『現場の声から考える人間中心設計』の出版
この本は、製品やサービスの設計現場でHCDがどう認知・受容されているのかを、その現場にいる人々へのインタビューによって明らかにしたもので、法政大学の橋爪さんとの共著である。
ついに出版に至る
題記の本が2022年3月30日に出版された。今回は法政大学の橋爪さんとの共著である。橋爪さんが、法政大学のイノベーションマネジメント研究センターの研究書出版補助費を獲得し、その助成を受けて出版することになったものである。
橋爪さんの学務が集中していたため、年度明けの2021年4月に企画書ができあがり、6月に出版社が確定した。
本書は二部構成となっていて、第一部では、人間中心設計に関連したISO (JIS)規格の発展経緯をなぞり、人間中心設計の考え方の源泉とその展開について書き、第二部では、人間中心設計を実際に事業のなかで展開している(と考えられる)人々を対象にしたインタビューのデータにもとづいて、人間中心設計が現場ではどのように認知され受容されているのかを明らかにしようとした。
第一部の原稿は2021年5月には執筆を開始していたが、それと並行して第二部のためのインタビュー調査の大半を7月から8月に実施した。インタビューを実施しつつ、その書き起こしを外注し、インタビューを受けた人や企業が特定されないように文章を削除したり書き直しをしたりして、逐次、データを蓄積していった。その作業が2021年8月から9月に行われた。そして、10月には見本組ができ、11月には初校、12月には再校、2022年1月に三校となり、ついに3月に出版という流れになった。
思えば、1年弱で出版にこぎつけた訳で、これには出版社である共立出版殿のご協力と、編集者の河原優美さんのご尽力が欠かせないものであったこと、ここに記して感謝したい。
本書の特徴
第一部では、人間中心設計という概念がどのようにして生まれ、それがISO (JIS)規格のなかでどのように位置づけられてきたかを概観している。本書の主目的は第二部での現場の皆さんの声を載せることにあるので、第一部は簡潔に書いてある。それでも、ノーマンからシャッケル、ニールセンに至るユーザビリティ概念の流れには触れ、ついでISO 9241-11:1998について説明している。ただ、筆者はISO 9241-11:1998の審議には参加していなかったので、規格から読み取れる範囲の内容に限って執筆している。ISO 13407:1999については、筆者が初めて審議に参加した規格であることから、私的な思い出を含めてその内容を紹介している。なんといっても人間中心設計という概念が最初に提起された規格であるし、日本においてユーザビリティや人間中心設計を広めるきっかけになった規格でもあるので、その設計プロセスや利用状況などの諸概念は、その後のISO 9241-210シリーズに伝承されている関係もあって、少し詳しく説明を行っている。
その後、ISO 13407:1999がISO 9241-210:2010として改定され、UXという概念が導入された。少し遅くなってISOから9年後になってしまったが、国内のUXの流行状況を鑑みて、JIS Z 8530:2019として公開されたことについて説明し、さらに、ISO 9241-11の方も2018年に改定されたこと、そしてISO 9241-210は2019年に再改定されて、国内ではJIS Z 8530:2021として公開されていることを説明している。
第二部の内容
第二部では、関係者の間で吟味して制定された規格が、実際にはどの程度広く深く普及しているのかを調べるため、製品やサービスの設計に関与している人々にインタビューを行い、その内容にもとづいて、人間中心設計に関する規格がどのように使われているのかを明らかにすることを目的とした。
インタビュー調査のためのリサーチクエスチョンは以下のようなものである。
- HCDという考え方について、どう思うか
- HCDにISOやJISの規格は必要だと思うか
- HCDの規格がなかったとしたら、どんな状況になっていたと考えるか
- HCDの規格があってよかったと思う点について
- どの段階でHCDに関する規格のことを知ったか
- HCDの規格の内容を知ることは、実際の業務にどのように役に立っているか
