グランドチャレンジ(2):
シュナイダーマンの考え 2/2

シュナイダーマンたち合計6名の著者による“Grand Challenges for HCI Researchers”において、HCIに関して全部で16の問題が挙げられている。本稿ではそれらを紹介しながら、筆者のコメントを付けていきたい。

  • 黒須教授
  • 2019年6月20日

(「グランドチャレンジ(1): シュナイダーマンの考え 1/2」からのつづき)

改めてグランドチャレンジとは

本題に入る前に、もしかしてグランドチャレンジってバズワードの一種なのかなと気になって(いや、むしろHCI分野以外のグランドチャレンジについては、読者の皆さんには既に周知のことなのかもしれないが)、いちおう検索してみた。

すると、グランドチャレンジという言い方の発端はどうやらDARPA(アメリカの国防高等研究計画局)が呼びかけたロボットカーレースだったらしいことが分かった。現在はすでに企業間の競争が実戦化している完全自動運転車だが、その技術開発力を刺激するために、まずは自動運転車を砂漠で240Kmほど走らせようという2004年に行われたイベントがDARPA Grand Challengeである。これは日本でもマスメディアで報道されたことを覚えている。

その後、NAE (National Academy of Engineering: 全米技術アカデミーないし全米工学アカデミー)という組織が、現代世界がそこに大きく依存している時計、印刷技術、発電機、自動車や飛行機、コンピュータ等々の発明に相当する技術革新のこれからの方向性を探ろうということで、2008年にNAE Grand Challenges for Engineeringというイベントを実施した。このイベントは、サステイナビリティ、健康、安心、生きる楽しさという四つのテーマのもと、その実現に関係する技術的課題や可能なアプローチを洗い出そうとしたものだ。

サステイナビリティは、人口増加と人々の要求も増大する結果、天然資源の消費がどうなるか、またQOLが維持できるのかという課題である。健康は、より有効性が高くて迅速に提供される医療を実現できるかという課題である。また安心は、世界的に流行する疾病やテロリストの暴力、自然災害などから人々を守る新しい方法を開発できるかという課題である。最後に、生きる楽しさ(joy of living)は、人類が古来から試みてきたその増進のための製品やプロセスを工学的なイノベーションで解決できるかという課題である。

このグランドチャレンジはHCIに限ったものではなく工学全般にわたるものであるため、HCI関係者からすると分野違いの課題が含まれているという印象も与えてしまうが、こうした根源的な問いかけを、非政府組織ではあるものの国家的な組織が主導してまとめようとした点は注目すべきだろう。その論文では、その後に具体的な解決への取り組み方が議論されているが、本稿はHCIに関するものなので、ここでは省略する。

ともかく、シュナイダーマンやHCI InternationalがHCIにおけるグランドチャレンジを提案しようとした背景には、こうした動きがあったのだということを押さえておきたい。

シュナイダーマンによるHCIのグランドチャレンジ

ACMのInteractionsに掲載された論文“Grand Challenges for HCI Researchers” (2016)の著者は、シュナイダーマンのDesigning the User Interface 6th editionの共著者たち合計6名(Shneiderman, B., Plaisant, C., Cohen, M., Jacobs, S., Elmqvist, N., and Diakopoulos, N.)である。前回紹介したように、彼らは創造性に重きを置いているが、それをどの方向に向けて発揮すべきかということについて、次のような事柄をあげている。

  • 人口増加が天然資源を消費してしまう問題
  • 都市の繁栄が住居や交通におよぼす問題
  • 家族が教育や安全を求めている問題
  • 患者が健康管理や社会システムに抱く期待

それに加えて

  • 経済を発展させること
  • 国民を政治に参加させること
  • 民権を守ること
  • 適切な安心感と過剰な監視のバランスをとること
  • 汚職をとめ、浪費を防止すること

を挙げており、前記のNAEのリストもそれに追加されるべきだと書いている。いいかえると、HCIについての問題を考えようとしているのだが、結局のところ「すべての問題」にHCIが関係しているという認識だ、と言っているのと同じことになる。彼らは全部で16項目を挙げているので、それらを次に紹介し、筆者のコメントを付けていきたい。

