HCD-Netの今後に向けて(2):改革への道

HCD-Netの根底にある課題は、そのコアコンセプトが、ぼんやりとした、何でもありに近い状態であることだ。HCD-Netの改革には、コアコンセプトであるHCDの定義、対象とするもの、プロセスと手法を明示することが必要である。

前回の内容を踏まえ、今回は、HCD-Netの改革に必要な事項を整理しておく。

1 名称

まず人間中心設計の人間というのはどういう範囲なのかが不明瞭である。Nigel Bevanはステークホルダー中心設計というような考え方をもっていたが、HCD-Netもそれでいいと考えるのかどうか。ステークホルダーとした場合、株主や原材料購入先など、求めるものが違う人たちも入ってきてしまうが、そんな漠然とした考え方で良いのか。

また、そこをユーザとしてユーザ中心設計といった場合には何が問題になるのか。さらに、人間という概念を生態学的にとらえて自然界における存在として考えるのか(ISO 9241-210では、筆が滑ったのかサステイナビリティなどという概念までHCDに含めている)、あるいはロボットやAIに対峙させて考えるのか、そのあたりを明確にする必要がある。これはISO規格ではきちんとした対応が全くできていないに等しい点である。

また、工学的な意味合いの強い「設計」というべきか、近年流行っている「デザイン」という広義の意味合いにすべきかについても検討すべきである。特に「デザイン」とした場合には、その想定している範囲が、いわゆるデザイン系の出身者に限定されるものではなく、広く設計に携わる人達全員が関係することを明示すべきだろう。特に前回も指摘した理性を中心にした近未来のデザインにおいては、理工系の人材が重要な役割を果たすであろうことを視野にいれる必要がある。

さらにいえば、設計というのは人工物のライフサイクル全体の一部である。顧客やユーザとの実環境や実状況におけるインタラクション、そしてUXという概念を視野にいれるなら、それが設計という用語でカバーしきれるものかどうかを検討する必要もある。また、人工物をリリースした後の段階で発生する事態から得られるフィードバック情報を如何に適切に企画や設計に取り込むかも重要であるため、設計という開発工程の一部を指した言い方は適当ではないと考えられる。

2 対象

対象とするものをシステム、製品、サービスと言ってしまえば簡単なのだが、まずシステムにも行政や立法、司法、医療、介護、教育、運輸等、多様なものがある。その多様性については、多様なシステム間の共通部分を抽出して対応を考えるか、個別システムに対応することを念頭に置いてアプローチを具体化するかのどちらかだろう。前者は様々なシステムを考慮する必要があるために、規格として制定するのはかなり困難であろうと予想される。後者も、システムの多様性を考慮する必要はあるが、対象システムの内側に入らないで規定できるため、まだやりやすいのではないだろうか。

システムの多くがサービスを提供する場合、近年はWebシステムを採用することが多くなっているが、これまた独自に対象化して検討する必要がある。多少コードを書けるからといってWebシステムのHCDができるなどと思っているような人たちが出てきてしまわないようにしなければならない。

また、畢竟、システムというのはハードウェアとソフトウェアが多数、複雑に絡み合い、そこに人間によるサービスも関係しているものだから、コンポーネントに分解した場合には、それぞれハードウェア、ソフトウェア、サービスの設計を行えばいいと考えてもいいのだが、それが組み合わさった全体としての動作が持つ特性を忘れてはいけない。そこにシステムを構築した眼目があり、システムの特殊性があるからだ。

たとえば、ATMの場合には、もちろんハードウェアとしてのATMの取扱性やソフトウェアのわかり易さも大切だが、それがどういう場所に設置され、どのような時間帯に利用でき、利用料金がいくらかかるか、といったサービス内容も重要である。さらに、ある場所に設置されているATMでどのような機能が提供されており、そのATMがユーザの生活のなかでどのような位置づけになっており、近隣の他のATMと比較してどのように意義付け(価値付け)されているか、ということも重要である。そうなると急に現金が必要になった顧客が、雨天のなか、駐車場のあるコンビニに車で乗り付けられることは重要な要件になる。駐車場から100m歩かねばならない銀行の支店よりは、その方がありがたいこともある。もちろん、バックヤードでのシステムメンテナンスや、溜まった現金を回収したり、現金を補充したりする二次ユーザのことも考えなければならない。システムを考えるというのは、このように相当に複雑な作業になるわけだ。

