意味性について
今回は、意味性の定量的表現を目指してみたい。任意の人工物の意味性がユーザによってどのように異なるのか、意味性が高いか低いかというのはどのような意味なのか、という問いへの答えに近づくためには、定量的表現がわかりやすいだろうと考えたからである。
意味性という考え方
図に示した品質特性図は、これまで1,2回掲載したことがあるし、『UX原論』などの著書にも掲載しているので、ご覧になった方もいることと思う。これは2014年に最初のバージョンを作り、以後、毎年改定しつづけてきたものである。ここに掲載しているのは2020年版(最新版)である。今回は、この図についての詳細な説明は省くが、右側に「利用時品質」があり、その下の方に「主観的利用時品質」があり、その枠の中に「満足感(意味性)」と書いてある。
この図でいいたいことの基本は、まず人工物には設計するときの特性として設計時品質があり、それがユーザによって利用されるときに利用時品質が関係してくること、そして、利用時品質の中でも、客観的利用時品質は最終的に主観的利用時品質に影響し、その主観的利用時品質は満足感(意味性)という特性に集約されるということである。この利用時品質はUXに関係してくる(ユーザビリティは設計時品質のほうである)ことから、筆者はERMなどの手法でもUXの水準の指標として満足感を採用していることを付け加えておきたい。
さて、今回は、満足感ではなく意味性について語るつもりなのだが、この2つはほとんど同じ意味を持っていると筆者は考えている。つまり、この世に存在する意味あるものはそれを利用すればユーザに満足を与えるし、利用して満足できるものは存在意義がある、ということである。この「意味がある」を英語にした場合、当初はsignificantではないかと思っていた。ただ、これはラテン語のsignificansという「示す」という言葉が元で、印をつけて示すほど重要であるという意味だということから、ちょっと違うかなと考えた。そして考えたのがmeaningfulである。意味に満ちている、いいかえれば自分の価値観に適合しているということで、これならいいのではないかと考えた。そこで名詞形として意味性という表現を使い、英語ではmeaningfulnessを使うことにした。
Normanの新しい本
D.A.ノーマンが新しい本『Design for a Better World: Meaningful, Sustainable, Humanity Centered』を執筆したという情報が入ってきた。Amazonによると、出版は2023年の3月21日だそうである。このことをFacebookに書いたら、訳者の一人である伊賀さんから、鋭意翻訳中です、という情報が入ってきた。もしかすると日米同時発売になるのかもしれない。楽しみである。さて、ここでのポイントはmeaningfulというキーワードが書名に入っている点である。ああ、ユーザビリティからUXときて、ついにノーマンも意味性に到達したのか、と感慨深かった。もちろん、まだmeaningfulにどのような訳語が充てられることになるかは分からないが、到達点として「意味」ということが共通していることは、素朴にうれしいことだった。
本稿の目的
ここでは、意味性について、その定量的表現を目指してみたい。任意の人工物の意味性がユーザによって異なる、といっても、それがどのように異なるのか、意味性が高いか低いかというのはどのような意味なのか、という問いへの答えに近づくためには、定量的表現を試みた方がわかりやすいだろうと考えたからである。もちろん今回提示する方法は粗雑なものであり、もっと丁寧な試みもなされねばならないとは思うが、意味性があるとかないとかいう話をする際に、それを定量的に表現してみることには、それなりの意義があると考えた。
価値観との関係
先に「意味に満ちている、いいかえれば自分の価値観に適合している」という書き方をしたが、改めて考えてみても、意味があるということは、自分が重きを置いている価値観にそっていることだと考えてもいいのではないか。いわば同義反復のような形になっているとすら思える。
そこで、意味性と価値観との関係について考えてみたい。価値観にいろいろな種類があることは当然なことと考えられているが、それを学問の世界で整理したのがシュプランガーである。彼は人々のもっている価値観を相互排他的な6つの類型に分類した。それは
- 理論型
- 理論が通じることや真理に価値をおく。論理的に理解することで真理を追究する。
- 経済型
- 金銭的・社会的地位に価値をおく。利己主義的で、経済的観点から物事を捉える。
- 審美型
- 美的なもの、楽しいことに価値をおく。ものごとを感情を通して考える。
- 宗教型
- 神を崇め、信仰に価値をおく。博愛的で、人生を見つめ、道徳的に生きようとする。
- 権力型
- 他人を自分の意のまま従わせることに価値をおく。権力掌握に満足感を覚える。
- 社会型
- 社会への奉仕活動や福祉にかかわることに価値をおき、人の役に立つ行動をとる。
ウィキペディアより引用。
