HCD-Netの今後に向けて(1):そのコアと課題

HCD-Netの根底にある課題は、組織としてのコアコンセプトであるHCDの内実が、ぼんやりとした、何でもありに近い状態であることだ。HCD-Netを改革するためには、これまで何回か頓挫してきたコアコンセプトの明確化が必要である。

経緯

2018.6.9(Sat)、HCD-Netの評議員会と総会が田町の芝浦工大で開かれた。振り返ると、2016年度のHCD-Netには、結構、運営状態に課題があった。2017年度はその状態からどのように脱するかを模索した時期であり、この2018年度から新体制で運営を始めるという状況である。理事長や何人かの理事の入れ替えがあり、事務のあり方や財務についても新体制となっていて、ぜひこれから頑張っていただきたいという気持ちから、名誉理事長という、評議員でも正会員でもない立場でそこに参加した。

HCD-Netの課題

財務的な問題以外にも課題はいろいろあるのだが、その根底をなすのはHCD-Netという組織としてのコアコンセプトだ。HCD-NetだからHCDがそのコアコンセプトだ、というのは文字通りの解釈だが、さてそのHCDの内実が問題となる。

HCDが表舞台にでてきたのは1999年に制定されたISO 13407によるものである。この規格は翌年JIS化もされたが、その根底にあるのはユーザビリティであり、4段階のプロセスモデルであった。2005年に設立されたHCD-Netの活動の母体となったのは、ヒューマンインタフェース学会のユーザビリティ研究会だったことから、HCD-Netは、ユーザビリティに関する国際規格ISO 13407の日本における実質的な普及推進団体となった。

活動におけるコアコンセプトはISO規格に規定されており、活動自体、特に迷うこともなく、ユーザビリティの普及発展を目指して活動してきた。関連する概念としてユーザ中心設計というものもあったが、人間中心設計と大きな類似性があったことから、HCD-Netでは人間中心設計のほうをコアコンセプトとして活動してきた。

しかし2000年台、特にその後半になるとUXが話題になってきたことから、2010年にISO 13407は、その動向を受けて改定され、ISO 9241-210として再登場した。そこで、その頃にHCD-NetはISO 9241-210をベースとするように若干の軌道修正を行った。近代科学社から出版されているHCDシリーズはHCD-Netの企画によるものだが、ISO 9241-210をベースとして編成されている。

ISO 9241-210は、UXやサービスというキーワードも取り込んでいて、HCDはUXを目指すものだとまで言っている。しかし、ISO 9241-210の問題点は、UXとユーザビリティの関係を明確に整理しているわけではなく、UX特有の課題に言及しているわけでもなく、ましてやUXのためのアプローチを具体的に規定しているわけでもない点にあった。またサービスについては、規格の冒頭に言及されているものの、その設計プロセスが製品の場合とどう違っているのかという点すら明示していなかった。

このように多々問題のあるISO 9241-210ではあったが、HCD-Netはそのあたりには目をつむり、何となくHCDという概念を拡張し、プロダクトのユーザビリティをベースにして構築された概念や手法をコアとしながらも、その他の概念や手法を、ある意味、節操なくHCDに取り込み、HCDの拡大解釈を許容してきた。これには2014年度まで理事長であった僕の責任も大きい。なんとかコアコンセプトの改定をしようという声はあがったし、僕もそれを推奨したが、具体的な動きにはならなかった。

さらに、その頃から、デザイン思考UXデザイン、サービスデザインなど、デザインという言葉を使った新しい潮流が登場し、盛んになってきた。またIDEOやNormanは人間中心デザインと訳されている概念(英語では同じHuman Centered Design)を提唱した。

当然ながら、設計とデザインという概念の関係が議論されるべきだったし、人間中心設計と人間中心デザインとの関係も明確に整理されるべきだったが、何となく皆同じようなものと解釈され、しかしながら所謂設計関係者よりは所謂デザイナー諸氏が多く参加する形で今日に至っている。

Webデザインについても、そのプロダクトデザインとの違いを意識されながらも、HCD-Netとして明確に区別し、定義されることがなかった。またイノベーションやスタートアップといったビジネス寄りのカタカナ語も流行りだし、HCD-Netは節操なく、それらの動きにも同調しはじめた。

そうした状況にありながら、HCD-Netでは、HCDのコンピタンスとか、広報社会化活動とか教育活動などを行ってきた。中核となるHCDがぼんやりとした輪郭の、いわば何でもありに近い状態であったのにもかかわらず、である。いったい何をする人たちのコンピタンスなのか、何を社会に対して発信するのか、何を受講者に教育するのかが明確になっていないのに、である。明らかにこうした状況は望ましいものではない。こうした状況で社会の要請にこたえられるものでもない。改革をすべき時が来ていたのだ。

改革への道

HCD-Netを改革するためには、これまで何回か頓挫してきたコアコンセプトの明確化の活動努力を行うことが必要である。その際、特に重要なのはISO規格から距離をおくこと、いいかえれば、それを換骨奪胎しつつも、それに縛られることのないようにすることだ。

ISO規格は関係者の努力によって、「それなり」の形にまとまっているが、内実は、委員会でのエディタの強い意見集約権限にもとづくものであり、また特定の主要発言者の意見が色濃く反映されたものである。厳密な意味で中立的なものではないし、お上から授かったものでもない。また、ISO 9241-210については、その他にも内容的に数々の問題があるので、それに対する批判的精神を忘れてしまってはならない。

次回、HCD-Netの改革に必要な事項を整理しておこう。

公開: 2018年9月4日
著者: 黒須教授