短期的な利益よりも顧客ロイヤルティを優先しよう
短期的な利益の最大化よりもユーザーロイヤルティを優先することで、信頼や顧客維持、長期的な収益性につながり、持続的な成長を実現することができる。
ほとんどのデジタルプロダクトの最も重要なビジネス目標は、ユーザーロイヤルティと、ユーザーの今後の訪問や購入による顧客生涯価値を最大化することだ。1回ごとの訪問から得られる価値を最大化することは、それほど重要ではない。実際のところ、長期的な顧客関係を犠牲にして短期的な利益を追求することは、かえって逆効果に終わることが多い。
短期的な利益と長期的な利益のトレードオフ
利益の最大化とは、企業が可能な限り最大の利益を得るために用いる戦略である。それには、収益を増やしつつ、経費を削減するために、生産や価格戦略の調整、およびコストの管理が含まれる場合がある。
ほとんどの企業は利益の最大化を目指しているし、それは望ましい姿勢だが、長期的な利益の最大化と短期的な利益の最大化は区別する必要がある。多くの場合、この2つの間にはトレードオフがあり、企業は長期的な利益を増やそうとすると、短期的な利益の一部を犠牲にしなければならないことが多いからだ。
たとえば、ほとんどの企業は研究開発に投資している。こうした投資は、企業の短期的な収益性を低下させるが、長期的な収益性の向上につながる可能性がある。

顧客獲得は短期的な利益につながる
顧客獲得とは、見込み客を引きつけて有料顧客に転換する、あるいは既存の顧客に上位プランへのアップグレードを促すプロセスである。
顧客獲得の成功は、ほとんどの組織にとって不可欠である。しかし、新たな顧客が将来的に価値を提供しつづけてくれるようにするには、意識的に取り組む必要がある。さもないと、企業は短期的な利益のために長期的な利益を犠牲にするリスクを負うことになる。
たとえば、ある携帯電話メーカーが最新モデルで、圧倒的に長いバッテリー持続時間を約束して、新規顧客を引きつけたとする。しかし、実際の性能が期待どおりでなければ、その企業の戦略は顧客獲得とそれによる短期的な利益の増加にはつながるかもしれないが、顧客維持(リテンション)や長期的な利益が犠牲になる可能性がある。
顧客ロイヤルティと顧客維持は長期的な利益につながる
短期的な収益ばかり追求する企業は、顧客ロイヤルティと顧客維持を損ない、結果的に長期的な収益性を低下させるリスクがある。
顧客ロイヤルティは、信頼と満足を生み出す良好な体験を通じて構築される。その結果、ユーザーは競合他社ではなく、同じブランドを一貫して選ぶようになる。
残念ながら、デジタルデザインにおいては、短期的な成果や指標の向上を追い求めるあまり、顧客維持を犠牲にする企業も少なくない。たとえば、価格をより魅力的に見せるために追加料金を記載していないレンタカーのサイトもある。このような手法は、当初は顧客獲得や短期的な利益の向上につながるかもしれないが、レンタカーの受け取り時に想定外の追加料金に直面するユーザーにとっては、不満の残る体験となる。このやり方は、顧客の信頼を損なうだけでなく、再利用の可能性を低下させ、最終的には長期的な収益性を損なうことになるだろう。
顧客獲得と顧客ロイヤルティへの意識的なアプローチ
顧客維持と顧客ロイヤルティは、短期的・長期的両方の利益に影響を与える鍵となる要素だ。これらに意識的に取り組むことで、短期と長期の利益の間の持続可能なバランスを実現することができる。

獲得フェーズで維持を損なわない
1. 欺瞞的なパターンは避ける
欺瞞的なパターンとは、ユーザーを操作して、それを採用している企業にとって有利なアクションを取らせるようにするデザインパターンのことだ。こうした手法は短期的な利益の増加をもたらすことがある一方で、多くの場合、ユーザーの満足を犠牲にし、ユーザー維持を低下させ、長期的な収益性を損なう結果になってしまう。

