ユーザリサーチとUIデザイン
リサーチャーとデザイナーに必要とされる能力・技能・知識と、2つの職種の接点
今回取り上げるのは、ユーザリサーチャーとUIデザイナーの関係である。必要とされるコンピタンスも異なる2つの職種だが、その接点はどのようにあるべきなのかを考えてみたい。
ユーザ調査の本
最初にPRをさせていただこう。近代科学社のHCDライブラリー第五巻『人間中心設計におけるユーザ調査』を5月に脱稿した。出版はおそらく10月になると思われる。詳しくは出版された時に書くことにするが、第五巻がユーザ調査で第六巻がデザイン、そして第七巻(既刊)が評価、という形で、三冊でHCDの基本プロセスをカバーする形になっている。今回の話は、その第五巻のユーザ調査に関連したものである。
ユーザリサーチャーとUIデザイナーの関係
今回取り上げようと考えているのは、同書でも触れているユーザリサーチャーとUIデザイナーの関係である。本来なら、作業フェーズも異なるし、作業のやり方も異なる。そして、必要とされるコンピタンス(編注:能力・技能・知識)も異なる2つの職種だが、それでは、その接点はどのようにあるべきなのか、ということを考えてみたい。接点がうまく機能しなければ、せっかくのリサーチ結果がデザインに活かされないということになってしまう。
理想的な関係
まずひとつの理想的な関係から考えてみたい。それは、ユーザリサーチャーとUIデザイナーの役割を同じ人物が兼務することである。これができれば、リサーチャーは、デザインのためにどのような情報を集めればいいかを理解できるし、デザイナーはリサーチした分析結果を的確にデザインに反映することができる。
ただ、これにはかなり越えがたい課題がある。そもそもリサーチャーのコンピタンスとデザイナーのコンピタンスには大きな違いがあり、その両方を兼ね備えた人物は、いわばスーパーマン(スーパーウーマン)というべき存在、つまり存在することがきわめて稀なことになってしまうからだ。もちろん、現実的にはそれぞれのコンピタンスをそこそこ満足する人物でもいいわけだが、ともかくコンピタンスの違いは大きい。
リサーチャーのコンピタンス
リサーチャーのコンピタンスとしては、冒頭に紹介した著書のなかでも多少触れている。しかし、もっと詳細なものについては、未発表資料(2015年に作成、近々公開予定)があるが、筆者と共同研究者の橋爪さん(当時、首都大学東京、現在、法政大学)とで、調査目的からRQ (編注:リサーチクエスチョン、調査課題)を作成する段階、インフォーマント(編注:情報提供者)のリクルート段階、インタビューの場の設定段階、インタビュー手順の確認段階、インフォーマントの受け入れ段階、インタビューの実施段階、補足質問の実施段階、ラップアップ段階、報告・提案の作成段階に分け、50近い(重複あり)コンピタンスをリスト化した。また、それらを経験的なもの、つまり学習できるものか、資質的なもの、つまり先天性が強いため選抜するしかないもの、に区別した。
そのなかでユニークなものとしては、多重処理についての指摘がある。それは、インフォーマントの発話を理解すると同時に、インタビューの目的を再確認したり、前後の発話内容の無矛盾性を確認したり、RQを想起したりして、次に質問すべき内容を想定できることを意味している。さらに全体の時間配分に対する配慮を行ったり、残りの時間でどのような項目を必須質問事項とするかを考えたりする判断も、それらと同時に並行して必要になる。これらの作業は相当に認知的負荷の高いものであり、その内容をみてみるとインタビューアのコンピタンスは、いわゆる知的な側面に重点を置いたものといえる。
デザイナーのコンピタンス
デザイナーのコンピタンスは、テキスタイルデザインからWebデザインや建築デザインまでを含むデザインという仕事の幅の広さを考慮すると、限定的に定義することは困難だが、想像力や造形スキル、思考の柔軟性、感性的資質、自己表現力など、複数のデザイン領域に共通した幾つかのコンピタンスを考えることはできる。しかし、これらは先にリストアップしたリサーチャーのコンピタンスとは大きく異なっている。また、これらのコンピタンスに限っても、それをすべて適切に持ち合わせている人物はそんなに多くはないだろう。
このように考えてくると、リサーチャーのコンピタンスとデザイナーのコンピタンスをあわせ持つということは、さらに容易なことではないと言えるだろう。
HCD-Netが公開しているコンピタンス一覧
ここで参考までにHCD-Netの公開している人間中心設計専門家のコンピタンスモデル(2020年度版)を見ておこう。これは、次の表に示すとおりだが、その範囲はリサーチやデザイン、そして全体活動のマネジメントを含む広範な能力に及んでいる。いいかえれば、考えられる限りの幅広いスーパーマン(スーパーウーマン)モデルになっており、経験的なものも資質的なものも含まれている。
