HCD 2.0の時代

AIやロボティクス、IoTなどが普及するにつれて、HCDが扱う対象は、人間がそのなかに取り込まれ、そのなかで生活をするものにまで拡大されるようになるだろう。そうした時代の設計理念をここではHCD 2.0と呼ぶことにしよう。

プロダクトのユーザビリティ評価

製品、つまりプロダクトは、それがハードウェアであろうとソフトウェアであろうと、基本的にはインスペクションユーザビリティテストによってそのユーザビリティを設計段階で評価し(形成的評価)、設計内容を改善することができる。なお、ISO 13407ではHCDの対象はプロダクトと書かれているだけだったが、ISO 9241-210では、それがシステム、プロダクト、サービスに拡大された。

しかし、システムの場合、監視制御システムのように端末で状態をモニターしたり結果を確認するような時には、実物の端末やそのモックアップや試作品という対象物があるし、士業向けの電子政府システムや電子投票などの場合は、結局のところパソコン上のウェブサイトでの話であるから、設計の途中でユーザビリティ評価が可能になり、問題点を改善することができる。

サービスについて念頭に置かれているのは、ウェブサイトに実装されたソフトウェアがサービス機能を持っている場合が中心のようだ。またWebを利用した検索やストリーミング視聴、遠隔教育等のサービスについても同様である。

いいかえれば、システム、製品、サービスといっても基本的に端末のようなハードウェアプロダクトやウェブのようなソフトウェアプロダクトをベースにしたものが多く想定されているわけで、基本的にはプロダクトのユーザビリティを考えた規格とみなすことができ、それなりのユーザビリティ評価が可能になるだろう。

ユーザビリティ評価からUX評価へ

次に目に見えたり触ったりすることのできるプロダクトがあっても、そのユーザビリティだけを考えたのでは不十分な場合について考えてみたい。たとえば教育というシステムないしサービスである。

その場合、ユーザビリティについて検討すべき課題はもちろん存在する。そこで用いられているプロジェクターやタブレット端末などのユーザビリティについては、他のプロダクトと同じような評価が設計段階でも可能である。プロジェクターの場合は製品(機器)としての単体のユーザビリティで、投影するソースを切り替える操作などにはユーザビリティの問題が潜在している。タブレット端末やスマホ、パソコンなどについては、それらの機器単体でのユーザビリティもあるが、そこに表示し、学生や生徒が対話的に操作し結果を表示してもらい、教師側がその状況をモニターするというユーザビリティの問題がある。そうした問題は、時には、設計段階で疑似環境を構築して評価することが可能である。

しかし、実際の教育環境には、単に教える・学ぶという活動だけでなく、学生間の相互作用を見たり、成績を管理したり、個々の学生の学内外における生活までを含めた指導を行ったりという活動も含まれている。そうした教育活動全体のなかでは、従来とおなじようなユーザビリティ評価だけでは不十分である。いいかえれば、教育環境の評価に関しては、プロダクトの場合のように設計段階で事前にきちんとしたユーザビリティ評価をすることは不可能に近く、実際に導入したあとで実態調査をしてUX評価を行うことが不可欠となる。

自治体行政のようにモノとしての対象がない場合

対象物がない場合としては政治のような人工物がある。国政だと話が大きくなりすぎるので、ここでは地方自治体の活動を例に取り上げよう。地方自治体の活動に関連して生活者が日常かかえている問題には様々なものがある。税負担の問題もあれば、ゴミ屋敷や空き家への対策という問題もある。横断歩道を設置してほしいという要求もあれば、電車や自動車の騒音をなんとかしてほしいという要求もある。虐待されているらしい児童の保護に関する問題なども、メディアでしばしば取り上げられている。

こうした社会生活に関連した問題などについては、それなりの行政的対応が可能なものが多いけれど、その対応が適切かどうかについてはユーザビリティという視点だけでは捉えきれない。前述したようにそれらはUX、さらにいえば日常生活経験、つまりEX (Everyday Experience)とでもいうべき領域に関係してくる問題である。