- 社内風土はHCDの導入に適しているか
- HCDの考え方は、どの程度、社内に浸透しているか
- HCDの規格に準拠できているところと、できていないところについて
- ISOやJISの規格の改定について
- HCDの規格で改善して欲しい点について
- HCDとデザイン思考との関係をどのように位置づけているか
インフォーマントとしては、製造業6名、サービス業6名の計12名に依頼した。バラエティに富んだ人選だったが、ある程度全容が見えるように感じられた段階までサンプリングを継続してからリクルーティングを終えた。その意味では、典型的な理論的サンプリングだったといえる。
匿名を前提としたインタビューだったので、インフォーマントには比較的気軽に話をしていただけたが、いざ原稿起こしをする段になって、これでは企業名が特定されてしまう、これではインフォーマントが特定されてしまう、といった可能性が色々と出現し、その対応に追われたため、惜しみながらも削除した内容は結構あった。
インタビューの内容については、すでに「企業におけるISO/JIS規格の受け止め方」という記事で紹介したものと重複するのだが、印象深かった点は、やはりピラミッド構造の企業組織において、上長、特にトップの人たちの理解ないし寛容さが重要だと思われたことだ。そしてポストではなく、そこに位置する人物がどのような性格や考え方をもった人なのかが重要だという点も興味深かった。異動があって、当該ポストに別の人物が割り当てられた途端に、人間中心設計からの距離が遠くなる、ということも見いだされた。人間中心設計の成熟度モデルというものも提案されてはいるが、それは個々人の性格や考え方を考慮しなければ理念的なものに終わってしまうことだろう。
製造業とサービス業を比較すると、製造業はきちっとプロセスを固めて製品づくりをおこなっているため、人間中心設計を取り入れる、となったら、比較的容易に対応できる例が多いようだった。それに対してサービス業では対象とするサービスのライフサイクルが一般に短いこともあり、きちんとした形で、というよりは、フワッとした形で人間中心設計の雰囲気が取り込まれているような印象を受けた。
全体として規格がきちんと読み込まれているかというと、そうした例は珍しい方で、自分たちに使える部分は使えるが、そうではないと思うと切り捨てられてしまう、というような傾向があった。特にサービス分野においては、規格が現実に即していないことが多いこともあるようだった。実際、規格の策定に関係している人たちの多くが製造業関係の人であることが反映しているとも考えられた。また、規格自体にも不明瞭な箇所や不十分な箇所はあるので、そうした点については、今後の改定で対応していくことが望ましいと考えられた。
ただ、規格制定から20年以上経過した現在では、人間中心設計をやって成功した事例を教えて欲しい、といった見当違いの質問をしてくる人は確実に減ってきた。人間中心設計という言葉が、流行語にはならなかったものの、それなりに着実に関係者の頭のなかに届くようになったということだろう。
書誌情報
目次
PART 1 人間中心設計の規格化
- 技術中心設計の時代
- 人間中心という考え方の必要性
- ユーザビリティへの関心の高まり
- ISO 9241-11:1998(JIS Z 8521:1999)の規格化
- ISO 13407:1999(JIS Z 8530:2000)の規格化
- ISO 9241-210:2010(JIS Z 8530:2019)への改定
- ISO 9241-11:2018(JIS Z 8521:2020)への改定
- ISO 9241-210:2019(JIS Z 8530:2021)への改定
PART 2 HCD の実践現場の声
- インタビューの概要
- 製品・システム分野
- サービス分野
- UXデザイナーのGさん ―Web サービス
- デザインリサーチ担当のHさん ―Web サービス
- 出資・アライアンス担当のIさん ―通信・IT
- UIデザイナーのJさん ―通信・IT
- デザインコンサルタント/デザイナーのKさん ―デザインコンサルティング
- マーケティングリサーチャーのLさん ―マーケティングリサーチ
- まとめ:著者対談
引用文献
あとがき ― 対話風に
索引
(詳細:共立出版)