人間中心設計の対象はシステム

ISO 9241-210:2019をJIS化したJIS Z 8530:2020?は、おそらく2020年に公開されることになる。送られてきた原案を見ていて「ん」と思った。この規格の対象がまちまちなところである。

  • 黒須教授
  • 2020年3月11日

JIS Z 8530:2020?の登場

ISO 9241-210:2010をJIS化したJIS Z 8530:2019は2019年に公開されたが、その次にでたISO 9241-210:2019をJIS化したJIS Z 8530:2020?は、おそらく2020年に公開されることになる。たった一年間で新しいバージョンがでることになったわけで、関係者のあいだには混乱が起きるかも知れないが、ISO 9241-210:2010のJIS版の公開に時間がかかってしまったことがその原因であり、今後はJIS Z 8530:2020?を参照していただくことが望ましい。

もっとも筆者のように、ISOの規格は基本的に参考文献の一つでしかないし、改定されたバージョンが前のバージョンより優れたものになるとは限らない、と考えている人間の場合には、参照文献が一つ増えた、ということにすぎないのだが。

現在のところ、2019年10月に第一回の様式調整会議というものが終了しており、その段階のバージョンが原案作成委員会の委員である僕のところにも送られてきた。2020年1月に第二回の様式調整会議があり、3月に第二回の本委員会が開催され、以後は規格協会からの公開を待つ形になるようだ。

二つの意味をもつ「システム」という言葉

さて、送られてきた原案を見ていて「ん」と思った。こういうところに気がつけるのは、やはり日本語で書かれていたからで、母語というものはありがたいものだ。何が「ん」となったかというと、この規格の対象がまちまちなところである。

まず、序文の1適用範囲では、「この規格は,コンピュータを利用したインタラクティブシステムのライフサイクルを通して,人間中心設計の原則を規定し,(以下略)」となっていて、インタラクティブシステムが対象となっていることが分かるが、その注釈1では「コンピュータを利用したインタラクティブシステム(例えば,既製ソフトウェア製品,特注の業務システム,プロセス制御システム,バンキングシステム,ウェブサイト,ウェブアプリケーション及び自動販売機,携帯電話,デジタルテレビなどの消費者向け製品など)(以下略)」と書かれていて、文章の流れとしては「製品」の意味で「(インタラクティブ)システム」という言葉を使ってそれを対象としていることがわかる。そこにはサービスは含まれていない。

しかし、3.1アクセシビリティでは「製品,システム,サービス,環境及び施設が,(以下略)」となっていて、製品やサービスなどとシステムが並置されている。いいかえれば、製品はシステムの中に含まれているのではない、ということだ。システムという概念と製品という概念の上下関係が不明瞭なのだ。

それなのに、3.7人間中心設計では「システムの利用に焦点を当て,人間工学(ユーザビリティを含む。)の知識及び技法を適用することによって,インタラクティブシステムをより使いやすくすることを目的とするシステムの設計及び開発へのアプローチ」と書かれていて、製品やサービスや環境や施設はどこかに行ってしまっている。もちろん、これは序文の1適用範囲の表現とは一貫性が取れているが、アクセシビリティの定義とは矛盾している。

3.8インタラクティブシステムでは、改めてこの言葉が定義されていて「ユーザが特定の目標を達成するためにインタラクションするハードウェア,ソフトウェア,サービス及び/又は人々の組合せ。」となっているが、ここではサービスがインタラクティブシステムのなかに組み込まれている。

さらに、3.10満足では「システム,製品又はサービスの利用に起因するユーザのニーズ及び期待が満たされている程度に関するユーザの身体的,認知的及び感情的な受け止め方」と書かれていて、3.1アクセシビリティのところのように、システム、製品、サービスが対象となっている。ただ、製品とシステムの順番は交代している。

3.13のユーザビリティの定義でも、3.10満足と同じように「特定のユーザが特定の利用状況において,システム,製品又はサービスを利用する際に,効果,効率,及び満足を伴って特定の目標を達成する度合い」と書かれており、「システム、製品、サービス」の順番になっている。

3.14のユーザでも「システム,製品又はサービスとインタラクションする人」となっているし、3.15のユーザエクスペリエンスでも「システム,製品又はサービスの利用前,利用中及び利用後に生じるユーザの知覚及び反応」となっている。

さらにしつこく見ていくと、4人間中心設計を適用する根拠では「消費者向け製品の市場では,購入者は,よりよく設計された製品及びシステムには割高でも対価を支払う」と書かれていて、製品とシステムは書かれているものの、サービスは欠落している。しかし、その後のほうでは「人間中心設計による恩恵は,製品,システム又はサービスの構想,設計,実装,サポート,使用,保守,及び最終的な廃棄を含むシステムのライフサイクル全体にかかる総費用によって決まる」と「製品、システム、サービス」が登場する。