モノとしての対象がない場合の実証実験による評価

実証実験とか社会実験という概念がある。いきなり全地域に適用してしまうのは冒険すぎるから、まずは限定した範囲で実施してみて、その適切さを判断しようとするものである。しかし、これは設計時の評価ではなく、利用時の評価、つまりはUXの評価、ないしはEXの評価ということになる。つまり、社会システム、つまり社会生活に関連した人工物の評価は、利用時の評価として行うべきなのだ。そして、社会生活においてはある事柄に影響を与える要因(独立変数)が多数あり、複雑な形で影響を及ぼしているので、たとえばデジタルサイネージを交差点の付近に設置する、といった程度のシンプルなことであれば別だが、一般には分析や結果の解釈はむつかしい。

それにしても現状での実証実験や社会実験の評価に、どれだけHCD関係者が関与しているだろう。そして適切なUXやEXの評価が行われているのだろう。残念ながら、ごく少数にとどまっていることだろう。

UXやEX評価の普及を

たとえば筆者の提案したERM (Experience Recollection Method)という評価手法は、ひとりひとりの評価者の経験値(満足度)を緩い時系列で把握しようとするもので、社会生活のように対象物が明確でない場面に適用しても有用な知見を提供してくれるものと考えられる。ERMに限らず、何らかの方法で自治体行政のようなことのUXやEXを把握することができれば、その施策の有用性を確認することができるだけでなく、生活者の意識にのぼっている多様な要因の影響を満足や不満足という形で把握でき、施策を改善するポイントが見えてくる。

社会システムを対象としたHCD 2.0の時代

HCDは、製品やシステム、サービスという対象のユーザビリティ(最近ではUXも含んで語られてはいるが)を改善するアプローチである。その意味で、ISO 9241-210の前身であるISO 13407はシンプルで一貫性が取れていた。その思想は、ユーザが利用する対象物のユーザビリティをユーザ中心の立場で改善していこうとするものだった。いいかえれば、ユーザと対象物を対峙した関係性のなかで最適化していこうとする立場であった。

しかし、AIやロボティクス、IoTなどが普及するにつれて、HCDが扱う対象は、ユーザと対峙するもの、つまりプロダクトを中心としたものだけでなく、人間がそのなかに取り込まれ、そのなかで生活をするものにまで拡大されるようになるだろう。教育場面もそうだし、プライバシーやセキュリティの問題も、生活環境の問題も、そして社会組織や民主主義体制といった問題も、ICTの新たな領域によってHCDの対象となりうる。

そうした時代におけるHCDは伝統的なユーザビリティ重視の概念から変化する必要がある。UCDとほとんど同じ意味で使われていた初期のHCDという概念から脱却することが必要になる。人間の幸福や満足という課題を重視するスタンスでは、「ユーザ」という概念よりも「人間」というとらえ方の方が適切になるだろう。そうした時代の設計理念をここではHCD 2.0と呼ぶことにしよう。いわば、ユーザ中心設計から真の人間中心設計へのシフトである。当然、その設計対象はプロダクトだけでなく、というよりもむしろ、人間がそこで生活をしている社会的システム全体になるだろう。

こうしたHCD 2.0の時代には、まず考える力が必要になる。もはや直感や洞察だけでは対処しきれない。意匠のデザインで対処できないのはもちろんである。ただし、コンセプトを重視して生活者の要求事項を明確にし、「頭のなかで」デザインをし、その適切性を「想像力」によって評価する、というプロセスをたどるという点で、それは現在のHCDの延長といえる。

しかし、それはもはや伝統的なデザイナーの力の及ぶ範囲を超えてしまうだろう。その代わりに新たな人種としてのデザイナーがその役割を担うことになるだろう。彼らは社会科学や人間科学の豊富な知識にもとづいて、どのような社会システムという人工物が適切なのかを考え、それをコンセプトとして描きだし、設計してゆくようになる。それがHCD 2.0の時代なのだ。この概念については、今後も折に触れて語ってゆきたい。

公開: 2019年7月17日
著者: 黒須教授