(1) 人間の欲求に関するハンドブックの開発

シュナイダーマンが指摘しているのは、これまではマズローの階層モデルがそれなりの意義をもち影響を与えてきたものの、我々は、設計(デザイン)を洗練させ、新しいツールやサービスを発明するために、現代版の詳細なハンドブックを必要としている、というもの。

たしかにマズローのモデルの影響力は大きく、マーケティングなどの分野で人間行動を説明するのに役に立ってきた。その延長線上で現代版の詳細なハンドブックを作りたいという気持ちは分かるが、さて、心理学者のマレー(Murray, H.A.) が既に准教授時代にまとめた“Explorations in Personality” (1938) Oxford U.P. (『パーソナリティ』外林大作訳編 (1962) 誠信書房)においては、リストアップされた欲求のリストは数十を超えている。シュナイダーマンがこの本のことを知っていたかどうかは分からないが、単にリストアップするだけなら既になされているし、またマズローのように階層化を試みたとしても、複雑になりすぎて意味をなさないのではないかと思われる。したがって、この項目については、僕は却下としたい。

(2) ユーザエクスペリエンスからコミュニティエクスペリエンスへの移行

仕事やコミュニケーションや楽しさといったことについてのインタフェースはすでにUXデザイナー達によって作られてきたが、今や、コミュニティエクスペリエンスデザイン(CXD)やソーシャルメディアへの参加、ゲーム理論的な仕組み、モチベーションの戦略などについて、成長するコミュニティへの建設的な取り組みが必要だろうという話である。

これは、すでに提唱されているソーシャルデザインという領域がコミュニティに関する問題提起や取り組みを考えており、このあたりに該当するかと思われる。ただし、ソーシャルデザインでは個人に関わってくる社会的な問題のすべてを扱おうとするわけではなく、したがってまた政治的課題については距離を置いている。法制度や政治的な課題は選挙などの制度設計が関係してくるので、ちょっと性質を異にしているからだろう。しかし、だからといって手をこまねいていては社会が前進しない。コミュニティに限定せず、いわばソーシャルエクスペリエンスとでも言うもの全体への取り組みが求められるだろう。

(3) 説得の理論の洗練

禁煙や節煙、肥満防止、癌の防止のためなどで医療関係者の言うことを守るといったことは、その内容だけではなく、説得の技術や理論にも関係してくる、というもの。

まあ、悪いことではないんだろうけれど、説得の技術が有効すぎて、社会全体が同じ方向に揃って動いてしまう可能性に、ちょっとした不安と不気味さを感じてはしまう。また、説得技術が改善されたら、当然それは政治的にも利用されるので、そのあたりは倫理的に気をつけねばならないだろう。この技術開発には、メディアの利活用の問題と、社会科学的な考察とが関係してくるので、挑戦的ではあるだろう。

(4) 資源節減の促進

人口増大に由来する水やエネルギー、自然資源等の利用を削減するには、再生産可能な形での生産拡大も考えられるが、UIやコミュニティの関与によって効果的な戦略を生み出すべきだ、というもの。

筆者は人口爆発をゆゆしき問題だと思っているが、直接的にはHCIは関係が薄いだろう。むしろ、そもそもの人口増加を抑制する策なくしては解決しないだろうと考えている。その意味ではメディアの効果的な使い方を含めた説得の新技術が関係してくるのだ、ということになるかもしれない。

(5) 健康を学習するシステムの構築

より多くの人たちが健康管理を学べるシステムを作ることが大切で、マクロなレベルからの状況把握とボトムアップのレベルからの関係者の努力が必要だ、ということ。

たしかに健康な生活は望ましいように思えるが、結果的に引き起こされる寿命の伸長による社会の超高齢化や人口問題にも関係してくるので、広い視野からの検討が必要だろう。

(6) 医療機器の設計の進歩

すでに補聴器やペースメーカー、身体センサー、データ記録ツールなどが進歩しており、インシュリンポンプ、視覚の回復、義肢、ブレインコンピュータインタフェースやナノデバイスなどの今後のさらなる進歩にあわせて、パフォーマンスを観察記録し、活動のログをとり、適切な調節を行うようなユーザインタフェースが開発されねばならない、という話。

