HCDの実践活動
HCDの実践活動は結構むつかしい。 実践家の皆さんにとって「恰好をつけずに」実践報告や質疑における自由討議をすることはとても有益だと思うので、そのような場を構築していただけるといいと考えている。
理論と実践
社会的実践活動をするとき、そのベースには基本となる信念や信念体系がある。素朴なものでいえばヒューマニズムであったり、生態系保全であったり、現世的利益などである。こうした素朴なものは感情や欲求がベースにあり、それを適切な表現で行動指針とし、それにしたがって行動することで実践活動となる。
HCDにおける理論
HCDもひとつの信念体系といえるだろう。その方向で活動していけば、人々の暮らしの質は向上し、人々は満足して生活できるようになる。ただ、最近では、それに功利的価値観が加わり、いや功利的価値観に置き換わり、売り上げがあがって企業的利益を増大させるためにどうしたらいいかという形になってきているようではあるが。
ユニバーサルデザインにも信念の体系がある。ただ、HCDの場合と比べると、メイスの7原則にたどり着くような形になっていて、その形は比較的シンプルである。
しかし、HCDの場合には、信念の体系がISO規格という形で精緻化され、論理的に表現されているので、多少難解なところがある。信念体系というよりは理論的体系といったほうがいいだろう。ただその理解がむつかしいため、規格をちゃんと読まず、規格の理解を簡略化して「プロセスをぐるぐる回す」というような安易な形で、あとは適当にやっている人たちもいる。いわば何でも(というと極端ではあるが) HCDと言ってしまえるようなところがあるわけだ。
ただ、ユニバーサルデザインにしてもHCDにしても、そうした原則や体系的文書によって理論が構築されているだけでは意味がない。それにもとづいた実践が伴わなければならないのだ。
ユニバーサルデザインの場合には、基本となる理論というか信念体系がシンプルであるだけに、実践活動は比較的やりやすい。高齢者や障害者に配慮したデザインをしましょう、という形で、いろいろなデザインが行われやすい。
それに比してHCDの実践活動は結構むつかしい。人々の利用価値を高めようという感情にもとづいた信念体系と理論がとかく忘れられがちで、現世的利益を追求する動きが中心的位置を占めてくるようになると、余計にわけがわからなくなる。つまり、HCDの実践活動というのは、何をやれば実践活動になるのかがわかりにくく、そのために「ぐるぐる教」が登場してしまうことにもなるわけだ。
実践組織としてのHCD-Net
2005年に活動を開始したHCD-Netは、当初は多様な方向性をもっており、研究も一つの方向として含まれて研究事業部として現在に至っている。その後、HCDの実践組織としての性格が徐々に強まった。2008年にスタートした資格認定制度はその典型的なものといえるだろう。こうした活動には大きな社会的意義があり、実践組織としてのHCD-Netならではの活動といえるだろう。
HCD-Netにおける研究活動
HCD-Netには研究事業部があり、いろいろと努力を重ねてHCDの研究発表会などを実施している。ただ「研究」というニュアンスが実践組織にふさわしいかというと、筆者は多少の疑問をいだいてもいる。
ここで思い出してほしいのが、HCD-Netの前身であるヒューマンインタフェース学会のユーザビリティ専門研究会(2000年に活動開始)、そしてさらにそのもととなった海保先生の呼びかけによる自主組織としてのユーザビリティ評価研究談話会(1995年に活動開始)の活動のしかたである。
ユーザビリティ専門研究会は、一般の学会の研究会同様、各企業から研究発表を募り、発表と質疑応答を行うものだったが、ユーザビリティ評価研究談話会はちょっと趣を異にしていた。幹事企業が順繰りに自社の施設紹介や活動紹介をする形で例会を行っていたのだ。
ユーザビリティ関係者は、それまで横のつながりがなく、しかもユーザビリティ活動の立ち上げ期にあたったため、皆が皆、どのようにして活動をすればいいのか、暗中模索の状態だったのだ。そういう状況で、各社、といっても製造業の大企業が中心になってしまってはいたが、その活動実態が知られることで、活動の進め方について指針を得ることができた。これは実践担当者にとってまたとない学習の機会であり、大きな社会的意義があったと思う。
残念ながら、幹事企業を一巡したところで活動は停滞し、たまたま設立されたヒューマンインタフェース学会に専門研究会として移行することになったが、この各社の状況をまとめて紹介するという活動は、現在でも意義があるものだし、それこそHCD-Netが担当してもいいものではないかと考えている。
HCDの実践活動紹介
しばしば、HCD関係者は発表をしたがらないが、話は聞きたがる、と言われている。それは「研究」というキーワードが枷になってしまっているのではないかと考える。「研究」ではなく「実践活動紹介」ということで、大企業だけでなく中小企業を含め、また製造業だけでなくサービス業も含め、企業における活動紹介をしあうことには大きな意義があると考える。特に、いろいろなキーワードや手法が提起されている現在、各社が「実際のところ」どのように活動しているかは、関係者がお互いに知りたがっていることではないだろうか。
- シナリオとかって本当に作っているの? それってどういう具合に役に立つの?
- ABテストで成功したことや失敗したことはどんなことなの?
- ユーザ調査を担当する人をどうやって選抜し、教育しているの?
- サービスブループリントって実際どうなの?
- ISOの規格についてはどんな風に受け止めて実践しているの?
等々の疑問は山積していることと思う。こうしたことを「恰好をつけずに」実践報告をすることは実践家の皆さんにとって、発表して意見や質問をいただくことも、また質問して回答をいただくことも、とても有益なことだと思う。発表と質疑にわけた場合、質疑における自由討議はとても大切なもので、発表時間とおなじくらいの時間を割り当てるのがいいと思う。
振り返ってみれば、アメリカのUXPA (以前のUPA)も学会というよりは、実践者の情報交換の場であった。最近は参加していないので、何らかの変化があったかもしれないが、少なくとも筆者が参加していた2010年まではそういう感じだった。ACM SIGCHIにも昔はDesign Briefingという場があって、情報交換の目的で役に立っていた。ただ、こちらはSIGCHIが学会であり、そのなかのイベントの一つであるということから、実践者の情報交換の場という位置づけが困難だったためか、立ち消えになってしまった。
ともかく、アメリカでやっているのだから日本でもそれをやろう、ということではなく、日本のHCD担当者やUX関係者にとって必要な情報交換の場を作ろうという意図で、ぜひそういう場を構築していただけるといいと考えている。