いや、もうこのくらいにしておこう。断っておくが、これはJIS Z 8530:2020?の責任ではない。そのもとになったISO 9241-210:2019の責任である。

ここまでの範囲を整理すると、順番まで考慮すると次のように6通りの表現が混在していることになる。

  • システムだけ…序文、3.7人間中心設計
  • システムにサービスを含む…3.8インタラクティブシステム
  • 製品、システム…4人間中心設計を適用する根拠(はじめの方)
  • システム、製品、サービス…3.10満足、3.13ユーザビリティ、3.14ユーザ、3.15ユーザエクスペリエンス
  • 製品、システム、サービス…4人間中心設計を適用する根拠(あとの方)
  • 製品、システム、サービス、環境、施設…3.1アクセシビリティ

上の二つは「システム」に焦点をあてているので、広義のシステムということなんだな、と考えられる。しかし下の四つは「システム」と「製品」そして「サービス」が並置される関係になっているので、ここでは狭義のシステム、たとえば複数の製品を組み合わせたものとか、大規模システムのようなものを想定しているのかな、と考えられる。

なぜこんなことになるのか

先に、筆者のスタンスとして、ISO規格(JIS規格)は参照文献のひとつに過ぎないと書いたが、どうも改訂ごとに想定される規格の対象にずれが生じてきたようだ。

ISO 9241-210:2010, 2019の元になったISO 13407では、冒頭に“This International Standard is concerned with both hardware and software components of interactive systems.”と書かれており、そのinteractive systemsについては“Computer-based interactive systems vary in scale and complexity.  Examples include off-the-shelf (shrink wrap) software products, custom office systems, plant monitoring systems, automated banking systems and consumer products.”とあるように、消費者製品も含まれれば、ソフトウェア製品も、大規模システムも含まれている。そして、2.1 interactive systemの注には“The term “system” is often used rather than “interactive system””と書かれており、インタラクティブシステムを単にシステムとも言うと書いてあり、このあたりはスッキリしている。

ただ、2.3 usabilityでは、“extent to which a product can be used (以下略)”と書いてあって、やはりsystemとproductの関係ははっきりしなくなっている。冒頭の部分との一貫性を考慮するなら、systemの中に含まれている消費者製品のことを指している、とも考えられるのだが、そうだとするとたとえば大規模システムはどうなるのだ、という疑問がわいてしまう。

このあたり、規格の用語の定義に関連する既存の規格を引用しているという習慣?もしくは規則?の弊害なのではないかと思われる。さきほどの2.3の定義はISO 9241-11:1998のものを引用した形になっているが、やはりここは“extent to which a SYSTEM can be used (以下略)”として首尾一貫性を確立すべきだったと思われる。

もともとISO 9241-11:1998は、“usability of a visual display terminal”を取り扱っていた規格で、そのなかではproductつまり製品という表現で首尾一貫している。その中で定義されているusabilityを「こりゃ、いいわ」と引用してしまった(当時はまだISO 9241シリーズに含まれていなかった)ISO 13407に、責任の大元があるといえるだろう。VDTは単体の製品である。だからISO 9241-11:1998では、製品という言い方をすることで問題がなかった。それをinteractive SYSTEMに援用してしまったとたんに、訳のわからないことが起き始めたのだ。しかも、ISO 13407が後にISO 9241グループに組み込まれてしまったことも混乱の始まりといってよいだろう。

結局、システムと製品のごちゃごちゃした関係性はISO 13407:1999以来のものであることが分かった。ここでユーザビリティという概念定義の関係で製品という用語を入れてしまったために、システムと製品の関係がわかりにくくなってしまったし、ISO 9241-210:2010でサービスという概念をよく検討しないまま追加したために、さらに入り組んだ関係になってしまったわけだ。

で、どうすべきか

筆者にとって最善と思われる解決策は、ISO 13407:1999が言い始めたシステムという言葉で首尾一貫させる、というやり方だ。したがって、製品もサービスも環境も施設も、すべてシステムの一部と考えて、それらの言葉はひっくるめてシステムと言ってしまうのだ。

いや、もちろん、「引用元の規格が定義を変えてくれなければ、そんな勝手なことはできない」というルールがあることは知っている。じゃあ、こうすればどうか。規格のなかではシステム、製品、サービス等々の表現があるが、それはシステムという概念に一括して解釈して欲しい、という「解説」を付け加えるのだ。

引用という作業が、規格のシステマチックな体系化に寄与するというのは見果てぬ夢だろう。規格を追加してゆけば、あるいは改定してゆけば、人間のやることである以上、何らかの齟齬が生まれることになりやすい。どこかでその夢想を断ち切るべきなのではないだろうか。