である(ただし英語版では権力型はThe Politicalとなっている)。これを測定するための尺度がいくつか作成されているが、そのひとつが、酒井たち(1998)の「価値志向性尺度」(堀洋道監修『心理測定尺度集Ⅱ』に含まれている)である。ここでは価値志向性の類型を、理論、経済、美、宗教、社会、権力とよび、5段階の評定尺度で測定するようになっている。
意味性の測定
各ユーザの価値志向性(価値態度)をこのように測定した場合、意味性は、任意の人工物との関係においてそれがどのくらい(何パーセントくらい)実現されているかを測定する。つまり、意味性Sigを6つの価値志向性の得点Sc(i), i={theoretical, economic, aesthetic, religious, social, political}と実現されている割合P(i), 0.0≦P(i)≦1.0との積和によって表現すればよい。P(i)は、各々の人工物について、あらためて測定する必要がある。すると、任意の人工物xについての意味性は、次のようにあらわされる。
これによって、ユーザが重きをおいている価値観がどの程度実現されているかが表現でき、それが意味性の指標になると考えられる。いいかえれば満足度と同様の意味でUXの指標と考えることもできる。
ここで例を示そう。立川大学工学部に在学中の小室恵子さんと上田敦さんの二人にとって、大学在学のUXがどのようなものかを調べてみる。二人に価値志向性尺度に回答してもらった値が、それぞれのSc(i)の列に入っている。見ると、小室さんは社会型の価値観が47と強く、上田さんは理論型の価値観が45と強い。
さて、立川大学工学部での教育実態を評定してみると、理論的な側面に重点をおいており、他の側面にはほとんど重点をおいていない。これは年度によって多少変化するかもしれないが、工学部ではありがちな傾向であろう。それがP(i,x)の列に記入してある数値に反映されている。
あとは、P(i,x)とSc(i)とを掛け合わせ、それをすべての価値観について合計する。すると小室さんは43.4、上田さんは61.1となる。理論的価値観の持ち主である上田さんにとってこの工学部での在学経験は意味のあることであり、満足できることでもあるといえるだろうが、他方、理論的価値観が18と低く、社会的価値観のほうが47と強い小室さんにとっては、意味のある在学とはいえないかもしれない。改めて計算してみなければわからないが、工学部ではなくたとえば看護学部の方が有意義な学生生活を送れるのかもしれない。
x=立川大学工学部 | 小室恵子 | 上田敦 | |||
---|---|---|---|---|---|
i | P(i,x) | Sc(i) | Sc*P | Sc(i) | Sc*P |
1:theoretical | 0.8 | 15 | 12.0 | 45 | 36.0 |
2:economic | 0.3 | 25 | 7.5 | 35 | 10.5 |
3:aesthetic | 0.1 | 32 | 3.2 | 18 | 1.8 |
4:religious | 0.1 | 34 | 3.4 | 13 | 1.3 |
5:social | 0.2 | 47 | 9.4 | 20 | 4.0 |
6:political | 0.3 | 13 | 3.9 | 25 | 7.5 |
Sig(x) | 39.4 | 61.1 |
なお、UXがユーザの特性や利用状況によって異なる点はSig(x)に反映されているが、UXが動的に変化するものであることは表現されていない。UXは時間や状況によって変動するものであることを忘れてはならない。つまり、大学の文化風土には急激な変化は起きないかもしれないが、本来このSig(x)は、xという人工物を評価した時点における一時的なものであることに注意しなければならない。
終わりに
今回の試みは、意味性が高いとか低いと定性的に表現しているだけでなく、それに数値表現を与えることにより、意味性の高低について、構造的に把握しやすくなることを目的としている。これによってただちにUXのためのデザインのやり方が変わるとは思わないが、意味性の高低というあいまいなイメージからは一歩脱することができるのではないかと思う。
参考文献
堀洋道(監修) (2001) 『心理測定尺度集Ⅱ: 人間と社会のつながりをとらえる <対人関係・価値観>』サイエンス社
Spranger, E. (1921) “Lebensformen: Geiseswissenschaftliche Psychologie und Ethik der Persnlichkeit” Max Niemeyer (シュプランガー, E. 伊勢田耀子訳 (1961) 『文化と性格の諸類型』明治図書)
酒井恵子、久野雅樹 (1997) “価値志向的精神作用尺度の作成”, 教育心理学研究, 45, pp. 388-395
酒井恵子、山口陽弘、久野雅樹 (1998) “価値志向性尺度における一次元的階層性の検討―項目反応理論の適用”, 教育心理学研究, 46, pp.153-162