製品の場合、ハードウェアもあればソフトウェアもあり、さらに大型のもの(建設重機など)からマイクロサイズのもの(微小医療器具など)まで、そしてライフサイクルの性質が異なるもの(鉛筆からエレベータまで)が混じっている。また、その複雑さにも多様性がある(ペンチから航空機まで)。製造業にも大企業や中小企業があるが、これまでのHCDやHCD-Netは大企業や比較的大きな中企業における活動しかターゲットにしてこなかった嫌いがある。中小の、特に職人の世界に近い部分については、HCDではほぼないがしろにされてきた。こうした多様性やバイアスについてどのように対処すべきかを議論していく必要がある。

サービスの場合、Zeithamlたちの指摘しているような同時性や消滅性についても改めて検討すべきだろう。サービスといっても瞬間的なものばかりでもなく、また反復的に利用されるものもある。

3. プロセスと手法

プロセスモデルを提唱するのは良いが、プロセスには2に列挙したように、対象によって相当な差異があることを考慮しなければならない。多様だからこそ、余計な枝葉を刈り取って一般的なモデルを提起することで良いのだというのは、ひとつのスタンスではあるが、実際の現場では利用しにくいものになる可能性が高いし、具体的な点で解釈が多様になってしまう可能性もある。

ISO 13407からISO 9241-210に引き継がれたモデルは、基本的には製品を対象としており、少なくとも製品とサービスの違い程度は明示されなければならない。つまり2つ(以上)のプロセスモデルが提起されるべきである。

デザイン思考でもプロセスモデルが提示されており、ISOモデルと整合をとることが必要である。基本的にデザイン思考の考え方はHCDと「同じ」であるとされており、デザイン思考では、他に拡散と収束を組み合わせたダブルダイヤモンドモデルが提唱されているが、左右のダイヤモンドのどこが、どのISOの活動段階に対応するかは明らかでない。またデザイン思考では、観察を重視するとされているが、その観察というのはContextual Inquiryと同じものなのか、それとも純粋観察なのかも明確ではない。こうした不明瞭な点を整理する必要があるだろう。

図
ダブルダイヤモンドとは、問題発見・解決のフレームワークの1つで、思考の拡散と収束を、前半(発見・定義)と後半(開発・提供)で繰り返すようになっている。(出典:英国デザイン・カウンシル

さらに、どの活動段階でどのような手法を利用するのかも明確にしなければならない。担当者としては、どのような手法はMUSTであり、どのような手法はそのALTERNATIVEであり、どのような手法はOPTIONALであるかも明確に整理してほしいところだ。

また反復プロセスという概念についても、常に反復すべきなのか、どのような条件に該当すれば反復すべきなのかを明示すべきである。ISO 13407の段階から、評価を行って問題があれば再デザインを行うということになっていたが、そのループを二度以上繰り返したという話は実際には耳にしたことがない。また、問題の重要度や緊急性の判定について、何らかの客観的な指標を設定できるかどうかも明らかにすべきだろう。

人間中心設計活動の相互依存性(ISO 9241-210:2010)

コアコンセプトの示し方

ISO 13407とISO 9241-11は、僕は内容について全面的に受容できるわけではないが、そこそこの簡潔さを持っていた。ところがISO 9241-210や現在、JIS化委員会にて翻訳作業中のISO 9241-11:2018は、どんどん加筆され、何やらわかりにくいものになってしまっている。これは規格としては望ましくない方向だと思う。そしてHCD-Netのコアコンセプトも、やはり簡潔に、必要事項だけでまとめるべきだろう。

いいかえれば、コアコンセプトは憲法のようなものである。さらにいえば、アメリカの独立宣言のような簡潔さを持っていることが望ましい。その下にいくつもの具体的な解説がぶら下がっても良いけれど、コアの部分は簡潔であるに越したことはない。

そのためには、おそらく大勢の理事メンバーなどが策定に関わることは望ましくない。人間、好みも考え方も様々で、人数が多くなればなるほど、そこからのアウトプットは平均化され、当初の気概は薄れ、インパクトのないものになってしまう。独立宣言がJefferson, T.が中心となってまとめられたように、HCD-Netのコアコンセプトも、ごく少数が起案し、それを理事会で審議し承認していく、というやり方でまとめるのが良いだろう。

このようにしてコアコンセプトが明示されたら、それに沿ってコンピタンスを整理し、広報活動や社会化活動、そして教育活動という種々の活動を実践していくようにすべきだろう。コアコンセプトを曖昧にしたまま、これからもこうした活動を継続して進んでゆくとしたら、おそらく行く手には自滅、瓦解しかないだろう。関係諸氏の奮闘努力に期待している。

公開: 2018年9月6日
著者: 黒須教授