これについては主に人間工学の分野が新たに取り組むことになるだろう。

(7) 適切な加齢対策への支援

高齢者人口の増加により、センサーからのデータ取得、健康なダイエットやエクササイズの増進、社会的な結びつきの増進、ケア担当者の適切な関与などは、IoT技術の応用などで解決していけるのでは、という話。

古来、長寿は望ましいこととされてきたが、高齢者人口の増加が社会に及ぼす負の影響、たとえば年金制度の崩壊などについての検討も行わないと片手落ちになるだろう。いいかえれば、HCI関係者はHCIの領域だけを見ていればいいわけではない、ということにもなる。

(8) 生涯学習の促進

生涯学習は、多数の多様な人々にオンライン学習やタイミングの良い訓練、ゲームによる学習、その他の社会的学習を提供すべきだろう、という話。

これに関連して思うのは、学校教育に含まれておらず、あるいはそれが不十分だったりして、たとえば自転車が左側通行だということを知ってか知らずにか右側を走るケースが多いこと、年金や生活保護などに関する仕組みを理解していない人がいること、どういう行為がどういう犯罪になるのかを知らない人たちがいること等々である。

さらにいえばオフィスでの電話の受け答えができない人たち、ビジネスメールの書き方を知らない人たちなどの存在も問題である。要するに、勉強したい社会人にその機会を提供するだけでなく、社会人として知っておくべきことを義務教育的に教えるシステムと、そのためのコンテンツの整備が必要なのではないか、と筆者は考える。

(9) 短時間でのインタフェース学習の促進

初心者にも熟練者にも適したマルチレイヤー(多層的)なユーザインタフェースがあれば、新規ユーザが容易に熟練ユーザになれる。これは多様なユーザや障害をもったユーザへの対応にも有効な筈だ、という話。

すでにキーボードの刻印(刻印は初心者への対応であり、熟練者はキートップを見ないでも打鍵できる)、メニューとコントロールシーケンスの並存など、初心者と熟練者に対するマルチレイヤーなインタフェースは実現している部分もあるが、これはそうした努力をさらに進めようというモチベーションの問題というよりは、インタフェース設計における技術的な可能性の問題という面が大きいだろう。だから、これをHCIの課題としても、どれだけ学習が促進できるかは分からないように思う。

(10) 新しいビジネスモデルの考案

より密接なB2Bや容易なC2Cの実現は、信頼を促進し、コンフリクトに解決を与え、消費者評価からのフィードバックを受けるようにUXがデザインされれば、新しい可能性を開くだろう、という話。

ただ、話が抽象的すぎる。具体的なモデルが示されなければ、絵に描いた餅にしかならないだろう。

(11) 新規な入出力装置のデザイン

入力については、既にキーボードからジェスチャーや音声、身体の動きなどにシフトしてきたが、触覚的環境や静止画や動画、3Dスキャナー、各種センサーなどがその可能性を広げるだろうし、出力については、小型の触覚出力装置、アンビエントな音響生成装置、画像投影装置、大型ディスプレイなども広まってきた。今後は、透明なガラス、没入的ゴーグル、3Dプリンタなどが宝石や食べ物、椅子や車やビル建設などに使われるだろう、という話。

たしかに入出力装置はユーザインタフェースのキーエレメントではあるけれど、ここに挙げられたような話は、すべて既に手が付けられているもので、新鮮味が全くない。せめて、どういう方向に伸ばしてゆくべきかといった方向性の話をアプリケーションイメージと共に提示してくれないと、とてもグランドチャレンジとは言えない。

(12) 分析の明瞭度を上げる

ビッグデータの利用は、ビジネスやコミュニティ活動、健康管理などの領域で、それまで見えなかったものを見せてくれたが、視覚的インタフェースの高度な利用と統計技法の応用とで、個人やコミュニティ、また全地球的な繁栄に向けた動きが加速されるだろう、というような話。