そのなかで、リサーチャーのコンピタンスに近いものとしては、A1の「調査・評価設計能力」、A2の「ユーザー調査実施能力」、A3の「定性・定量データの分析能力」、L2の「コミュニケーション能力」がある。A4の「現状のモデル化能力」は、ホルツブラットの文脈におけるデザインのワークモデルやエクスペリエンスモデルの構築などには関係し、抽象化の能力ということもできるだろう。
他方、デザイナーのコンピタンスに近いものとしては、A5の「ユーザー体験の構想・提案能力」、A7の「ユーザー要求仕様作成能力」、A8の「製品・システム・サービスの要求仕様作成能力」、A9の「情報構造の設計能力」、A10の「デザイン仕様作成能力」、A11の「プロトタイピング能力」などがある。
このHCD-Netのコンピタンスモデルは徐々に変化してきており、本稿でとりあげている経験vs資質という基礎能力的な観点とはズレがあるため、このモデルについての言及はここまでにしておく。
現実的な解決法
それでは、理想的なケースは別にして、もっと現実的にリサーチのフェーズをリサーチャーが担当し、デザインのフェーズをデザイナーが担当するとした場合、どのようにしてリサーチとデザインのフェーズをつなぐかを考えてみたい。理想的なケースでは、リサーチャーがデザイナーでもあるので、2つのフェーズは前述のように同一人物のなかで統合されると考えられるが、別々の人物に分担した場合には、何らかの形でその2つをつなぐ必要がある。
一番好ましくないのは、調査を終えたリサーチャーとこれからデザインに取り掛かろうとするデザイナーとが資料もなしにミーティングをして、ああだこうだと議論をする形である。思い出したことを中心に非系統的な印象を語っても、それではリサーチャーからデザイナーに的確な情報が伝わらない。簡単でもいいから資料を作成して、それをベースにして議論をしていくべきだ。
ただ、話を聞いたり写真やビデオを見せられただけでは、やはりユーザやその生活状況についての理解は深まらない。全部でなくてもいいから、デザイナーはリサーチャーに同行してインタビューの場面に立ち会うことが望ましい。百聞は一見にしかず、ということだ。もちろんデザイナーは同席者として参加するのであり、調査そのものはインタビューアが実施する。このようにすることで、報告書に肉付けがされ、実感をもった議論ができるようになる。
人がいません、という場合
しばしば生じるのは、リサーチャーがいない場合である。デザイナーがいないというケースはまずないと思われるが、リサーチャーがいない場合のことは結構耳にする。これは実に望ましくない状況だ。しかし、どうしたらいいのだろう。調査の経験のないデザイナーが、聞きかじりのリサーチテクニックを使い、不完全な調査をやって調査をしたつもりになってしまい、自分の直観を裏付けるユーザの発言だけを強調してしまうようなことは、「自分は調査をしたから、これでいいのだ」という信念を強化することになってしまうだけだから、むしろ調査などやらない方がマシかもしれない。ただ、ユーザ調査という重要なステップを飛ばしてしまうことが常態化してしまうのは絶対に望ましくない。
そこで妥協案として考えられるのは、「聞きかじりのリサーチテクニック」ではないくらいしっかりした勉強をして、「もしかしたら完全ではなかったかもしれない」という謙虚さをもってデータにあたり、そこからデザイン作業を行うことだろう。先に資質の話をしたが、その有無はこの際問題にしてはいられない。ともかくリサーチの技法を勉強して経験を積んでゆくしかない。そして、とても大切なのが「データに対する謙虚な態度」である。自分勝手な解釈をしてしまわないように、謙虚な態度でユーザに接し、謙虚な態度でデータを扱う。
そして一連の作業を終えたら、どこに問題があっただろうかと反省する。こうした態度をもって臨めば、最初のうちは失敗をすることも多いだろうが、徐々に調査に慣れてくるだろう。これができないのであれば、敢えて言ってしまおう。なまじのユーザ調査モドキなどすべきではない、と。
なお、今回のテーマは、UXリサーチャー兼UXデザイナー、つまりUXerとして活躍している茂木さん(元あめつちデザイン)とのLINEでのやりとりをきっかけにして設定したものであることを記しておく。
(編注:最後に弊社のPRをさせてください。一口にリサーチといっても、その作業は、調査の設計、参加者募集、実施、分析など、多岐に渡ります。リサーチを始めるのは難しそうとお感じでしたら、弊社のような、ユーザー調査やUIデザイン評価を専門的に実施しているリサーチ会社の利用をご検討ください)