メモ作成とタスク管理のアプリであるEvernoteには、直接的な利益を生まない無料プランがある。とはいえ、この無料プランのユーザーベースは、一部のユーザーがスムーズに有料プランに移行すれば長期的な収益源となりうる可能性を秘めている。同社が優れたユーザーエクスペリエンスを提供していて、ユーザーが無料プランの機能では物足りなくなった場合に、彼らが上位プランの存在を知っていて、かつ、プランの切り替えも容易であれば、アップグレードの可能性は高いはずだ。
もうひとつよく使われる欺瞞的なパターンに、強制的な継続がある。これは、ユーザーの明確な同意なしにサービスの継続を強いるものだ。たとえば、多くの企業はプロダクトの無料トライアル期間を設けているが、顧客が自ら解約手続きをしない限り、トライアル期間終了後に有料プランに自動的に移行する、という情報を隠している。
欺瞞的なパターンを適用することのリスク
欺瞞的なパターンは、当面の利益の最大化には有益に見えるかもしれないが、ユーザーロイヤルティを低下させ、ブランドイメージを損ない、長期的な成長を妨げる。持続可能な成功は、ユーザーの期待に応える透明性の高い取り組みにこそある。たとえば、無料プランから有料プランへの自然な移行を促すことで、信頼関係を築き、ロイヤルティの高いユーザーベースを育てることができる。
2. ダイナミックプライシング:利益とユーザーの信頼のバランスを取る
価格設定は、利益の最大化とユーザーロイヤルティのバランスをとる上で重要な役割を果たす。効果的な価格設定の鍵は、単に価格を高くするか低くするかを決めることではなく、価格をユーザーの期待と一致させることにある。
一般的な価格戦略のひとつに、市場の需要や競合状況、その他の外的要因に基づいて企業が価格を調整するダイナミックプライシングがある。この手法は経済学の基本原理に沿っており、利益を押し上げる効果もあるが、ユーザーの信頼やロイヤルティを損なわないよう、慎重に適用する必要がある。
ダイナミックプライシングの失敗例:オアシスのケース
イギリスのロックバンド、オアシスが2024年に再結成を発表した際、Ticketmaster(訳注:チケット販売会社)はダイナミックプライシングを採用した。需要が非常に高かったため、チケット発売と同時に購入しようとしたファンでさえ、表示価格の2倍以上を支払う結果となった。この件は、世間の強い反発を招き、Ticketmasterの価格設定手法に対して政府による調査が行われることとなった。
問題は、ダイナミックプライシングそのものにあるのではなく、顧客の期待に応えられないことにある。航空会社やホテル、ライドシェアサービスのような業界では、消費者が価格変動に慣れているため、反発が起きにくい。
たとえば、ほとんどの人は、出発日が近づくにつれて航空券の価格が上がることを受け入れている。この業界では価格設定の仕組みが明確に開示されており、それが広く知られているためである。
より公平に受け止められる、透明で段階的な価格設定

ダイナミックプライシングをより効果的に適用し、ユーザーの信頼を維持するために、企業は段階的な価格設定を採用し、その仕組みを明確に伝えるとよい。たとえば、音楽フェスティバルでは、多くの場合、チケットはあらかじめ設定された価格帯ごとに所定の枚数が販売される。この仕組みによって、顧客に価格上昇の可能性を事前に知らせるとともに、プロセスが公平だと感じられるようにすることで、現実的な期待をもってもらえるようになる。
3. 過剰なアップセルやクロスセルをしない
航空会社やレンタカー業界は、アップセルやクロスセルの多さで悪名高い。たとえば、Spirit.comで航空券を予約する際、ユーザーは4回もの煩雑なアップセルのプロセスを通過しなければならない。座席、手荷物、レンタカー、ホテルなどの航空券の追加オプションを購入しないことを自主的に選ばない限り、最初に表示された価格で航空券を購入できないのである。強引なアップセルは短期的な利益には好影響をもたらす可能性があるが、ブランドに対するユーザーの印象や、将来その航空会社で再び航空券を予約しようという意欲には悪影響を及ぼす。

適切なアップセルの実施方法
だからといって、企業が追加オプション(たとえば、座席指定や手荷物の預け入れなど)の提供を避けるべきだというわけではない。ただし、そのやり方としては、顧客がこうしたオプションについて十分な情報提供を受けていると感じ、かつ、必要に応じてそれらの選択肢を無理なくスキップできる明確な方法が用意されている必要がある。たとえば、Delta.comでは、決済プロセスの途中で座席指定や手荷物購入のオプションが提示される。これらの選択肢は、確認ステップの中に周到に組み込まれており、興味がない場合はすぐにスクロールして飛ばすことができるため、シームレスで押し付けがましさのない体験となっている。

