれており、どちらかというとニールセンの定義したユーザビリティに近い概念になっている。

こうした点は、ISO/IEC 25010:2011になっても同様であり、図2に示すように、ユーザビリティ(使用性)は製品品質の側に、有効性、効率性、満足性というISO 9241-11のユーザビリティの下位概念は利用時品質の側に位置づけられるようになってしまっている。

図2 ISO/IEC 25010:2011における品質の構造

つまり、有効さと効率、満足性がまとめて利用時品質の側にくることになって、ISO 9241-11のユーザビリティの下位概念がひとまとまりになったことにはなる。ただ、ISO 9241-11ではそれらの上位概念であったユーザビリティ(使用性)だけは、いまだに製品品質の側にある。

筆者は、これを解釈するために次のような解釈をとった。まずユーザビリティはuse+abilityであり、能力であり可能性であるから、それをまだ実際の場で利用していない段階の製品品質に位置づけるのは適切であろう。そして、ISO 9241-11との齟齬はあるものの、有効さや効率、満足というのは、実際に実ユーザが実利用場面で使ったときの経験に関わるものであり、その意味では利用時品質に含まれていることも納得できるだろう、と。

さらに、このころになると、これはソフトウェアの話だけでなく、人工物全般の品質特性に関わるモデルであるとみなしてもいいのではないか、という考えになってきた。筆者の提示してきた品質特性モデルは、そのような考えにもとづいて構成されている。

ISO/IEC 25010:2011の改定

さて、そこで今回の改定である。その結果は図3に示すようなものであり、品質モデルの概念と利用法に関するISO/IEC 25002:2024と、システム及びソフトウェアの製品品質モデルに関するISO/IEC 25010:2023、そして利用時品質モデルに関するISO/IEC 25019:2023とに3分割された。かなり大がかりな改定である。

図3 ISO/IEC 25010:2011の改定

ユーザビリティの位置づけ

この大がかりな改定の一番のポイントは、ユーザビリティという品質特性の位置づけが大きく変化したことである。まず2011年版にあった製品品質モデルからユーザビリティが消えてなくなり、代わりにInteraction Capabilityという品質特性に変化した。なお、改訂版の出されたのが2023年であり、まだ翻訳JISはでていないので、改定後のモデルについては英語のままとさせていただく。改定後のISO/IEC 25010:2023の製品品質モデルは、図4に示すようになっている。

図4では、図の情報量を減らすため、副品質特性については、Interaction Capabilityについてだけ示してある。この副品質特性を見ると、Appropriateness Recognizability、Learnability、Operability、User Error Protection、User Engagement、Inclusivity、User Assistance、Self-Descriptivenessとなっており、2011年版のユーザビリティと同様、ニールセンのモデルに近い形になっている。ただし、それをユーザビリティではなく、Interaction Capabilityと呼んでいる点が大きく異なる。想像だが、この表現を生み出すにあたっては、内部でも相当の議論があったのではないだろうか。

ちなみに、このISO/IEC 25010:2023における品質特性については「capability」という表現が多用されており、要するに、まだ製品に込めたばかりの品質であるから、実際に現場で確認されたわけではなく、したがってそれらをcapabilityと呼ぶという考え方が浮かび上がってきたのだろう。まあ、それならInteraction Capabilityでも分からなくはないのだが、元ユーザビリティであったことを考えるとUsage Capabilityなどという表現も考えられたのではないかな、と思う次第である。

図4 ISO/IEC 25010:2023における製品品質(部分)

そして、ISO/IEC 25019:2023における利用時品質はというと、図5のようになっている。

図5 ISO/IEC 25019:2023における利用時品質

ここでは、ユーザビリティは、Beneficialnessという品質特性の副品質特性の一つとして位置づけられている。そして、この図とは別に記されているのだが、ちゃんとEffectiveness, Efficiency, Satisfactionという概念規定が残されている。要するに、こういう形でISO 9241-11との整合性を取った、ということになる。

ただ、これは今更言っても仕方ないことなのかもしれないが、それらをusabilityという表現でまとめることが果たして適切だったのか、という疑問は残る。Effectiveness, Efficiency, Satisfactionを利用時品質として位置づけることには、特に筆者としては異存はない。しかしusabilityという単語がuse+abilityという出自をもつ以上、それを製品品質でなく利用時品質の方に含めることには違和感を感じるのである。ただし、それを言い出すと、ISO 9241-11から始まって、それを引用している多くの規格における定義を変更することになり、いまさらできることではない、となることは目に見えている。それが「今更言っても仕方ないことなのかもしれない」と表現した意図である。

まあ、横に並んでいる副品質特性がAcceptabilityであり、Suitabilityであり、いずれもabilityを語源にもつものであるから、その一つとしてUsabilityを並置するのは、悪い考え方ではないと思う。しかも、規格そのものが「利用時品質」に関する規格になっているのだから、それなりにしっくりしている、とも考えられる。

筆者が違和感を感じるとすれば、それはInteraction Capabilityという言い方についてである、と要約することができる。ともかく、今回の改定によって、TC159とJTC1の間の関連する規格の間の齟齬はそれなりに解消したわけで、それは喜ばしいことと言ってもいいだろう。

ついでに

ISO/IEC 25010:2011は筆者自身のモデルにも関係するので、その行く末には関心を持っていた。それで改定されたと聞いて、それを求めたのだが、その価格は、ISO/IEC 25010:2023で129.00 CHF (23,450円)、ISO/IEC 25019:2023で151.00 CHF (26,581円)であった。合わせて5万円の出費である。定年退職をして年金暮らしをしている身にとって、これは辛い。というか、そもそも規格というものは広く読まれるべきものであるのに、なんでこんなに値段が高いのか、という疑問というか不満が募ってくる。1/10くらいの値段でいいではないか。制定にかかった費用をすべて売り上げで賄おうとしているのだろうか。政府からの支援金というのは考えられないのか、等々。今回の最後にこうした不満をぶちまけておきたい(^_^😉