これまた既にビッグデータについて語られている話で、たしかに大きなチャレンジではあるが、新鮮な指摘とは言えない。

(13) 共感や同情や思いやりの増幅

共感が適切な状況で示されれば人間関係は円滑になるだろうし、同情や思いやりは個人や家族やコミュニティの生活をよりよいものにするだろう。だから、そうした行動を理解し促進しましょう、という話。

もっともな話ではあるけれど、HCIの課題としてどのようなことをすれば良いのかが全く語られていない。

(14) 安心できるサイバー空間

犯罪行為やプライバシーの侵犯は、商取引や活動への参加、政治への関与、各種ツールの利用への脅威となる。だからプライバシーを保護し、安心を確保するようにしましょう、という話。

これまた尤もな話ではあるし、グランドチャレンジではあるけれど、新鮮味はない。

(15) 内省や平静さ、心ゆたかであることを増進する

内省や平静さ、心の豊かさなどを重視する新しいインタフェースは、生活経験や創造的プロセス、自己認識を促進する。人生における挑戦のあり方、運の悪い人たちの抱いている欲求、人生の終末期における決定、死後のデジタルなサポートなどを考えることは、困難ではあるが心の安らぐ透明さを我々にもたらすだろう、という話。

重要な話ではあるが、さてHCI的にはどういう課題になるのだろう。死後のデジタルなサポートあたりは、以前、「思い出工学」といった名称で語られたこともあったが、それに類する話だろうか。

(16) 責任と説明責任の明瞭化

ユーザがどのような決断をしてどのように行動すると、その結果がどうなるかということを見せ、時には公にするようなインタフェースは、バイアスやごまかしのない適切な行動を促進することができるだろう。機械の自律性を目標としている設計者もいるが、自動化の進展とともに人間のコントロールを確実なものにすることが大切だ。同様に、アルゴリズムを明確にした説明責任向けインタフェースは、目に見えないコンピュータのプロセスをユーザに理解させることができ、自分の行動をより良く制御できるポテンシャルをユーザに与えることになるだろう、という話。

これは興味深く、また重要な議論になるだろうし、またHCI技術の新しい方向性としての意義が大きいように思われる。

まとめとして

ここにあげられた16のチャレンジは、非系統的に列挙されていて、種々雑多で玉石混交のようなところもあるが、筆者として重要そうだな、と思えるのは以下のものである。

(2) ユーザエクスペリエンスからコミュニティエクスペリエンスへの移行

これは、コミュニティでの活動に満足するだけでなく、法学や政治学、社会学そして倫理学などとの協働作業として国全体の、さらにはグローバルなレベルでの法制度や政治的制度全般について取り組むなら、さらに意義が大きくなると考えている。

また、

(3) 説得の理論の洗練

これは、社会科学的な側面も含んでおり、議論の種になりそうな感触はあるが、工学系の人たちだけでなく、心理学や社会学など他領域の人々とのコラボレーションを必要とするものであり、重要な指摘だと思う。

また、

(7) 適切な加齢対策への支援

この(7)だけでなく、(4)も(5)も(6)も関係するが、人口問題に関係した話は、いろいろな波及効果を含めて真剣に議論すべき課題であると思っている。

また、

(8) 生涯学習の促進

これは、社会人として最低限必要な知識の学習機会をどのように提供するかという面においては、筆者の関心と大いに被るところがある。

また、

(15) 内省や平静さ、心ゆたかであることを増進する

これは、HCIとしての課題になるかどうかは分からないが、特にギスギスした現代社会において重要な課題ではあると思うし、

(16) 責任と説明責任の明瞭化

これも、社会科学との連携が必要になるけれど、ICTが進展している社会における倫理の問題として、重要な課題であると思う。

筆者の印象をまとめると、これからのHCIにおいては、社会科学や人文科学との連携が必須であり、幸せとか責任といった人間としてのあり方を巡る問題への気づきとアプローチが必要であるように思う。なお、こうした点は、次に紹介するHCI Internationalのグランドチャレンジでは、さらに深く追求されている。