高いユーザー維持による長期的な利益の確保
1. 優れたユーザーエクスペリエンスへの投資で長期的な利益を増やす
利益を最大化するには、収益を増やすか、コストを削減するかだ。短期的なコスト削減策のひとつに、プロダクトのユーザーエクスペリエンス向上に向けた投資を控える、というのがある。この戦略は、一時的には利益率を押し上げるかもしれないが、最終的にはユーザーの満足感を低下させ、顧客維持を減らし、その結果、長期的な収益性の低下につながる。
持続的な成長を実現するために、企業は優れたユーザーエクスペリエンスへの投資を優先すべきである。こうした投資は、顧客ロイヤルティと長期的な収益の大幅な向上につながる。UXデザインの価値は調査でも裏づけられている。たとえば、上場企業300社を5年間追跡した調査では、デザインを重視する企業は、競合他社と比べて、収益成長率が32%、株主への総リターンが56%高いことが示されている。
2. 不要なプロダクト変更は避ける
プロダクトは、時代に合うように、時間の経過とともに進化していく必要がある。ただし、単なる目新しさのためだけにプロダクトチームが変更を行うことは避けるべきだ。プロダクトを最新の状態に保つにはアップデートが不可欠だが、特に慣れ親しんだ機能やナビゲーションを覚え直さなければならない場合、ユーザーは変化に対して抵抗を覚えることが多い。
これは、プロジェクト管理ツールやストリーミングサービスなど、複雑だったり頻繁に使われるプロダクトに特に当てはまる。こうしたプロダクトは、時間をかけて使いこなせるようになっていくものだからだ。したがって、プロダクトの変更はすべて、ユーザーの実際のニーズに基づいて行われるべきであり、生産性の低下による不満よりも利点のほうが上回るようにする必要がある。
もうひとつの効果的な手法は、大規模な見直しをたまに行うのではなく、小規模な変更を段階的かつ頻繁に実施することだ。こうすることで、ユーザーの認知的負荷が軽減され、適応しやすくなる。
3. 記憶に残るカスタマーエクスペリエンスで差別化を図る
高いユーザー維持と長期的な利益を確保するもうひとつの方法は、記憶に残るカスタマーエクスペリエンスを提供することである。これは特に顧客が問題に直面したときに当てはまる。そうした状況というのは、組織との関係を継続させるかどうかを左右する場面になりうるからだ。
最近、母が記憶に残っているカスタマーインタラクションについての話をしてくれた。私は子どもの頃、レゴの電動の列車が大好きだった。ある日、それがトイレに落ちて壊れてしまった。母はレゴに新しい列車をどこで購入できるかを問い合わせた。レゴの担当者は、購入できる場所を説明する代わりに、壊れたおもちゃをすぐに無料で交換すると言ってくれた。この体験は母にとって忘れられないものだったため、彼女はレゴの忠実な顧客になっただけでなく、25年以上経った今でもこの話を私に語って聞かせる。この事例は、ひとつの良好なカスタマーエクスペリエンスが、顧客のブランドロイヤルティにプラスの影響を与えることを示している。
4. ロイヤルティリワードを検討する
ロイヤルティリワードの提供は、顧客ロイヤルティを高め、長期的な利益を促進する効果的な戦略といえる。小売、ホテル、飲食などの業界では、こうしたプログラムが頻繁に実施されている。スーパーマーケットが会員に割引価格を提供する場合のように、ロイヤルティリワードは短期的な収益に一時的な影響を与えることもあるが、この手法はリピート利用を促し、顧客との関係をより強固にしてくれるものだ。こうしたプログラムによって顧客ロイヤルティが高まれば、忠実な顧客が競合他社ではなくそのブランドを選び続けるようになり、長期的な収益性の向上につながるだろう。
結論
短期的な利益の最大化がユーザーのロイヤルティや長期的な収益性に悪影響を及ぼしうることを示す調査や実例は数多くある。プロダクトに関する戦略的な意志決定を行う際には、このトレードオフと顧客ロイヤルティの重要性を念頭に置いておく必要がある。
参考文献
McKinsey & Company. (2018). The business value of design. Retrieved from https://www.mckinsey.com/capabilities/mckinsey-design/our-insights/the-business-value-of-design